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カトリーヌ|掌編小説(#シロクマ文芸部)

「愛は犬派だったのか」

 玄関で、拾ってきたであろう子犬を抱えている娘の愛を見て、思わずそう口走った。

「そういうことじゃないでしょ!」

 すかさず妻が俺にツッコミを入れる。

「ねぇ愛、連れて帰れば、飼っていいよって言うと思った?」

 腕を組んで仁王立ちする妻はかなりの迫力だ。小学4年生の愛から見れば、妻はきっと不動明王像と同じくらい巨大に見えるに違いない。子犬のことよりも、妻の姿が愛のトラウマになってしまわないかと心配になる。

「おいおい、いくら俺達が猫派だからって、そんなにガツンと言わなくても……」
「黙ってて!」

 俺は「へいへい」と引っ込む。

「犬や猫の世話って大変なのよ? カブトムシなんかとは違うの。分かってる?」
「お世話……する」
「どうやって?」

 妻の容赦のない追い込みに対し、愛は唇を真一文字に結び、じっと下を向いている。そんな空気を全く読んでいない子犬は「くぅーん……」と鳴き、愛の頬をペロペロと舐めていた。

 ――やれやれ。

 おそらく、このままだと険悪な空気が流れるだけで話は進まない。こうなったら、少々荒っぽい手を使うか。

「愛、その子犬はどこで拾ったの?」

 俺は子犬を撫でながら、優しく言った。

「公園の……段ボールの中」
「そうか。じゃあ、元に戻してきなさい」

 愛は弾かれたように顔を上げて俺を見た。

「ちょっと! それってどうなの?」

 妻が眉をひそめて俺を睨みつける。

 ――よし。喰い付いた。

「飼うの、反対なんでしょ? だったら解決策は1つしかない。可哀想だけどね」
「いや……反対はしてないでしょ? 大体、あなたはどうなのよ!」
「そうだなぁ。愛がちゃんと面倒見られるなら……」

 俺はチラッと愛を見た。

「面倒見るもん!」

 小さな体に似つかわしくない大声に、俺も妻もビクッと肩をすくめて愛を見た。

「名前だって、もう決めたもん!」
「名前?」

 俺と妻の声がピタリと重なる。

「カトリーヌ!」

 ――カ、カトリーヌ……だと?

「ぷっ……」

 妻が吹き出した。

「そうか! 『イヌ』だから『カトリイヌ』か! いいぞ! いいセンスだ!」
「ぷっはははは!!」

 妻は体をくの字に曲げて笑っている。その様子を見て、愛は目を点にしてきょとんとしていた。

「とりあえず、バスルームで洗ってあげなさい」
「うん!」

 ランドセルを背負ったまま、愛はバスルームへと走って行った。

「あー、まんまとあなたに乗せられたわ」

 笑いから解放された妻は頭をかきながら首を左右に振る。

「自分で面倒見るって言ったんだから、少し様子を見ようよ」
「そうね。さて、夕食作らなきゃ。3人と1匹分」

 キッチンに向かう妻の背中に「明日、ドッグフード買ってくるから」と言うと、「よろしく」と右手を上げた。

 俺はバスルームに行き、愛に「その子は男の子か? 女の子か?」と声をかけると「おとこのこー!」と元気のいい返事がきた。

「オスだとさ」と言うと、妻はまた体を折り曲げて笑った。

(了)


小牧幸助さんの「シロクマ文芸部」参加用です。

捨てられていた犬や猫を拾ってきて怒られるって、ある意味大人への通過儀礼みたいなものですよね。


さよさんに朗読して頂きました。
ありがとうございます。


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