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ヤドカリ父さん|ショートショート

 缶ビールを2つベンチに置き、しばし海を眺める。僕と一緒にビールが飲みたいと言っていた父は、僕がお酒が飲める年齢になる前に亡くなった。

「あの、よろしければお付き合いしましょうか?」

 いつの間にか足元に小さなヤドカリがいて、声をかけてきた。

「じゃあ、一緒に飲もうか」

 僕はヤドカリをひょいっと摘まみ上げて缶ビールの蓋に乗せ、プルタブを開けた。プシュッと小気味こきみ良い音がして、クリーム色の泡が飛び出す。

「はい、乾杯!」

 泡に口を付けたヤドカリは「くー! こりゃ美味い!」と歓喜の声を上げた。

「そう言えば、小さい頃に興味本位でビールを飲もうとして、父に怒られたっけ」
「懐かしいですね。確か小学2年生の時でしたか」

 ――え?

「さて、そろそろ帰りますよ」

 ヤドカリを手の平に乗せ、じっと見る。

「あの、また逢えるかな」
「縁があれば、必ず」

 夕日に向かってゆっくり、ゆっくりと歩くヤドカリを、僕は黙って見送った。

(了)


stand.fmにて、むぎさんに朗読して頂きました。
ありがとうございます。
※改稿の関係で、内容が若干異なる場合があります。


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