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ミニチュアの街|掌編小説

 ――金取るのかよ。

 券売機に表示されている「740円」を睨みつけ、怒りとも落胆とも取れない感情が湧き上がった。お土産屋、書店、カフェ……当てもなくあちこち彷徨ってようやく1時間を潰したが、高速バスの発車時刻まではあと1時間ある。一体どうやって過ごしたら良いものか、考えあぐねた末に辿り着いた場所が、札幌駅に隣接するJRタワーの38階展望室。正確に言うと、展望室へ続く専用エレベーターの前だ。

 外は夕暮れから夜に変わろうとしており、気温は一気に下がった。もう屋外に出る気はない。38階からの眺めに740円を払う価値があるかどうかは分からないが、とりあえずプライスレスだと信じよう。
 券売機に1,000円札1枚と10円玉4枚を入れ、お釣りと入場券を乱暴に握って上着のポケットに手を突っ込む。

 ――小銭が増えるな……。

 定員14名の天国好きのエレベーターに乗り、「1」から増える数字をぼんやり眺めていると、あっという間に「38」へと到達した。

 ――おお……。

 壁はガラス張りになっていて、地上160メートルから札幌の街並みを見下ろした瞬間、自分の財布から740円が消えたことなんて頭から消し飛んだ。
 碁盤の目のように区切られた道路、びっしりと隙間なく敷き詰められた建物、小さくなった車、電車、そして人。
 たった数秒エレベーターに乗っただけで、世界はミニチュアサイズになってしまった。

 街から発せられる光は雪に反射し、オレンジ色や青色などが混じった不思議な輝きで、日本第5の都市を浮かび上がらせている。その光の川の中を、ヘッドライトとテールランプを点灯させた小さな魚達が泳いでいる。直進する魚、右に曲がる魚、左に曲がる魚、止まっている魚。
 やがて、長い魚がゆっくりと近付いて来た。「JR」と呼ばれるその魚は「駅」と呼ばれる餌場で人間を吐き出し、そして飲み込み、はるか遠くへと泳いで行く。そんな熱帯魚観賞を、一体どのくらいしていただろうか。

 北海道でまともな夜景が見られるのは、札幌と函館だけだ。オホーツクなんて、夜8時を過ぎると、まるで人が消えてしまったかのように真っ暗で、静かで、息苦しくて……。今、自分が見ている景色の中には人がたくさんいて、自分もその中の一員なんだと思うだけで、少しホッとした。

「可愛いねー」

 少し前を歩いていたカップルらしき男女がスマートフォンを両手に持ち、ニコニコしながら写真を撮っている。なるほど。カップルで見たら、これが「可愛い」になるのか。理解できなくはない。

 ――「写真、お願いします」なんて言われたら面倒だ。

 一瞬だけ共感の念を覚えたが、すぐにカップルの反対側に移動し、再び窓の外を見た。札幌は何でもあって、賑やかで、キラキラしている。しかし、そんなキラキラとはかけ離れた場所へ、もうすぐ帰らなければならない。

 なぜ僕が住む町は、キラキラしていないのだろう。

 ――広いな、北海道は。

 もうしばらく、このミニチュアの町を眺めていよう。

(了)


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