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大晦日の無線機|掌編小説(#シロクマ文芸部)

 最後の日、無線機から聞こえてきたのは……。

***

「施錠よし。鍵の返却よし。消灯よし。23時、業務終了と……」

 ぶつぶつと呟きながら帰り支度をする。
 工場の警備員をしている僕は、大晦日の勤務を買って出た。理由は特別手当が付くから。しかし、工場自体は休みに入っており、僕以外は誰もいない。業務としては2時間おきの工場内の巡回だけで、あとは「待機」という名の自由時間だ。
 お菓子を食べながらテレビを見て、スマホでダラダラとネットを見て、本を読んで、またテレビを見る。給料と特別手当をもらうことに、罪悪感すら抱いてしまう。

「牛丼でも食べて帰るか」

 あと1時間で年が明ける。開いているのはコンビニか牛丼屋くらい。

 電気を消して警備室から出ようとすると、無線機から「ザザー」っと音がした。空耳かと思ったが、また「ザーザー」と音がした。もう勤務時間は終わっているので、気付かないふりをして帰ることもできる。しかし、本部からの緊急連絡かもしれないし、仕方なく無線機を取る。

「こちらF4のWS56、SR28倉庫第3区画の高井です。どうぞ」
「……」

 応答がない。

 ――やっぱり空耳だったのかな……。

「お疲れ……です。もう仕……終……ですか?」

 雑音に混じって男性の声が聞こえてきた。

「はい。あの、何かありましたか?」

「遅く……で……ご苦……です。良いお年……迎えください」

「了解です」

 ――ただの挨拶かよ。

 ホッとした瞬間、あることに気付いた。

 無線機の電源はOFFだった。

(了)


小牧幸助さんの「シロクマ文芸部」に参加しています。

今年最後の小説になりますね。
シロクマ文芸部で初めて小説を書いたのは、今年の4月9日でした。

2023年、ありがとうございました。


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