見出し画像

僕と狂王の共通点:ローエングリン

幼い頃から僕は西洋クラシック音楽をよく聞く。けれども、ミュージカル同様、オペラはさほど関心はなかった。
ユイスマンスの小説『さかしま』のあとがきで、澁澤しぶさわ龍彦たつひこが引用した表に、「象徴派」にとっての理想的イメージに「ローエングリン」と書かれていたことで、興味を覚えるに至った。

それと、好きなミステリー作品のひとつ、「主任警部モース」もクラシック音楽・オペラ好きなのも遠因。

さて、ローエングリンとは、西洋における伝説の騎士の名である。
その名を冠し、題材とした楽曲こそ、かのワーグナーが作曲した歌劇「ローエングリン」。
ワーグナー自体を実はあまり聞いてこなかったのもあり、非常にワクワクするところもあった。
独学で勉強しているドイツ語が歌詞なのもいい。

そしてこの曲こそ、バイエルンの「狂王」ルートヴィヒ2世に、国家財政、そして革命運動家としてのワーグナーの評判をも気にしない、まさに“ワグネリアン”による、ワーグナー庇護を始めさせるきっかけとなったのだった。

彼は何よりも芸術を愛した。王侯貴族のほとんどは芸術を愛したけれど、彼の溺愛や崇拝とはまた違っている。
第4代バイエルン国王(在位:1864~1886)で、ディズニーランドの「眠れる森の美女」の城のモデルでもあるノイシュバンシュタイン城をつくらせた人物としても知られる。この城は要塞でも宮殿でもなく、彼の作品そのもの。

彼と同じように、ワーグナーの作品に邂逅し、芸術を愛するという共通点は僕を興奮させた。しかし、冒頭にも示したように、ルートヴィヒ2世の異名は「狂王」。
すなわち、芸術に対する浪費。それをして彼を廃位へといざなった。
そのことを思えば、僕自身の未来のひとつの分岐としても受け入れられる。
王でこそ叶わぬことであったのに、この時代の一般市民である僕は、いかに容易く破滅することだろう。
ワーグナーの歌劇「ローエングリン」は全曲、約3時間半。名曲に浸るだけでも、およそ現実離れしつつあるようだ。


 プロイセン主導のもと着々と進むドイツ統一に背を向け、歴史に逆行する形で、ルートヴィヒ二世はひたすら築城に情熱を傾けた。
 伝説の聖盃城に擬せられたノイシュバンシュタイン城、ルイ十四世を念頭においたヴェルサイユ風のリンダーホーフ城とヘレンキームゼー城。いずれも当代にあって政治上も戦略上も無用の長物。国威発揚というのなら首都ミュンヘンの造営に力を注ぐべきところを、これらの城は首都を遠く離れた山中や湖畔に置かれた。ただただ王の道楽のために。
 みずからを「白鳥の騎士」になぞらえた王の、十九世紀ロマンティシズムの産物であるが、楽劇において同じく歴史の夢を見ようとしたヴァーグナーを援助し、バイロイト祝祭劇場を建ててやるのも、同じロマンティシズムのあらわれだった。
 ところが国家の財政に余裕はなく、むしろ赤字続き。プロイセン王がドイツ皇帝となるのを認める代りにビスマルクから築城資金を出させもするが、結局は禁治産を宣告されて退位させられ、シュタルンベルク湖畔に幽閉の身となって、事故とも自殺ともつかぬ形で溺死した。

池内紀・監修『読んで旅する世界の歴史と文化 ドイツ』(新潮社,1996)
「バイエルン最後の王 ルートヴィヒ二世」より一部抜粋。


よろしければサポートお願いします!