見出し画像

もう一つの事件の容疑者として取り調べを受ける環。だが、アリバイが確定して釈放される。犯人はなぜそこにいたのか。或いは『フワつく身体』第二十四回。


※文学フリマなどで頒布したミステリー小説、『フワつく身体』(25万文字 366ページ)の連載第二十四回です。(できるだけ毎日更新の予定)

初回から読みたい方はこちら:「カナはアタシの全て……。1997年渋谷。むず痒いほど懐かしい時代を背景にした百合から全ては始まる。」

前回分はこちら:あの頃はまだ浸透していなかったハロウィンの日。もう一つの事件が起きる。或いは『フワつく身体』第二十三回。

『フワつく身体』ってどんな作品?と見出し一覧はこちら:【プロフィール記事】そもそも『フワつく身体』ってどういう作品?

八割方無料で公開いたしますが、最終章のみ有料とし、全部読み終わると、通販で実物を買ったのと同じ1500円になる予定です。

本文:ここから

●一九九七年(平成九年) 九月二十日 世良田美頼の日記

 カナにあのとき、ヨシキとどこに行ったのか聞いたら、カナは、

「秘密だよ」

 と言って教えてくれなかった。でも、普通にショウとは続いているみたいだった。

 カナはデートクラブでもクッションにもたれかかって本を読んでいることが多い。本を読むのはかまわないけど、カバーをかけろとミツルに言われているのに、カナは守る気がないみたいだ。

 今日のカナはマーダーズ・ケースブックなんか読んでいて、ミツルに呆れられていた。

 それから、今日アタシに指名がついたのは、常連のうちの一人のマツダさんというオヤジだった。

 荒っぽいことはしなかったんだけど、どうもアタシを見下してるような偉そうな態度がシャクにさわった。

 でもなぜか、偉そうにしている分だけ、タバタさんみたいに怖くなかった。

 終わったあとで、マツダさんにも同じことを聞いてみた。

「常連の人には、みんな聞いてみてるんだけど、どうして女の子を買うんですか」

「へえ、他の人はなんて言ってた?」

 マツダさんは、ベッドの脇でスーパードライの缶を開けながら私に聞き返した。

「ハットリさんは若さをもらうため、アライさんは性癖に理由なんてないって言ってたけど、でもやっぱりモテなかった青春を取り戻したいみたいなこと言ってた。それから、タバタさんは、アタシたちを罰するためだって」

「へえ、タバタさんはそんなこと言ったの。あの人は戦災孤児だったからね。あんなに成金になっていろいろ手に入れても、抜けないんだね」

 と言って、グビグビとスーパードライを飲んだ。

 ぷはあ、という言い方が本当にオヤジそのものだと思った。

「マツダさんは?」

「よく分からないな。でも、タバタさんと似ているのかもしれない。君たちはまったくけしからん。楽にお金を稼いで」

「買っといてそう言うこと言うんですか」

 失礼だったかな、とアタシは思った。だけど、マツダさんは、

「そう、まったくそのとおりなんだよ」

 と認めてしまったので、アタシは少し拍子抜けした。

「君たちは浮ついていて、けしからん。だから、罰しなければいけない。でもさ、君はタバタさんのチンポがなんかの罰になってると思った?」

「え?」

「だって、あの人包茎でしょ。トイレで見たことあるけど。浮ついた若い子には、もっと道徳とか、規律とか、それから国を愛する心が必要なんだ。行き過ぎた個人主義で甘やかすから、死刑にならないことを分かっていて犯罪を犯す少年がいる。若者はもっと厳しくしばき上げなきゃ」

「じゃあ、マツダさんは国を背負って、女の子を買ってるんですか」

「いや、そう言うわけじゃない。でも、そう言う建前を背負ってるから、こうやって女子高生を買うのが背徳的で興奮するんだ。それに、男の性欲は女の子には想像もつかないほど強いから、こういう必要悪で抜いておかなければね」

「必要悪ですか? 性欲は奥さんとか、たとえば奥さんじゃなくても、ソープランドに行って大人の女の人を買うんじゃダメなんですか」

 アタシがそう言ったら、マツダさんは少し不機嫌になった。

「あ、ごめんなさい。別に責めるようなつもりじゃないんです。弱ったな、ミツルには常連さんには、失礼のないようにって言われてるのに」

「そうだね、大人にあんまりあれこれ聞くもんじゃない。城ヶ崎くんには、まあ何も言わないでおいてあげるよ。今日だけはね」

 なんか恩着せがましい言い方だった。

 たぶん、なんで女の子を買うのか、マツダさん自身でも分かっていないのかもしれなかった。アライさんが言ったみたいに、性癖に理由はない。

 オヤジは買いたいから女の子を買う。

 女の子はお金が欲しいから身体を売る。

 だからマツダさんは、普段自分が言っていることと、こうして女の子を買っていることの矛盾を改めて指摘されると、ムっとしたのだと思った。

■二〇一七年(平成二十九年) 十一月一日

「え、だから、その時間はハチ公前で警備してて、それは周りの人間も見てますし、それから、通行人の中から痴漢の訴えがあったので、分駐所で取調べをして。それは、他の隊員も見てますし、痴漢の容疑者、被害者、両方に確認すれば……」

 さっきから、本当に何回も何回も同じこと聞きやがって。

 取調べを受ける側に回るとこんなにも鬱陶しいものなのか。やってもいない罪を自白してしまう気持ちが分かった気がする。

 殺された新川梢子のスマートフォンから、LINEでメッセージが送られてきたことで、環は重要参考人になってしまった。

 容疑者として疑われている可能性もある。自作自演として。

 会おうとしていた同級生がこのタイミングで殺される。客観的に見れば不自然極まりない。

「新川さんは、高校二年の時のクラスメイトで、失踪した立花加奈さんと中学の時同級生で、失踪した原因に繋がるものを知ってる可能性があるって聞いたから、連絡をとってみたんです。だから、その原因はこれから聞こうとしていたところで」

 この話も何度目だ。

 捜一の取調べは、多くが神奈川の事件に駆り出されているため、最初は若い刑事が、無線で上の指示を仰ぎながらたどたどしく行い、朝八時を過ぎたら、定年後再雇用された大ベテランの鬼瓦のような顔をした老刑事に変わった。

 若い巡査は奥山、老刑事は近田と言うらしい。

 ただでさえ、取調べは何度も同じことを聞き、その都度整合性がとれているか確認するものなのだ。その上、引き継ぎが曖昧だったこともあり、最初から同じことを言う羽目になった。

「ていうか、さっきも言ったけど、殺害現場近くに防犯カメラとかあるんじゃないですか? 写ってたりしないんですか? 犯人の姿」

「え?」

 しかも、近田は耳が遠いようだ。

「だからー、本当の犯人は防犯カメラとかにー!」

 環の声が大きくなると、荒っぽく聞こえる。

 ヤバい、逆ギレしているように見えるかもしれない。

 環が一旦開放となった時には、昼近くなっていた。

 分駐所にフラフラとたどり着いた環に、

「お疲れ」

 と赤城が声をかけた。

「もう、死ぬ」

 と環はデスクに突っ伏した。

 新川梢子の死亡推定時刻は、深夜〇時から一時頃。まさしく、ここで痴漢を取調べていた時間だ。

 殺害現場は円山町のラブホテルの駐車場。梢子は所有する自家用車の中で首を締められて死んでいた。

 駅前からラブホテル街まで歩いて通常十五分ほど。往復で三十分。だが、ハロウィンの昨日ならもっと時間がかかったに違いない。だが、ハチ公前で警備をし、その後、分駐所で取調べを行っていた時間、環が一人になった時間はない。開放された理由はこのアリバイを崩せなかったためだろう。

 梢子がなぜ円山町なんかで殺され、犯人と思われる人物がカナを名乗り私にメッセージを送ったのか。

 いや、犯人はカナなのか。

 そして、殺されたのは、私が梢子に会おうとしていたからなのか。

「結局さあ、LINEがどこから送られてきた訳? 梢子のスマホの位置情報はどうなってた訳? さっき捜一に聞いたんだけど、疑われてたから教えてくれなかったんだけど」

 分駐所にいる隊員、誰に対してという訳でもなく環は聞いた。

「あ、それなんですけどね。解析した結果、横須賀からだそうです」

 赤城が答えた。

「はぁ? 神奈川?」

「そうです。僕の実家のちょっと先です」

 赤城は浜っ子だ。そう言えば。

「マジで縁もゆかりもない……」

 赤城は、

「一応タマ姉のためにメモっといたんですけどね」

 と手元のメモに目を落としながら続けた。

「被害者のスマホ、GPSはあらかじめ切られていたそうなんですけど、基地局情報だと、渋谷駅周辺で、午前〇時半頃に拾われた後、電源が切られています。それで、午前五時半頃、京急線の田浦駅周辺でまた電源が入り、その後何度か途切れながら、約七分後に横須賀中央周辺で電波が拾えなくなっています。恐らく犯人は電車を使って逃走。電波が途切れ途切れなのも、あの辺はトンネルが続きますからね。時間的にその間に、タマ姉にメッセージを作成して送信。その後、電源を切ったものと。これでさすがに、犯行時刻付近のアリバイも含め、少なくとも、実行犯の線はほぼ百%消えただろうと、タマ姉は開放になった訳です。お疲れさまでした」

「ありがと、赤城っち。ところでなんでまた横須賀……」

「まだ良く分からないけど、海洋投棄の線なんじゃないですかね。スマホ、海に捨てちゃえばなかなか見つからない訳だし。犯人は少なくともタマ姉が警察官であることを知っている人でしょう。海に捨てるって、場所は色々あるけど、湘南! とか横須賀三浦! とか、逆に調布、府中辺りの土地勘のない人の方が考えそうな感じがしますよね」

「なるほどねぇ」

 そこまで言ったところで環は欠伸をした。

 ハロウィンの警備の時点で眠かったのに、もう限界だ。

 梢子が殺されたということを聞いた時に感じたのは心臓が裏返るほどの驚きで、その後は、捜一の取調べの鬱陶しさと、疲労と眠気が先に立って、まだ感傷を感じている隙がない。

「すみません、小隊長、寝ます」

 と言って環は仮眠室に向かった。

「おう、俺の加齢臭に包まれて眠っとけ! お前も心配だったが、俺は歳だからさっきまで寝かせてもらってたからな!」

 環はファブリーズをかける暇もなく眠りに落ちた。

 しばらく経った頃、環は夢とも現とも分からない時間の中で逡巡していた。

 梢子が殺された。

 私が梢子から、中学時代の加奈に何があったのか聞こうとしたからか。

 つまりは、私のせいか。

 加奈の足取りを追い始めた、私のせいなのか。

 と瀧山に肩を小突かれて、環は眠りから目覚めた。

「なんすか、小隊長」

 起き上がった、環は小さく欠伸をしながら言う。

「渋谷署の捜査本部が呼んでる」

「ふえ? また取調べですか」

 もう終わったんじゃなかったのか。環は寝癖の残る頭を抱えた。

 寝起きでぼんやりした頭の中で、またアレを受けろとか勘弁してくれと思った。

「いや違う。今度は応援だそうだ」

「へ? 何で?」

「羽黒班長のご命令だ。てか、捜一の刑事はみんな神奈川の事件にとられてて、圧倒的に人が足りない。それから、会議で深川からも事情を聞きたいらしい」

「えー、私、刑事じゃないし」

「知らん」

 仮眠所からノソノソと出ると、中隊長の鷺沼が待っていた。

「すみませーん、何しろ人が全然足りないらしいんで、捜査会議出てもらいたいって、警視庁の羽黒さんが」

 警察内部に被害者の同級生がいれば、知りたいと思うのは当然だろう。

 しかも、犯人はなぜか、被害者である梢子のスマホから環に挑戦的なメッセージを送って来ている。

 愚鈍な警察諸君

 ボクを止めてみたまえ

 あの年に起きた、神戸の連続児童殺傷事件の犯行声明を引用している。自分は透明だとか汚い野菜共というのも、あの事件で使われた犯行声明文から、原文そのものではないが引用している。

 新川梢子が殺されたことと、あの年に行方不明になった立花加奈は関係している。

 だが、捜査会議かあ。気が乗らない。

「分かりました。私服、制服、どっちで行けばいいんです?」

 ため息をつきながら、環が言うと、

「それはまあ、すぐ準備できる方で」

 いつものおどおどとした感じで、鷺沼が答える。

 環は着ていた私服のシャツを引っ張ってシワを伸ばす。

 すると瀧山が、デスクの方を見て

「ところでだ、赤城、お前もついてけ」

「なっ? なんでなんです」

「いやどうも、こいつ一人で行かせるのは、何言い出すか不安でさ。渋谷分駐所第二小隊として、見張りとかお守りみたいなもんだと思ってさ」

「小隊長、お守りて」

 環がそうつぶやくと

「確かに、そうかもしれないですね」

 と赤城が言う。

「え、そこ納得すんの?」

「当たり前じゃないすか」


本文:ここまで

続きはこちら:第二十五回

続きが早く読みたい!という人はぜひ、通販もご利用くださいね。コロナ禍によって暇を持て余した作者によって、迅速対応いたします。

BOOTH通販『フワつく身体』

読者の皆様へ:

※この話はフィクションであり、現実の人物、団体、施設などとは一切関係がありません。

※警視庁の鉄道警察隊に渋谷分駐所は存在しません。渋谷駅、及び周辺でトラブルにあった場合は、各路線の駅員、ハチ公前の駅前交番、渋谷警察署などにご連絡ください。

※現在では、一九九九年に成立した児童買春・児童ポルノ禁止法において、
性的好奇心を満たす目的で、一八歳以下の児童と、性交若くは、性交類似行為を行った場合、
五年以下の懲役若くは五百万円以下の罰金、又はその両方を併科されます。
本作品は、こういった違法行為を推奨、若しくは擁護するものでは決してありません。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?