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捜査会議。新たなる事件のあらまし。そして、環が今まで追いかけてきたことがつながり始める。或いは『フワつく身体』第二十五回。


※文学フリマなどで頒布したミステリー小説、『フワつく身体』(25万文字 366ページ)の連載第二十五回です。(できるだけ毎日更新の予定)

初回から読みたい方はこちら:「カナはアタシの全て……。1997年渋谷。むず痒いほど懐かしい時代を背景にした百合から全ては始まる。」

前回分はこちら:もう一つの事件の容疑者として取り調べを受ける環。だが、アリバイが確定して釈放される。犯人はなぜそこにいたのか。或いは『フワつく身体』第二十四回。

『フワつく身体』ってどんな作品?と見出し一覧はこちら:【プロフィール記事】そもそも『フワつく身体』ってどういう作品?

八割方無料で公開いたしますが、最終章のみ有料とし、全部読み終わると、通販で実物を買ったのと同じ1500円になる予定です。

本文:ここから

■二〇一七年(平成二十九年) 十一月一日(承前)

『円山町女性殺害事件 捜査本部』

 と毛筆体で書かれた看板を見て、環はドラマみたいだなと思った。

 環と赤城は会議室の後ろの端の方に座った。

 環はシワのついた私服のまま、赤城は制服のままだった。

 一番奥のデスク、他の捜査員とは向き合わせに並べられたデスクの中央に本庁の管理官その右隣が渋谷署の署長。そして、その左側が羽黒だった。

 ずいぶん、偉いもんだなあ、と環は思う。

 羽黒が口を開いた。

「忙しいところ、集まってもらってすまない。知っての通り、神奈川の事件に人的リソースをとられてしまっている中、集まってもらった諸君らには感謝しかない。本来なら、私もそちら側に座ってしかるべきなのだが、なにぶん、人が足りないので今回の実質的な指揮を任されることになった」

 恐らく殺人事件の捜査会議としてはずいぶん、規模が小さいのだろう。会議室にいるのは五十人ほどか。特に本庁の人員は神奈川の事件の捜査本部のある高尾署に駆り出されていると思われた。

 一課でも、名を上げるなら、渋谷のラブホテルの駐車場で、被害者一人だけの絞殺事件よりも、被害者が九人もいて、バラバラにされた猟奇事件の方を選ぶだろう。

 故に、本来ならもう少し下の立場のはずの羽黒が指揮をとっているということか。

 羽黒が続けた。

「早速、本題に入ろうと思う。被害者の女性は新川梢子。三十七歳」

 プロジェクターで中央のスクリーンに殺される前の梢子の写真が大写しになった。

 けだるそうな目元には当時の面影があった。

「住所は狛江市和泉本町。十歳の兄と八歳の妹のシングルマザー。夫の暴力が原因で七年前に離婚している。現在は狛江のアパートから、新宿のコールセンターへ勤務。同僚から金に困っていたとの証言を得ている」

 恵の話では、梢子の家にはわりとお金があったのではなかったのか。

「というのも、被害者の母親が寝たきりになり、施設に預けているため、二人の子供を育てる上で金銭的に実家に頼れなかったこと、元夫からの養育費が滞っていたことなどがその原因と見られる」

 環の胸の奥につかえのようなものが登ってくる。

 二〇一〇年代後半の時点での、日本の一人親世帯の貧困率は六割弱。先進国で最低である。離婚の際、八割から九割が母親の親権になることから鑑みれば、この一人親の貧困世帯はほぼシングルマザーであると考えられる。実家に経済的に頼ることができなければ、この国ではDVなどの問題のある男性との間に子供を作ってしまうと、『詰む』のだ。

「殺害現場となった車内からは複数の男性のDNAが採取された。川崎市内のラブホテル街で見かけたなど、近所の噂もあり、現段階ではまだ断定はできないが、昼間の派遣社員の仕事で足りない分を援助交際で得ていたと考えられる」

 環は拳を握りしめた。

 梢子は今、そんなことになっていたのか。

 午前中は眠気と取調べの煩わしさで見えていなかった、梢子の人生へのやるせなさと悔しさが改めて立ち上ってくる。

「今回、応援に来てもらった、鉄道警察隊渋谷分駐隊の深川巡査長、被害者とは同級生だったね、今話したようなことは?」

 環は立ち上がって敬礼する。

「いえ、今、初めて知りました。……正直、動揺しています」

「全く?」

「はい。被害者とは数日前に私的に少しやり取りさせてもらっただけです」

「了解。その経緯については後ほど聞くとしよう」

 羽黒がそう言うと、環は着席した。

 スクリーンに映し出されたスライドが切り替わる。

「これが、殺害現場と殺害された被害者の解剖結果だ」

 元々死体が苦手な環は目を反らしそうになる。だが、見なくてはならないと心して目を見開く。

 左側の写真は、紺色のミニバン。運転席のリクライニングが倒された状態で青白くなった梢子が横たわっている。

 奇妙なのは、その死体の上に白い百合の花が載せてあることだ。

 右側には殺害された梢子の顔のアップ。顔には数か所小豆大の発疹が見られる。溢血点(いつけつてん)だった。

 視線を落とすと、首には赤く、絞められたロープの痕がある。その上下には縦のひっかき傷がある。

 これは吉川線と呼ばれ、被害者が縄を外そうともがき苦しんだ痕である。

 羽黒は胸ポケットからレーザーポインターを出し、当該箇所を差しながら説明する。

「犯人は新川梢子を後ろから首を絞めて殺害した後、死後硬直が始まる前に足を揃えて仰向けに寝かせ、白いカサブランカを置いたとみられている」

 環の拳には、より力が入る。顔にも力が入り、歯を食いしばっている。

 誰だ、梢子をこんな風にした奴は。

 白い百合の花を置いたのは弔いのつもりか、弔うぐらいなら、最初から殺すんじゃねえ。

「死亡推定時刻は、深夜〇時から一時頃」

 スライドが切り替わる。今度は梢子の後頭部の写真だ。赤いロープ痕があるが、前から見た写真に比べて大分薄いように見える。

「見て分かる通り、ロープ痕が前面からの写真よりも薄い。これは車のシートの背後から、最初はヘッドレスト越しに絞められたのではないか、と推測される。被害者が意識を失った後で、今度は直接絞め直しているため、後ろのロープ痕は薄いのではないか。故に後ろから被害者の抵抗は吉川線のみで、抵抗は首を絞められてからのみ行われている。つまり、犯人は顔見知り、あるいは初対面であっても、援助交際のために、出会い系アプリなどを通じて事前に連絡を取り合っていた可能性が高い」

 梢子のおぞましくさせられた姿は、環の脳裏からしばらく離れないだろう。

「殺害現場付近の防犯カメラには犯人と特定できる姿は写っていない。当該のラブホテルの入り口につけられていた防犯カメラは、形だけのダミーだった。防犯カメラがダミーというのは、ホテルの利用者にとって公然の秘密となっていたところがあり、芸能人の不倫だとか、さらには薬物の取引に使われていたという噂もある。殺害時には他に複数の車が停まっていた可能性が高いが、場所が場所であるだけに、犯行を目撃したという証言は得られていない」

 なるほど。だから、手がかりが自分しかない、という訳か、と環は理解した。

 スライドは今度は首都圏の地図を映し出す。羽黒はレーザーポインターで地図をなぞりながら説明する。

「犯人は現場から立ち去る際、被害者のスマートフォンを持ち去っており、深夜一時五分、渋谷駅で電波を拾ったのを最後に電源が切られている。再び、電源が入ったのが、朝五時三十七分。神奈川県横須賀市の京急田浦駅付近で拾われた。その後、位置情報は恐らくトンネルによって、数回途切れながら南下して行き、横須賀中央駅を過ぎた五時四十四分以降拾えなくなった。この時点で電源が切られたものと思われる。時刻表通りなので、京急線に乗っていたと考えられるが、並走する国道十六号線を車で南下した可能性も残っている。そして、その間に被害者のLINEのアカウント名が「タチバナカナ」と変えられ、そこにいる深川環巡査長にメッセージが送られた」

 会議室にいる男たちの鋭い視線が環に集まる。

「その点については、最後に聞くとしよう。まず「タチバナカナ」という名前について、五課が調べていたね。経緯を教えてもらいたい」

 すると、会議室の真ん中辺りにいた男がのそりと立ち上がった。斜め後ろからだが、五課の及川だということが分かった。及川は関西訛りのイントネーションで話し始めた。

「タチバナカナっちゅう、名前が一番最初に出てきたのは、今年の八月二十二日。社会学者の巻紙亮二、五十七歳が神泉の踏切で自殺した時になります。巻紙が所有していたスマホは事故の衝撃で、バッキバキにいわされてしまいまして、具体的にどういうやり取りをしていたのかはわからへんかったのですが、その相手が「タチバナカナ」を名乗っていたっちゅうことになります。電話回線の契約者は、元派遣社員の笹原昌樹四十歳。金に困って複数の電話回線の売却をしていました。他の電話回線は危険ドラッグの売買に使われていました。が、この回線は他に使われた形跡はなく、巻紙の毛髪から薬物を常習していた形跡はなかったことから、この時点では我々はまだ何も動いておりませんでした」

 そこで及川は咳払いをして、メモのページをめくる。環の位置からは顔は見えないが、キリンと言うか、シマウマと言うかサバンナの草食動物然とした、彼の表情が浮かんでくる。

「そもそも、タチバナカナとは誰ぞやちゅうことなんですが、同姓同名の人物が、そこの深川巡査長の同級生におり、二十年前に失踪しています。それほど珍しい名前ではありまへんので、偶然の一致とも考えられますが、巻紙と連絡をとっていたアカウントは@hine19800815。この数字の部分は一九八〇年の八月十五日を指していると思われ、当該者の生年月日と一致します。この『タチバナカナ』はこの二十年前に失踪した人物のことを指している可能性が高いと思われます。改めてタチバナカナが我々の捜査線上に浮かんだのは九月二十三日の未明、渋谷駅の構内でそこにいる鉄道警察隊の二人に襲いかかり、銃刀法違反と傷害未遂、そして危険ドラッグの所持で逮捕された江崎翔太という男が、供述の中で、そのひと月前の八月二十一日前に渋谷駅にタチバナカナに会いに来たが招待状を無くしたと述べたからです。危険ドラッグの陰にこのタチバナカナという名前が出てくる」

 そこで、及川は一呼吸して、メモを次のページへめくる。

「二十年前に失踪した当時、高校二年生の立花加奈は失踪前に何をしていたのか、栃木の足利におります彼女の母親や周辺の人物に聞き込みをしたところ、この渋谷で同級生の世良田美頼と援助交際をしていたものと思われます。当時同じデートクラブに所属していたという、台東区の女性、小松沢茉莉に話を聞くことができました。当時、彼女は茨城の実家から出てきた家出少女で、短期間ではあるけれど、そこに所属していたと話していました。古い話なので、デートクラブの名前は覚えておりませんでしたが、デートクラブは円山町と松濤の境にあったこと。立花加奈はショウと名乗る大学生風の男とつきおうていたことなどを覚えていました」

 ライターの女性がAさんとしか教えてくれなかった女性に五課は会いに行ったのか。それでも、メールに書いてあった以上の情報はとれなかったようだが。

「このショウっちゅう人物と、名前の一部が一致しますが、薬物所持で逮捕された江崎翔太が同一人物であるかは分かっていません」

「この江崎は勾留中だったね」

 と羽黒が確認する。

「はい。江崎は二〇〇〇年に覚醒剤所持で捕まってから、刑務所に出たり入ったりを繰り返しており、とてもではありませんが、保釈できるような状況にはありまへん。ですんで、この殺害事件に直接的に関わっておる可能性はないとみられると。また、江崎の八月の足取りについてなんですが、八月二十一日に、都内数か所の買取店でダイヤモンドなどの貴金属を換金していたことも判明しとります。金額はおよそ二百万ほど。江崎の祖母の遺品と見られています。また、江崎は一度逮捕された後、当時亡くなったばかりの木更津の祖母の財産を相続しています。都心とは比べ物にならない程度の金額だとは思いますが、駐車場やアパートなどを保有しており、生活に困らないだけの収入は毎月入るようになっていたようです。祖母の資産を相続させることで、世田谷の家族は勘当をはかったようなもんやったと思います。ですが、この資産もここ二年ほどの間に少しずつ売却しており、それらは全て薬物に消えたものと思われます。刑務所で同室だった男の証言で、一度は立ち直ろうと思ったが、『カナという女にまた会ったことで引き戻された』と述べていたと言うておりました」

……カナという女にまた会ったことで引き戻された。

 初耳だ。

 江崎はカナに再会したことで、薬物の海にまた落とされたということなのか。

「それでは、深川巡査長、立花加奈の同級生として知っていることを教えてもらおうか」

 羽黒が言う。

 環は立ち上がって、深呼吸をした。先程まで握り潰していた拳の中にまた違った汗がにじみ出てくる。

「立花加奈と一緒に援助交際をしていた同級生が世良田美頼です。加奈と一緒に行方不明になった後、彼女だけ見つかっています。その後、彼女は心身を病み、具体的に言うと摂食障害なんですが、それが二十年治癒できることはなく、低体重は彼女の身体を蝕み、腎機能の低下からこの九月に亡くなっています。彼女が亡くなる前、私は見舞いに行ったのですが、その時、彼女の口から、『カナは生きている』と言われました。

 それと、巻紙亮二の踏切自殺の時は、私も応援に行っていますので、巻紙のスマートフォンから、タチバナカナという名前が出てきたことも知りました。改めて、カナの居場所を探せないかと、カナの両親や当時の同級生に話を聞きに行ったりしていました。概要は先程、五課の及川警部補が言っていたことと同じです」

 すると、中央にいた監理官が
「君は鉄道警察隊だったね。行方不明者の捜索はあくまでも管轄外ではないのか。捜査違反ではないのか」

 と怪訝な顔をした。

 管理官の名前は吉村。長い顔にメタルフレームのメガネをかけている。

 会議室がざわつく。
「あくまでも、私的に同級生の行方を追っていたのみです。職務の時間は使っていません」

「深川巡査長、君が追っていたのは、それだけじゃなかったよね」

 羽黒が言う。環は羽黒を一瞥してから、口を開く。

「これは、羽黒警部に報告しに言った時には、ただのオカルトだと一笑に付されたのですが、巻紙が神泉の踏切で巻紙亮二が自殺した日、この日はアメリカやカナダで皆既日蝕が起こったことがニュースになっていた日でした。二〇〇九年、奄美大島など日本の南で皆既日蝕が見られ、東京でも部分日蝕が見れた時があったのですが、この日にも渋谷の近くで踏切事故が起きていたことを思い出しました。調べてみたところ、二十一世紀に入ってから九回、世界のどこかで皆既日蝕が見られた日、現在はなくなった東急の代官山の踏切か、八月に巻紙が自殺した神泉の踏切で踏切事故が起こり、男性ばかりが亡くなっています。首都圏での鉄道事故は珍しくありませんが、二〇一三年までは、代官山と神泉の二箇所、それ以降は神泉のみになった渋谷駅周辺での死亡に繋がった踏切事故はこの九件のみです。
 男性は最初の二人は職業不詳。その後は官僚や経済界の大物など、社会的地位のある人物が続きます。例えば、この中には、戦後の不動産王と言われた田端文蔵も含まれています。そして、その前日、匿名掲示板2ちゃんねるに思わせぶりな書き込みがありました。途中からコテハンで『タチバナカナ』と名乗っています」

「君はただの鉄道警察隊の、一巡査長に過ぎないはずだ。なんでそんなこと調べたのかな」

 眉間にシワを寄せて吉村監理官が聞く。

「ですから、踏切自殺と日蝕、タチバナカナの関係に気づいた時点で、すぐに一課の羽黒警部に報告しに行きましたが、全て自分から踏切内に立ち入っているため、ただのオカルトでしかないと一笑に付されておしまいでした」

「一笑に付されてそれでおしまいにした訳?」

 吉村監理官が聞く。

「いえ、自殺者の遺族、三人に話を聞きに行きました」

 吉村監理官が声を荒らげた。

「それは捜査違反ではないか! 羽黒警部、このことは知っていたのか!」

「はい、彼女がその後も、コソコソと何かを嗅ぎ回っていることには薄々気づいていました」

「ではなぜ、止めなかったんだ」

「警察組織は彼女には追い目があります。湘南新宿ラインの中で、痴漢、竹谷光宏を捕まえたのは彼女です。彼女は本来ならば、その功績を讃えられなければならなかった。ですが、警察組織は己の利権のために、それを揉み消した」

「それとこれとは関係がないだろう!」

「確かにそうかも知れません。ただ、オカルト的で一課が動けるような案件ではなかったのですが、この先に何かあるかもしれないと僕は黙っていました。何なら、痴漢揉み消しの件を夜討ちの記者に話したっていいんですよ?」

 吉村管理官の目が一瞬泳ぐ。

「この件については、後ほど精査するとしよう」

 二、三秒沈黙が流れた間、空気を変えるように羽黒が口を開いた。

「ところで、深川巡査長、新川梢子の連絡先は元々知っていたのか」

「いえ、それは先程の取調べでも説明させてもらいましたが、新川梢子の現在の連絡先を知ったのは、つい十日ほど前のことです。同級生の佐藤恵から、高校時代に立花加奈がああなったのは、恐らく援助交際のことだと思われますが、自分のせいだと言っていた、ということを聞いたので会って話を聞こうとしていた矢先でした」

「話を聞く前に、新川が殺されたと」

「はい」

 環がそう頷くと、会議室から声が上がった。こちらをちらりと見た捜査員は、見覚えのない五十絡みの男だった。警視庁の一課だろう。

「ずいぶんできた話だなあ。会おうと思っていた矢先に該当人物が殺される、その前にタチバナカナに会おうとしていたと証言したジャンキーもこの巡査長を狙ったところを捕まった。不自然じゃないのか」

「じゃあ、何だと言うんです」

 環が前のめりになって言った。

「全てお前の自演ってことはないのか?」

 そう上がった声はさっきとは別の声だった。広い額に長い顔、山内だ。一課じゃないのに応援にかき集められたのか。

 まったく、今日は呼んでもいないのに、現れやがった。

「昨日、私はずっとハロウィンで渋谷駅周辺の警備をしていました。殺害時刻周辺は、分駐所で取調べも行っています。これ以上のアリバイはありません。LINEメッセージは、横須賀市から送られていると、私は取調べ後もずっと渋谷駅前の警備を続けていました。どうやって? そもそも何のために、私が自演するんですか」

「お前はいい歳のはずだが、未だに巡査長の、女、だ」

 山内は「女」の部分を強調するように言う。

「出世もせずにくすぶっているお前が、警察組織の中で、目立つために、一目置かれたいがために仕組んだとか」

「はあ? なんで私にそんなイカれた設定盛ってるんですか? そもそも、私はずっと持ち場を離れていないし、横須賀どころか、円山町に行く時間だってなかったですよ。それはどう説明するんです?」

「それは、共犯がいたとか」

「そんなイカれた動機に賛同してくれる奴とかいないですよ。残念ながら、出世してないんで、金で釣るとかもできないですし」

「力で脅したとか」

 と山内は言って、環の隣を見た。

「え? いやいやいやいや。僕もずっと渋谷にいましたし」

 巻き込まれた赤城が、頭を振りながら言った。

「それに、踏切自殺と2chの書き込みの件は? 一件目があった時は、私そもそも大学生ですよ」

「踏切自殺なんて首都圏では毎日起こっている。渋谷周辺でも珍しくない。匿名掲示板の書き込みなんてでっちあげだろう」

「まあ、山内警部も、あくまでも一課の応援であるのでそれくらいに」

 と羽黒にたしなめられて、渋々口をつぐんだ。

「ともかく、殺される直前に被害者が連絡をとっていた相手が分かれば、犯人の線に結びつく。その辺はどうなっているんだ」

 前列に座っていた、三十手前ぐらいの若い刑事が立ち上がる

「はい。渋谷で殺害を行った後、わざわざ三浦半島まで出向いているのは、被害者のスマートフォンを海に捨てに行った可能性があると見ています。キャリア会社に情報の開示請求を行ったところ、四日前に調布の実家に連絡を入れている以外、誰かと通話した履歴はありませんでした。SNSを使ったやり取りが主流だったものと見られますが、その場合は調べるのに少し時間がかかります。ご存じの通り、うちのサイバーも神奈川の事件に手一杯で、さらに時間がかかりそうです」

 羽黒は腕を組んで苦い顔をする。若い刑事は続けた。

「LINEアカウントについては、深川巡査長宛てのメッセージが残っていることから、ある程度早い時点での開示が可能と思われますが、例えば、ツイッターで、近くの友人知人が知らないアカウントを使ってやり取りしていた場合や、出会い系アプリなどを使ってやり取りしていた場合などは、被害者のスマートフォンが見つかっていないのでかなり時間がかかるかも知れません。また家を調べたところ、パソコンは持っていなかったものと思われます」

「分かった、神奈川の事件と併せて、サイバーには急いでもらうようにせっついておけ」

「少なくとも、被害者のLINEに入っている連絡先のうち、深川巡査長が警察官であることを知っている人物は限られるだろう。にも関わらず、二十年前の連続神戸児童殺傷事件の犯行声明を引用して、警察に対する挑戦的なメッセージを送ってきた。心してかかるように」

 捜査会議が終わって、刑事たちが立ち上がりそれぞれの持ち場に向かって去って行く。その度に男たちが環に鋭い視線を向ける。舐め回すように見る奴もいる。

 屈辱を感じながら、環も立ち上がると、歩み寄ってきた羽黒に声をかけられた。

「協力ご苦労だった」

 環は淡々と返した。

「いえ、お役に立てて光栄です。正直、梢子の死体姿はショックでした。一課の羽黒警部には、ぜひホシを挙げて敵をとって頂きたい。私はまた、赤城巡査部長と共に渋谷駅の警らに戻ります」

 環は刑事ではない。カナの足取りを追っていたのも、梢子の死体を見た今となっては、浮ついた刑事ごっこでしかなかったのかもしれない。

 ここから先は彼らに任せるしかないのだ。

「いや、その件なんだけどな、神奈川の事件にとられて人が足りないのは知っているだろう、引き続き協力を頼みたい」

「えっ?」

「鷺沼中隊長の了承はとってある」

 呆気にとられる環に、横から赤城が声をかけた。

「それじゃ、タマ姉頑張って下さい。僕はもど……」

「赤城君、君もだ。瀧山小隊長から、第二小隊の威信をかけて、セットで頼むと言われている」

本文:ここまで

続きはこちら:第二十六回。

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読者の皆様へ:

※この話はフィクションであり、現実の人物、団体、施設などとは一切関係がありません。

※警視庁の鉄道警察隊に渋谷分駐所は存在しません。渋谷駅、及び周辺でトラブルにあった場合は、各路線の駅員、ハチ公前の駅前交番、渋谷警察署などにご連絡ください。

※現在では、一九九九年に成立した児童買春・児童ポルノ禁止法において、
性的好奇心を満たす目的で、一八歳以下の児童と、性交若くは、性交類似行為を行った場合、
五年以下の懲役若くは五百万円以下の罰金、又はその両方を併科されます。
本作品は、こういった違法行為を推奨、若しくは擁護するものでは決してありません。


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