教育的安全性。有毒なクイズしてません?
📖 文献情報 と 抄録和訳
意味もなくやってしまうこと。医学教育における毒性クイズ
📕Kinnear, Benjamin, et al. "Things We Do for No Reason™: Toxic quizzing in medical education." Journal of Hospital Medicine. 2022; 17: 481- 484. https://doi.org/10.1002/jhm.12846
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[レビュー概要]
■ 有毒なクイズとは?
▶︎ 臨床でよくある『有毒なクイズ』のシナリオ
- ある医療チームが,膵炎に伴う腹部打撲の患者に遭遇した.主治医が 3 年目の医学生にこの徴候の名称を尋ねる。学生が答えを知らないので,主治医はいらいらした様子で,不明瞭でまれな病態を含む他の複数の消化器病学名について質問する.
- 学生が何度も不正解を繰り返すと、アテンディングは、この学生は医学部の最初の2年間でこれらの基本的な医学的事実を学んだはずだ、と指摘する。アテンディングは各チームメンバーに質問をし、不正解の後には「私が研修医だった頃は、この情報を知っていなければ患者を診ることは許されなかった」と発言する。
- アテンディングは、効果的な教育には、答えにくい質問や事実に基づいた質問をして、学習者に危機感を持たせることが必要だと考えています。学習者は苛立ちを感じ、さらされていると感じている。
▶︎ 有毒なクイズの定義 (📕Carlson, 2016 >>> doi.; Healy, 2015 >>> doi.; Kost, 2015 >>> doi.)
- 支配的な知的階層を確立し強化し、研修生にストレスを与えるような方法で研修生に質問する行為
- ポン引きは、恥や屈辱、苦痛を与えることを目的としており、臨床的な推論ではなく、事実の想起に関する難しい質問をすることが多い
- 文献上同義的に使用されている他の用語には、「屈辱による指導」、「威嚇による指導」、「グリリング」などが含まれる。
■ 有害なクイズが役に立つと思う理由
- 学習者のストレスを高めると学習効果が高まるという理由から、効果的な教育戦略であると考える人もいる(📕McEvoy, 2018 >>> doi.; Goebel, 2019 >>> doi.)
- この理論的根拠は、よく引用されるYerkes-Dodsonの法則と同じで、覚醒度(すなわちストレス)が高くなると、頂点に達するまで成績が向上し、その後成績が低下すると主張する(📕Corbett, 2015 >>> doi.)
- 教育者はまた、有害なクイズとソクラテスメソッドを混同している可能性がある(📕Carlson, 2016 >>> doi.; Kost, 2015 >>> doi.)
✅ 図. ヤークス・ドッドソンの法則とは、ストレス(覚醒)が高まるにつれてタスクのパフォーマンスが向上し、ある変曲点に達するとストレスに圧倒されてパフォーマンスが低下する、というものである。
■ 有害なクイズが有害である理由
- 何世紀も使用されているにもかかわらず、毒物クイズの意味のあるポジティブな学習成果を報告する研究はない。(📕McCarthy, 2015 >>> doi.)
- 感情的または心理的苦痛を与えることは、実際に学習を阻害する可能性がある。(📕LeBlanc, 2009 >>> doi.)
- 複数の調査やインタビューに基づいた定性的研究によると、有毒なクイズは学生のやる気をなくさせ、執念深く、不安を煽り、敗北させると報告している。(📕Barrett, 2018 >>> doi.)
■ 有害なクイズの代わりにすべきこと
▶︎質問に答えることは記憶に有用
- 質問に答えることは、情報の長期的な保持を強化するための最も支持されている方法の1つであるリトリーバル練習の一形態。(📕Roediger, 2006 >>> doi.)
- 長期記憶からワーキングメモリに情報を引き出し、それを長期記憶に再コード化することで、神経接続が構築され、情報が "定着 "する。学習者に質問をすることは、検索練習を促す。しかし、有害なクイズと同じような方法でそれを行うことは、学習にとって最適ではない。
▶︎教育的安全性という概念、それを保つ
- 教育的な質問を実りあるものにするための最も重要な方法のひとつは、特に階層的な状況において、教育的安全性を作り出すこと。
- 教育的安全性とは、「学習者が自分の投影像を自己監視する必要を感じることなく、真正面から心をこめて学習課題に取り組むことができるような、他者による判断の感覚から解放されたと感じる主観的状態」のこと。(📕Hsiang-Te, 2019 >>> doi.)
- 実際、医学界に浸透しているパフォーマンスマインドセットを考えると、学習者はアテンディングからの臨床的な質問を危険と感じる可能性がある。教育的安全性は、友好的で思いやりがあり、偏見のない学習者との交流を通して育むことができる。(📕Hsiang-Te, 2019 >>> doi.)
- 学習者が弱点や知識のギャップを開示した場合、教育者はそれが学習の機会であり、隠すべき欠陥ではないことを強調する必要がある。教育者は、自分自身が答えを知らない質問をすることで、好奇心、自己学習、謙虚さを模範的に示すことができる。
■ 推奨事項
1. 臨床教育中に質問をする動機について検討する。
2. 上下関係の強化、恐怖心の創出、学習者への屈辱感を与えることを目的とした戦略を排除する。
3. 教育的安全性の枠組みの中で指導する。
🌱 So What?:何が面白いと感じたか?
これは、かなり胸が痛んだ。
「はい、この筋の起始・停止を教えて」
「支配神経は何?」
「えっ、知らないんだね」(ニヤリ)
『有毒なクイズ』、やっちゃってるー、と思った。
そもそも、僕たちは理学療法士としての勉強は学校で習った。
一方、教え方やリーダーとしての技術はどこで、誰から、どのように、学んだろうか?
学んでいない。少なくとも体系的には学んでいない。
この部分は、徒弟制度的に、「見て学ぶ」的に、学習されていく。
すると、何が起こるか?
あの、先輩やバイザーにやられて嫌だった「有毒なクイズ」しか、教育の選択肢にない、という現象が起きる。
選択肢がないのだから、それを選ぶしかなくなってしまう。
無知は、罪だ。
僕たちは、踏襲の道ではなく、『絜矩の道』を通りたい。
✅ 絜矩の道とは?
ここを以て君子に絜矩の道あるなり。
上に悪むところ、以て下に従うことなく、
下に悪むところ、以て上に事うることなかれ。
前に悪むところ、以て後に先立つことなく、
後に悪むところ、以て前に従うことなかれ。
右に悪むところ、以て左に交わることなく、
左に悪むところ、右に交わることなかれ。
これを絜矩の道と謂う。
大学
自分が嫌だ、と思ったことは、「なぜ嫌なのか」を知り、「じゃあどうすべきか」を勉強し考え、「自分だったらこうする」という具体的方法を準備して、次の世代にバトンを渡す。
その浄化プロセスを経なければ、いつまでも負の因果が連鎖していく。
無知は罪である。加えて、怠惰も罪である。
文量が増えてきたので、考察をエッセンスだけギュギュッと共有する。
■ 有毒なクイズの前提概念:相手の無知、相手の非、至らなさを顕にできたら指導者の方が偉い。相手を下げることで自分が上がる、相手の無知を指摘することこそが上司の仕事、リービッヒの最小律のような考え方。
■ 結局、人間をX理論(相手は恐怖政治的にケツを蹴らなければ何もしない怠け者と決めつける態度)として捉えている教育者の取る手段が、「有毒なクイズ」というわけだ。
■ 教育的安全性を保った上での質問手段とは何か?
①専門外領域に関する有毒なクイズ:PTなら「ゾウの体脂肪率は?」など、一見専門と全然関係ない質問。
②事前に目的や方法を共有・合意された上での有毒なクイズ:そのクイズが記憶定着の効果を上げるもので、あなたの無知が顕になったからといってあなたを卑下するものではなくむしろ無知を認める人間を尊敬するものであるという保証を事前に行う。
②Teach back法:事前に明確な回答の提示・共有後の再確認。
■ 知ってなきゃいけない、と思われることについての有毒なクイズは、ことごとく有毒かも。
■ ソクラテス法は「分かる」ことを前提に質問をする、正解に向かう。
■ 有毒なクイズは「分からない」ことを前提に質問をする、カオスに向かう。
相手に問う前に、自分に問え。
その『問い』が、教育的安全性が保たれている、相手の成長に向かう、の2点を満たす場合にのみ口にせよ。
もしもある人が、どんな質問をしたらいいかをわきまえているならば、もうそれだけでその人が聡明な人であるという紛れもない証拠となる。
なぜなら、もし質問自体が愚劣で無益な答えを求めるなら、それは、その質問をした人自身の恥であるばかりでなく、質問された相手もうっかり愚劣な答えをすることになるからである。
そしてその結果、昔の話にあるように、一人が牡山羊の乳を搾れば、一人が節を当てがうという滑稽な場面が生ずるのである。
カント
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