見出し画像

真夜中の救急車に揺られて、考えたこと│#7

自分の「SOS」をキャッチできない理由

信頼できる主治医と出会い、大学病院へ通うことが決まってからすぐの出来事でした。

仕事から帰ってきてシャワーを浴びると、ズキズキと胃が痛みはじめて。
時刻は23時過ぎ。薬を飲んでも鋭い痛みはおさまらず、冷や汗と吐き気が止まらず。

部屋でお腹をおさえながら呻いていると、0時をまわった頃に母親がただならぬ雰囲気を感じて、救急車を呼んでくれました。

いま思い返すと大袈裟だったのかもしれませんし、親不孝ではありますが
壊れかけている自分にストップをかけてくれる人が居ることに、すこしだけほっとしました。


「ああ、どうしよう……お財布はどこ? 何を持っていったらいいの?」

七転八倒するわたしを目の前にして母親が動揺していると、そのやり取りを聞いた父親がものすごい剣幕で怒鳴り込んできて

「夜中にうるせえな! 救急車なんて呼んでんじゃねえよ。俺が寝られなくなるだろうが! サイレン鳴らさねえように言っとけよ!」


……そうだ、まただ。

この人は、こうやって「自分帝国」を築いてきたんだ。


彼の変わらぬ言動に軽く絶望しながらも、わたしは
心とからだが発しているSOSのサインから目を背けてしまったり
限界を迎えても「全然大丈夫だから!」と明るく振舞ったりしてしまう理由に気づきました。


心のなかで、ずっと「父親に負けたくない」と意地を張って戦ってきたところがあるので
何かで結果を出している自分や、褒められているときの自分は受け入れられても、弱さや痛みを抱えている自分を認められなかったのです。


そして、家のなかで許されないこと=外の世界では当然許されないことだと思い込んでいたので
たとえキャパオーバーになっても、「負けている」「不完全な」自分を直視して寄り添うことができず、勝手にボロボロになるまでがんばってしまうのでした(ほんとうは、そもそも勝ちも負けもないのだけれど)。


過度なガマンは誰のためにもならない

救急車で総合病院に運ばれて、点滴を打ってもらうと時刻は夜中の3時をまわっていて。痛みや吐き気がすこしずつおさまってきたので、タクシーで家に帰ることになりました。

真っ暗で、誰も居なくて、しんと静まり返った広い道路。かすかに聞こえるのは車の走行音だけ。

あと数時間したら、世の中の人たちが目覚めはじめて、騒々しく朝の満員電車が走り出すなんて嘘のようでした。


「今日は迷惑かけてごめんなさい。帰ってちょっとだけ寝たら会社に行けるかなあ……。」

「もう朝のことは考えなくていいから。とりあえずゆっくり休みなさい」


タクシーの後部座席の上で、「うん」と頷いて気だるく体育座りをしながら
精神的にあまり強くない母親に心労をかけてしまったことを反省し

将来に対する不安も、いま抱えているやるせなさや罪悪感も、整理はできないもののいったん受け止めてみることにしました。

そして、また同じことを繰り返さないように……と、「これから先のこと」に対する覚悟を固めたのでした。

たいへん励みになります!心のなかでスキップをしつつ、チョコとアイスを美味しくいただきます!