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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その35


この物語はフィクションです。
如何なる人物も実存しません。


35.   24時間耐久レース2



さて御一行は高速道路の上に乗り、
快調に爽やかに、そして確実に
海の方へと移動しているのでありました。


由紀ちゃんが白状した。



「実はさ、この地図ボリューム凄すぎてどう見たらいいか
いまいちよく分かんないんだよねー。」



「どれどれ?貸してみ。ほうほう。」


後ろの席から私に向かって言った由紀ちゃんの素直な告白に
助手席の松本先輩が応えた。


分厚い地図が後ろの席から前の席に移動した。


「んーと。どれどれ。
今この辺ちゃうかな?おっ!レインボーブリッジって書いてある!
もうすぐレインボーブリッジが見えるで。たぶん。」


「ホント?」


そういって窓の外にそれを探す由紀ちゃん。


レインボー色してるのか?
レインボーの光を放っているのか?


「あ、あれじゃない?」
志賀先輩が言った。


「ん?普通に白い橋じゃん!」
由紀ちゃんが言った。


「そうそう、この辺だよ。
この辺にフジテレビの新しいのが出来るんだってさ。」


さすがジャーナリストになる為の学校に通っている志賀先輩が
急に大人の会話を始めた。


「えっ?どういう事?今のフジテレビはどうなんの?」


私は驚いて興奮気味に聞いた。
まるで自分ごとである。


それは私が今、新聞を配達している区域に新宿の河田町がある。
それはもう思いっきりフジテレビのド真ん中を自転車で侵入しているのである。

テレビ局の中に入って新聞を配達する毎日。
関係者しか乗れないエレベーターにも毎日乗っている。

朝刊の時などは「めざましテレビ」のお天気お姉さんが
駐車場で、もの凄く明るいスポットライトを浴びているのを
拝む事が出来た。


そして毎朝、私はこう思う。


〜〜〜〜〜〜〜〜
さすが私だ。
このような区域の新聞配達員になるなんて、
将来の準備をしているようなもの。

いずれ新聞配達ではなく、
出演者として、そう、アーティストとして
ギターを抱えて
お付きの者も抱えて
このテレビ局のスタジオに入り
自分のヒットソングを歌うんだ。

そして司会者に聞かれたら、こう答える。

「いやー。実は学生の時にこのフジテレビに
来てたんですよ!しょっちゅうなんかじゃなくて、毎日です毎日!
毎日ですね、新聞を配りに来てたんですよ!新聞配達員だったんです!」

なんて言うんだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜


そんな空想をしながら
毎朝、新聞配達をしているのだ。


「確か、お台場って言うんだよ、この辺。」

志賀先輩の声で現実に戻った。


「じゃあ今のフジテレビはどうなるの?」

車内に視線が戻った由紀ちゃんが質問した。


「無くなるんじゃない?だって引っ越すんだもんね全部。」


「へぇー。真田くん寂しくなるねー。
真田くんのフジテレビ無くなるってさ。」

私の事をよく分かっている由紀ちゃん。


そう。私のフジテレビ。
新聞配達しながらテレビ局で遊んでいたのだ。


「でもフジテレビが無くなったら、そこにマンションが
いっぱい建つんだって!そしたら新聞の部数がいっぱい増えるから
もう今から優のやつ、ウハウハだよ!ハハハ!」


「たぶん真田くん一人じゃ配れないから、
そこだけ別の人が配るんじゃない?優が配れば痩せるのに。」


さすがは優子さんの弟子。
志賀先輩の話には優さんへの罵倒が時折織り混ざる。


「夜だと綺麗なのかな?レインボーブリッジ?」

また子供のように外を眺める由紀ちゃん。


私の耳に、
小さくなっていた一番後ろの席から聞こえてきていた笑い声が
元のボリュームに戻ってきた。


「お、終わった。次ボンジョビにしよっと。」

松本先輩も順調に音楽を流していた。


意識が車内に戻った私に
由紀ちゃんが改めて聞いてきた。


「ねえ、あのさ、海行った後って、どこ行く?」


「えっ?海へ行った、その後ですか?」


私はすっかり運転手の口調で聞き返した。


「うん!どこか行きたい所あるかなーっと思って。
だってこの車24時間借りたでしょ ?まだまだ時間いっぱい
あるからー。24時間目一杯使わないともったいないしー。」


「ん?ちょっと待ってくださいよ。お姉さん。」


「ん?なあに?」


「車は24時間借りたけど、運転手は一人しか居ませんので
そのぉ、24時間めいいっぱい運転するとなると、おいらは一体
いつ寝ればいいのかなーっと・・・」


「えーっ!寝るの?寝なくていいじゃん!」


「いやいや!寝ないで運転は危ないかも知れないかもしれないですぞ!」


「大丈夫だよ!楽しいんだから寝なくても平気でしょ?」


確かに一理ある。
でも私は寝ずに居られる体質ではなかった。


「海へ行った後に、どこへ行くのか?か。」
私への質問をみんなに投げかけた。


麻里ちゃんが答えた。


「えっ?海の後?そうねー。カラオケ?」


「いや、カラオケはいつでもいけるでしょ。
せっかく車なんだし車でしか行けないとこが良くない?」


由紀ちゃんがリーダーシップを発揮して言った。


それを踏まえた上で今度は松本先輩が答える番だ。


「なるほど。横浜は?中華街とか?」


「電車でも行けるじゃん!」


【😑んー】


「レインボーブリッジは?
行きし見たけど、帰りは暗いから綺麗なんちゃう?」


「おーいいね!」


「でも通るだけやん。」


【んー😑】


「もっと自然がある所がいいのかな?」


「おっ!夜景か?」


「そうだ!尾崎の墓が東京にあるんだった!」
すっとんきょんな私。


「どこにあるの?」


「知らんけど名前だけ知ってる。確か護国寺と言う名前や。」


地図を持っていた松本先輩があっという間に答えてくれた。



「あった!護国寺!でも・・
それって後日にそっと一人で行ってくれたほうが
尾崎も喜ぶんとちがいます?」



【😑んー】


「😑んー。」は続いた・・・。


みんなが悩みあぐねていると、
志賀先輩が落ち着いた口調で言った。



「車でしか行けない所、、、
ねぇ、車でしか行けない所じゃなくてさ、
この密室ってのがいいんじゃないの?車ってさ。」



おー!正解だ!



でも密室という響きが怪しい。いやらしい。
私は少し遅くなったが突っ込んだ。



「密室って!なんか響きが!それやったら、
狭い空間とかプライベートスペースとか・・・」



「私ジャーナリズム専攻だからさ、やっぱ【密室】がいいなぁ。」



「そうか。
じゃあシンガーソングライター的に言わしてもらうなら、
んーと・・・【手の届く距離】かな?」



「どれどれ?あー、ホントだぁ。」



伸びてきたしーちゃんの手が私に触れた。
なぜか手を握る形になった私達二人の手。


しばらく私は片手で運転した。


どこかに行って
何かをしていない
この移動の時間と空間が
一番の思い出になりそうな気がした。



車はまだ
走り始めたところだった。


みんな外の景色を眺めていたり
おのおのの事をしたり考えたりしている。
それで良かったのだ。
楽しいのだ。



今の私はもう、どこを走っていようが
どこに向かっていようが
そんなのはどうでも良くなっていた。


しばらくして由紀ちゃんが気づいた。
「な、なんで、ふたり手繋いでんの?」

「えっなに、たまたまじゃん!
本城も繋げばいいじゃん!はい!」


そう言って、しーちゃんは私の手と
由紀ちゃんの手をくっ付けた。

温かくて柔らかい。


それには何のいやらしさも考えもなくて、
ただ小さい子供に戻ったかのような気持ちだけがあった。



「真田くんの手ぇ、あっつ!」


心臓が忙しい。
これで24時間寝なくても耐えられそうだ。


〜つづく〜

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