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連載小説 【 THE・新聞配達員 】 その39


39. 24時間耐久レース6


今、私は必死で歌っている。



ビートルズだ。
カーステレオでビートルズを流し
懸命に歌っている。


私のモジャモジャの髪の毛が
ちょうど後期のビートルズっぽくて良い。


とにかく必死だ。
歌わないといけない。


それを聴いている者は居ない。
みんな疲れて寝静まっている。


そんな車内。


海からの帰り道、すっかり暗くなった高速道路を
私は眠気と戦いながら運転していた。


歌わないといけない。
眠気を飛ばすには歌うしかない。


頭を空っぽにして熱唱できるのはビートルズしかなかった。
ちゃんと『ワォ!』と、合いの手も叫ぶ。
一人でジョンのパートもポールのパートも
どちらも歌う。
もちろんジョージもリンゴもだ。


ダメだ。ビートルズが睡魔に負け始めた。
どこかで止まって休憩しよう。
コーヒーを飲もう。


ちょうど2km先がサービスエリアだ。
私はサービスエリアの駐車場に車を滑り込ませて
トイレから一番遠い所に駐車した。


車を駐車場に停めてサイドブレーキを引っ張った瞬間に
「ハァ〜」と言ってハンドルに頭を乗せた。


ステージの袖に消えたビートルズの面々は
きっとこんな安堵感を持っていたに違いない。


ハンドルを枕に寝てしまいそうだ。
いかんいかん。コーヒーを飲みに行こう。
おしっこも。


「ごめん。ちょっとトイレ行って来るわ。」


そう言って私はエンジンを掛けたままにして
車から出ようとした。


「ここ、どこ?」


しーちゃんの声がした。
起きていたのか、寝ていたのか
分からないくらいの寝起きのような声で聞いて来た。


「横浜を越えたくらいやと思う。」


土地勘のない私は言った。


「ん?」という声っぽい音が聞こえたと思ったら
助手席のまっつんの首が窓の方を向いた。


「おぅ、ちょうど良かった。ションベンしたかってん。」


「んじゃ、行こう。」


「私も。」


まっつんとしーちゃんと私で車を降りて
財布を持っていることを確認してから
トイレに向かった。


サービスエリアは結構な数の車と人だ。
当たらないように気を付けながら
三人は無言でトイレに歩いた。


男女に分かれた。
男子トイレに入って
一番手前の小便器に立つまっつん。
広くて便器の数も多いのに、
まっつんの真横でする私。


「いやいや、こんなに広いのになんで隣やねん。」

「あっそっか。」


私はチャックを開けたまま
もう一つ隣の便器に移動した。


用を足した。


先に用が済んだまっつんが少しだけ洗った手で
自分の髪を触っていた。
肩まで伸びた長くて艶のある綺麗な髪だ。


私も手を洗ってから自分のモジャモジャでチリチリの髪を触った。
鏡があるのだから仕方なかった。


トイレの外に出た。


しーちゃんはまだのようだ。


二人でトイレの前に立ったまま
しーちゃんを待った。


「なんか優子さんにお土産いるかな?
色々売ってそうやから、ちょっと見て来るわ。」


そう言ってまっつんは一人でトイレのすぐ横の自動扉から
お店の方に入っていった。


「お待たせー。あれまっつんは?おっきいほう?」


「いや、お土産見に行った。
俺ちょっと眠気覚ましにコーヒー飲むわ。」


「私もコーヒー飲もう。」


二人で自動販売機のカップのコーヒーを買った。
私は自分の分を買った後、同額の小銭を自動販売機に入れて
しーちゃんとバトンタッチした。



「えっ?奢ってくれるの?」


「え、うん。あ、足りんかった?
やっぱ160円の一番ええやつにしますか?」


そう言って私は足りない分の60円を入れようとした。


「ははは、いいよ。ありがとう。」



そして、すぐ目の前にあったベンチに座って
それを飲んだ。



「はー!美味い!目が覚めるぜ!」


「運転、眠いよね。またおへそに冷たい水、掛けようか?」


「いやいや、どうやって・・・そうか!水着で運転したら
いいのか!」


「ははは!変態じゃん!
捕まるんだったら一人で捕まってよね。ははは。
あー、楽しいなー。」


「良かった良かった、楽しんでもらえて。」


「真田くんが彼氏だったら、楽しいんだろうな。」


そうだった。
この子には喧嘩中の彼氏が居るんだった。


なんで喧嘩したんだろう?
聞こうと思ったけど、やめた。


せっかくの楽しさが無くなったら嫌だから。
どうせ帰ったら仲直りするんだろう。
喧嘩するほど仲が良いって言うじゃないか。
ここは触れずにそっとしておこうじゃないか。
私は私のことを言うのみ!


「彼氏になった瞬間、つまんない事言い出すからな、
覚悟しろよ!」


「ホントそうだよね。なんでだろう?」


しまった!
冗談のつもりが核心を突いた事を言ってしまった!


やっぱり彼氏の勝ちだ。
しーちゃんの頭の中に私など居ない。
私は冷静に答えてみた。


「甘えやと思うで。他人には甘えられないけど、
家族や恋人には甘えられるもんな。人って。」


「そうかぁ。甘えられてんのかー。
すぐ私にお金借りてくるんだよねー。
そんでパチンコばっかり行くしねー。
でも優しいし、良い人だからついつい貸しちゃうんだよねー。
甘いよねー私。」


「そうかー。優しくて良い奴なのかー。」


ますます付け入る隙が無い。
優しくて良い性格で甘え上手な男。
完敗だ。
私は意地が悪くて捻くれていて一人が好きな男。
でも私はギャンブルはしない。
少し賭け事をするくらいの方が魅力的なのかも知れない。
さっそく帰ったら始めるとするか。



「そうそう。
だからさっき真田くんにコーヒー奢ってもらった時、
ちょっとビックリしちゃったよ。」


「コーヒー1杯でビックリしてくれたんスか?」


「うん。嬉しかった。」


しーちゃんの頭がそっと私の左腕に寄りかかる。


誰にも見られていない事を祈る私。


しばらく黙った。
ずっとこうして居たい気持ちがそうさせた。
でも買い物に行ってるまっつんが戻ってくるかも知れないし、
由紀ちゃん達が起きて来て、こっちに来るかも知れない。


正解が知りたい。


どうすれば正解なのか。
誰か教えてください。


女の子全員と付き合いたい私には
正解など出せる訳もなかった。


来られたら拒まず、
自分からは行かない。


これが私だった。


しーちゃんの肩を抱き寄せることはしなかった。
何も言わずに次の展開を待った。
臆病でずるいのだ。私は。


色んな匂いがする。
体や髪の匂い。
服の匂い。
カバンの革製品の匂い。
風が運んでくる匂い。


人が生きて、色んなものを選んだ匂い。
今この人が居るこの匂いが
この人と共に時を過ごしている証である。
生きているのを実感する。
匂いが混じり合っては漂って
風がどこかへと運んでいってしまう。


スッと頭を元に戻すしーちゃん。
何か思い付いたようだ。


「じゃあさ、車に戻るまで私、真田くんの彼女ね。」


いつもの意地悪そうな顔をして
腕を組んできた。


ドキッとした。
すごく良い気分だ。
でも虚しくもある。
彼女が出来たのだ。
1分間だけの。



親に紹介しようか。
ん?待てよ。
キスしてもいいのか考えてみた。
その先も。


いろんな疑問が湧きだして止まらない。


付き合うってなんなんだろう?
彼氏彼女ってなんだろう?
何がどう変わるというのだ?


恋人になったからって
体を許し合う権利が発生するものなのか?



柔らかい右の頬が私の左の腕に当たる。
車に着くまでの彼女の。



二人で歩き出して、しばらくすると
ふっと前方に綺麗な髪の人が居た。


これだけドキドキしていても
また別の誰かを見てしまう性。


そんなサガが生き物として男にあるのではなく
自分にしか無いものだと勝手に思って落ち込んだ。



その綺麗な髪の持ち主が振り返った。


まっつんだった。


「おー!おったおった!探したで!っていうか車どこやったっけ?」


手に買い物袋を持っていたまっつん。


「なんか買ったの?」


横に居る元彼女が言った。


「お土産やん。優子さんに。すぐるの分は無いで。」


「帰ろっか。」


一番大きなお土産を手に入れたのは私かも知れない。
そんな胸いっぱいのお土産話を未来の自分へ届けに行こう。


楽しい人生は続くのだ。


〜つづく〜

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