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最後に私は、何色を纏っただろう

4年半付き合った恋人に振られた。
しかも合格発表の日に。


実家を離れ、東京のホテルに滞在していた当時高校3年生の私は、ユニットバスで立ち尽くした。

「そんな気はしていたけれど、何も今日でなくて良いじゃない」

夕方に合格通知を受け取って、夜にお別れの連絡を貰う奴がどこにいる。
様々な事情を抱えた方がいるのは承知の上で、そのとき一番惨めなのは私だと思った。
ありがちな「好きな人ができた」という台詞も18歳には深く刺さった。


今日、彼は最後の試験を終えているはずで。
じゃあ顔も知らないその子と、高校生とも大学生とも言えない贅沢な期間を謳歌しようと。
連絡が減ったのは、私よりハードな受験をしているせいだと言い聞かせていたのに。

「私も悪かった」とすぐに返信した自分を、今はぶん殴ってやりたい。「ちょっと前に良い感じの子がいるって言ってた」なんて、知りたくもない情報を教えてくれる友達ともう繋がりはない。
「会って話して」という哀れな願いは、既読無視のまま今日に至る。
何よりも、共に過ごした中高の歳月が、一件のLINEで切られるものだという事実が痛かった。

こうして恋人もいない、友達もいない、家族もいない東京に、一人で住むことが決定した。最低な大学生活の幕開けだった。



 「あなた方は最後、どんな作品を描くでしょう」

そう語ったのは、学科で最も偉い先生だ。
才能ばかりに見えた同級生が集うオリエンテーションで、新入生を白いキャンバスに譬えた。彼は、そこに何色をのせるのか心底楽しみにしているようだった。
卒業までに触れた芸術たちの中から、何を選ぶのだろうかと。

その言葉に、心が高揚した。
「先生」が、私たちを真っ白だと断言したのだ。

学びという色が欠けていれば、途端弾き出された定期テストに入試、高校生活。
何も持たないことは即ち、恥だった。
けれどもここでは、まっさらであることが、寧ろ歓迎されるのか。彼の、あわよくば自分の薦める色をのせてくれないかという、期待の籠った声が面映ゆい。

──全く新しい世界が広がる。

そんな予感が心を掠めたとき、とても安堵したことを覚えている。図らずもまっさらになった私は、どんな色も選べたのだ。



上京する少し前、私は駅のホームに立っていた。

故郷の地下鉄は薄暗く、灰色の線路に吸い込まれそうになる。
彼と別れて憔悴した自分を何とか奮い立たせようと、携帯のメモ帳を開いた。

 「魅力的な人になる」

 「全部上手くいってみせる」

恥ずかしいことを残した自覚はある。けれども、これが最大の頼りだった。これからは自分で幸せを掴もう。自分で集めた好きなものに囲まれて、内から魅力ある人になってやろう。何も持たない私が見たのは「好き」を追う世界だった。


──自分の幸せは、自分で掴もう。

標語のような決心は、私の場合、強がりから生まれていた。格好悪くても、遠回りでも、私なりの世界を持とう。そうして、それを素敵だと言ってくれる人を大切にしよう。その意地は、いつしか指針に変わっていた。


無理に伸ばした背のまま立っていられたのは、同級生のおかげだった。彼女らがいるから、私は今日まで歩いて来られた。
誰かの「好き」に、瞬間「いいじゃん!」と返す友人たち。
きっとまた「いいね」と言ってくれるから、こんな恥の寄せ集めみたいな文章さえ残せてしまう。
好きなものを選んだ自分を、好きだと言ってくれる人がいる。その幸福を知ったから、私は今も立っていられる。

好きなことは好きなままで良い。
好きなだけ突き詰めて、拘れば良い。
たとえ「遊びみたいな勉強」と言われようとも、好きを信じる姿は飛び抜けて格好良い。そんなぼんやりとした価値観を肯定してくれる場が、私の学科だった。
幾度となく「このまま社会に出て何ができるだろう」なんて問いが私の中に渦巻こうとも、好きなことに勝る輝きは無いのだから仕方がなかった。
苦手なことはたくさんある。
それでも、それも私の色なのだと。必死に選んだものたちは、きっと私の一色になっている。
そう信じさせてくれるのが芸術学科だった。

 恋人も友人も家族も、何もない東京で、私はたくさんの「好き」と出会った。
浴びるような芸術体験の末、私は何色を纏っただろう。


最低な幕開けを告げた大学生活は、最高の幕引きを迎えた。
そう思わせてくれる友人には幾ら感謝しても足りない。だからこの場を借りて、散々恥を晒したのを良いことに伝言も置いていこうと思う。どうか生温かい目で見てほしい。仲良くしてくれたすべての人へ。



好きなものに触れ、悩んで苦しんで、誠実に向き合う学科の皆を心から尊敬しています。皆が好きなものを話す時間、姿、選ぶ言葉が大好きでした。学科で過ごしたどの瞬間も、私の糧になるでしょう。

それぞれの場所で、今の色のまま、最高に輝く様を、これからも見せてほしいです。願わくは私もそれを叶えて、もう一度集まりたい。

柔くて、でも貪欲で、真っ直ぐな皆がこれからも幸せであることを願っています。

かけがえのない時間と愛をありがとう。

何よりも、
この機会を与えてくれた友人に感謝を込めて。

どうか皆、お元気で!
またね!


※企画してくれた卒業文集からの抜粋です。
推敲する前に、卒業した今日載せたくて。

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