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はじまりのはなし…プロローグ①

「忘れていました。ずっとずっとずっと…
忘れた事さえも、忘れてしまっていたのです。
余りにも昔の事で…これが本当の事なのかさえ、私にも疑わしいのです。
あなたに伝えたところで、あなたはきっと信じないでしょう。

あなたはきっと笑って…明日には忘れてしまうのでしょう…

大人になってから聞くおとぎ話ほど、詰まらないものはないでしょうね。

どうして子どもの頃はあんなに心が弾んだのか…私にも思い出せません。

今思うとおとぎ話なんて悲しい物語ばかりで、ちっとも面白くないのに…

いや、こんな話がしたい訳ではないのです。

もっともっと大事な話が…………」

漸く睡眠薬が効き出したようだ。彼女は大事な何かを言いかけたまま…深い眠りに入った…そろそろ病室を出よう…面会の時間はとっくに過ぎている。

彼女が狂い出したのは一年程前になる…彼女は母親になる筈だった…母親になれなかった彼女はとてもショックを受けた…
だが、それ以上に彼女がショックを受けたのは、もう母親になれない身体になってしまったという事だった。
そして、苦しんだ彼女は僕と結婚する事さえも辞めてしまった…

病院では躁鬱病であると診断され、それに付け加えて記憶障害も発症し、彼女の記憶は残酷なまでに日に日に削れ落ちていった。

それは昨日食べた夕食の献立や、昔一緒に観た映画のあらすじ...得意料理だったバナナケーキのレシピに、忘れ物をしない様に書き留めていたメモの置き場所など...

日常的な他愛もない事から、自己の認識に関わる重要な事柄まで様々である。

それでも彼女は、時々忘れていた事を思い出したと喜んで、僕に興奮しながら話してくれるのである。同じ話を何度も何度も…僕に話したという事を忘れたまま…

彼女の話は確かに、おとぎ話のような話だ。
まるで竹取物語のような悲しい話である。

解釈はとても難しい…彼女の幻想なのか、夢なのか…潜在的な記憶?…集合的無意識?…それとも阿頼耶識?…もしくはアカシックレコード?

何かは良く分からない…

彼女が言うには、この世界のはじまりの話だと言う。

さあ、早く病院を出ないといけない…今日こそ守衛さんに怒られてしまう。

続く

#小説 #躁鬱病 #はじまり #病院 #記憶


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