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「星雲乱破ナイファス」第一話

西暦2210年、人間が太陽系から外星雲に文化を拡大させている未来。優秀な遺伝子配合児「デザイン・チャイルド(DC)」が増大。太陽系の裕福層都市を支配し治めていた。
一方で、過酷な環境でのコロニー建設や惑星資源の探索、戦争に使い捨ての兵力として使役される為に作られた、人と獣のハイブリッド「ビースター」は、貧困や闇家業に生きる他はない。
11歳の傭兵ビースターであるマンジーは絶望する地獄の戦場で、「姫若君」と呼ばれる騎士が駆る二足歩行戦闘機「KEBナイファス」に危機を救われ共闘。生きる未来に向かって歩き出す。

西暦2210年2月10日、地球の旧東ヨーロッパ上空3000メートル。

時刻は13:20、非公式の私設軍組織28人が乗員するステルス型空挺機が、成層圏の透明なブルーの中を、鮮やかな白線の雲を描きつつ閃空していた。

『姫若様、どうかお考え直しを。完成度は高くとも、プロトタイプのエアバトラー単騎で戦場に降下するなど、お父上がお許しになりません』

空挺機のキャノピーから響くその回線に、コクピット内のパイロットは吐息で微笑む。


「あの人には、私から直接謝罪をするよ。ナニーは知らん振りをしていれば良い」
『そのような無茶を仰るな。先程までのシミュレーションで、既に機体のパワーゲージは底を尽きかけています。ゲリラが埋めた地雷源の真上に、28トンのボディで飛び降りるなどと正気の沙汰では……』
「了解した! これより作戦行動に入る! 通信終わり!」


少女とも少年とも思われる声を合図に、ステルスからパージアウトされた鉄骨の騎士が、流れるようなスピードで紺青の空へとダイブした。まるで、一筋の流星のように。

同時刻、地球の旧欧州戦線は混沌の中心にあった。 

22世紀に入り、かつて地球上に多々存在していた国家が崩壊すると、次世代ヒューマンとして生まれたデザイナー・チャイルド達が、自らの領地を確立しようと軍隊を蜂起し、何回目かの世界大戦が勃発。国境は無意味な地図上だけの存在に成り果て以後百年、地球は人類によってパズルのピースのように引きちぎられ続けている。

「隊長! DCの上層部が逃げ出しやがった! 負傷兵もみんな置き去りだ!」
「……ああ、やっぱりねぇ……。あいつらが俺らを回収するなんざ、あり得ないもんね……」

偏西風が吹き乱れる最前線。そこで撹乱部隊を指揮していた仮面の少年が、脇差で薙ぎ払った敵兵達の返り血に全身を濡らして、天を仰ぐ。
天気図では快晴のはずの空は爆撃の硝煙に塞がれ、今にも黒い雨が降りそうだ。


デザイナー・チャイルド、通称「DC」とは、優秀な遺伝子を配合した試験管ベイビーである。

元々は、先進国の深刻な少子化により認知された受胎システムであったが、裕福層や支配階級のみに広がった生命の継承は、やがて自然出産児「ナチュリア」を
はるかに凌ぎ、今や人類のほぼ80パーセントを占めている。だがそこに数えられないのがDCの副産物として誕生し、人類に使役される動物と人間のハイブリッド、「ビースター」。


「DCの連中からすりゃ、俺らビースターなんざ使い捨ての傭兵に過ぎない。
ま、分かっていても明日の飯の為に、ここで戦わなきゃならなかったんだけど」

彼らは労働や戦争に不可欠な奴隷として、犬や牛、馬に豚などと遺伝子交配された新人種で、非常時には食用としても役立つことから、無作為にクローン化を推進させられた人造生命体だ。

眉目秀麗で頭脳明晰だが、複雑な調整受胎で子供を残しにくいデザイナー・チャイルドよりも圧倒的な繁殖力を持ち、兵役や労働者として火星や他星系のコロニーへと大量に流出した為、既にその数は10億を超える。

まだ身長が150cmにも届かない11歳のマンジーは、そんなビースターの一人だ。
頭部全体を覆うチタン製のバトルメットで顔立ちや髪の色は不明だが、強化セラミック武装アーマーに包まれた腕や背中、脚はまだ細く、若いサラブレッドのようなスラリとした筋肉と青い血管が、くっきりと浮き上がっている。

「数えきれない絶望を経験してきたけど、今回こそは終わりかな……」

「次なる地球の王侯貴族」を自称するデザイナー・チャイルドの士官達は、痩せた土地での戦闘において冷酷なる君主だ。取り替えがいくらでも可能な動物の奴隷を連日に渡り酷使し続け、そしてわずかな食糧しか与えない。マンジーも既に二週間、フィルター浄化した泥水と少量のバイオビーンズしか口に入れていなかった。

「クッソ腹減ったなぁ……。給料で木星のビアガーデンに行くはずがさぁ……」

敵側は機動部隊の戦力が厚く、ナイファス・エアバトラー「KEB」と呼ばれる体高18メートルの二足歩行戦闘メカを8機、展開させている。味方だったはずのナイファスKEBは三機が大破し、残りは残存している指揮官を乗せて逃走してしまった。

濃厚な爆煙によって視界はまるで効かず、「助けてくれ」「死にたくない」と、敵味方入り乱れる呻き声が戦場に低く響き続ける。おそらくその全てが、使い捨て戦力として投入されたビースト兵だろう。ここに到着した日にはまだ鬱蒼と生えていた森の木々は、KEBが使用するナパーム砲によってほぼ消失し、その無残な焼け残りが朱の残火を舞い上げている。

「真紅の炎と血、黒い煙……。俺の人生はこればっかだな。いい加減解放して欲しいんだけど」

地球で長く続く王侯貴族の城にて、曽祖父の代から自分の血族は大切に保護されていた。平和な暖かい生活、満ち足りた衣食住と礼節を慮る暮らし。人間達は「科学の神が生み出した、聖なる獣」として、自分達を宝物や神のように讃えて敬っていたのだ。あの場所で、教養や躾は十歳までに徹底されるという事実を、身に染みて熟知したと思う。

城が襲われたのは突然で、雪の深い白夜だった。ハイブリッドの貴重獣を独占していた王とその妃、王子らは親族の謀反により皆殺し。奇跡の生物と信じられていた半人半獣の血肉を食べれば、千年生き延びるという迷信に惑わされ、下克上を果たした裏切り者達は母を犯し、赤ん坊だった弟の生皮を剥いだ。

ガソリンをかけられて一気に炎上した城から、形見の刀を抱きしめてどう逃げ出したのか、もうよく覚えていない。気の遠くなるような寒さと飢え、斬りつけられた顔と抉られた左目の焼けるような激痛、発狂寸前の絶望の大波に飲まれながら、国境を超えた村の小さな修道院に拾われた。

食べる為生きる為戦場へ出て仲間を集め、いつからか「P-DASH傭兵チームのマンジー」と呼ばれるようになって、数年。

今回の依頼は、いつものビースト専門仲介コンサルタントから受けた話だ。正規の組織には認められず裏社会でしか生きられない人獣混合種には、奴隷として徴兵されるか内臓を売るか、セクシャル・マーケットに身を差し出すしか収入を得る方法は無い。当然、そんな理不尽な扱いに我慢できずに宇宙海賊やテロリストに成り下がるビースターが多かった。

「戦争だったら、なるべく罪のない人間や獣仲間は殺さないで済むって、この職業を選んだけど……。死体処理ばっかりやらされてたよね」

……もう、ここで死のうか。

世を儚んで絶望した経験を持つ者は、世界にどれだけいるだろう。
全ての生き物は、この世に生まれ落ちてから自らの命を続けさせる為に努力をし、失敗や敗北を重ねても、それらを乗り越えるべく魂を作られているはずだ。

だが、「生きていても希望が何も持てない」「未来に光が見出せない」となれば、そこに横たわるのは暗黒の絶望だけ。その底なし沼の現実に何度も何度も溺れかけ、それでもなんとか這い上がり、明日はきっと、もう少しは救われるはずと奮い立たせてきた。

「隊長! 敵のKEBが俺たちを囲ってやがる!」
「マンジー、頼む指示をくれ! まだ死にたかねぇよ!!」

残ったチームの仲間は5人、作戦に参加した初日には75人だった。全員が日銭を稼ぐ寄せ集めの犬や馬、牛と配合された低級ビースター兵ばかり。……マンジー一人を除いて。

「疲れた……」

……ここで死ねば、明日からは残酷な世界に溺れなくてもいい……。ラクになれる……。

睡眠も食事も摂れていない身体は長引いた戦闘で疲弊しきり、腕も脚も重く痺れて動けない。巨大な機械が移動してくるモーター音がどんどん接近してくるのに、逆にマンジーの気力は加速度的に乾涸びていく。死神が、自分の肩に指を掛けようとした、その時。

リン、リリリ……、

「……なんだ? 鳥の声……?」

リリリ……、リン……、

鋭敏なアルファ級の聴覚が、四方を索敵する。しかしその美しい囀りは、地表から響くものではない。金属の風鈴共鳴にも感じられる。

「……上か?」

心臓を掴もうとしていた死への甘い誘惑が消え、マンジーは血塗れの顔を上げて焦げ肉臭に満ちる空を仰いだ。無意識に左目の義眼がヘルメットの中で作動する。幼少時代に城で失った左の眼球は、やっと稼ぎ出した金を積み立てて入手した、コンピューター制御の生体ギミックだ。連日過酷な労働でセンサーが多少ぶれてはいるが、はるか頭上にその存在を感知できる。

「ゼロ方向、空の中に何かいる……。高温度のジェネレーターに、認識不可能な特殊コード。生体反応が……一人……」

瞬間、大きな一筋の光の矢が落ちてきた。ドドン、と立っていられ無い程の上下の揺れ。目が眩む熱風のすぐ後には冷気が周囲に拡散した。

味方が仕掛けていた地雷原が破裂したのか? いや、違う。爆煙で密に敷き詰められていた雲の間から、二本目の光が降る。それは的確に、マンジーの前方100メートルまで迫っていた、敵の前衛KEBナイファスの胸を二台分、見事に貫いていた。

吹き飛ばされそうな熱風に襲われて、怒涛の勢いで砂塵が肉眼を塞ぐ。耐えられずにマンジーは身を低くし保持姿勢を取ったが、そのまま数メートル風に引き摺られた。

「なんだ!?」
「敵、敵なのか!?」
「確認急げ!」

圧倒的に有利だったはずの敵の動揺した波長がマンジーの皮膚に伝導し、彼は初陣以来初めて、その光景に熱く震えた。滞留していた汚煙が一気に雲の上へ抜け、青の天上がゆっくりと開けていく。周囲に差し込む太陽光、一ヶ月離れていた温かな空気が頬を撫でる。


「ねぇ、天使の梯子という空が世界にはあるのよ。宗教画のようなあの壮大な風景を、お前はまだ知らないわね。いつか大きくなった時に、その美しさを知る日がきっと訪れるわ」

忘れていたはずの母の声、そうだ。この眺望こそが彼女が語っていたあの光だ。
波間のグラデーションのように砂と煙が消えていく。もはや完全に開けた青空を断ち切るように、神々しい機体が輝き降臨している。

「KEB……、ナイファスだと!?」

マンジーが叫ぶと、まるで守護使徒の如く跪いていた巨神がゆっくりと立ち上がり、こちらにメカニカル・フェイスを向けた。数年、様々な戦地において多種多様なKEBを見てきたが、初めての型式だ。ヒロイックなマスクライン、背中にはスレンダーな飛行ユニット、そして優美なプラチカルボディ。簡易塗装らしきカラーリングからしてプロトタイプかもしれない。

『ビースター傭兵部隊の皆さん! 援護に来ました! 可能な限り熱源は抑えますが、戦闘に巻き込まないよう退避して下さい!』
「子供の声!?」
「バウアー! 仲間を後方に下げさせろ!」
「マンジー隊長は!?」
「俺には構うな! 早く行け!!」


背後で手傷を負い、流血していた副隊長に檄を飛ばす。傭兵になってからの一番古いビースター、ウルフハウンド種の戦友だ。自分がどうなっても、なるべく彼だけは死なせたくない。

巨大なエンジンモーターが幾重にも擦り合う音が皮膚と鼓膜を震わせ、金属のオーケストラが荘厳な交響曲を奏で始める。

マンジーは冷静さを取り戻し、半腹から歪んで肉と脂肪がべったりとこびり付いている脇差を捨て、背負い続けていた打ち刀である松竹梅一文字を抜く。顔も覚えていない父の、唯一の形見だ。

ホワイトグレーのKEBが、砲身20メートル余のロング・スラスターライフルのアタッチメントを交換する姿に、「空から降ってきた光の槍はこれか」と、心から感謝する。

気品が溢れるヘビー・メカニカルマシンがセーブスタンドを立て、銃器を構えた姿勢を確認してから、マンジーは身を低くかがめた。

シュッ、と。空気が圧縮された感覚と同時に、細いビーム閃光が瞬く。遠隔視界で、動きを止めていた敵の機体が被弾して膝を折る。二度、三度、シューティングが続いた。

「そうか、俺たちが巻き添えないように、関節部だけを狙い撃ちしている! ライフルのパワーを調整して……」

なんだ、どんなんだ!? どれほどベテランのパイロットなのか!? だがノイズ混じりの音声は確かに、幼く透き通っていた。

「コンマ二桁のズレだけか!」

突然の新型マシンの圧倒的な登場に止まっていた敵のKEBも、ようやく正気に戻ったのかブーストを吹かして猛スピードで接近して来る。灰白の機械騎士もまた、スタンドを収納してダッシュを踏み込んだ。一歩ごとにマンジーの身体が揺さぶられる振動。

迎え撃つディープグリーンの機体は、元上司達が敵前逃亡させてしまったKEBナイファスと戦ってはいたが、途中から追加支援部隊と交代をしていた。ライフルもグレネードランチャーもまだまだ余裕があるようで、断続的に乱射している。

「あの人……弾幕を、ビームの隙間を駆け抜けてる!!」

光の槍遣いは、恐れる様子も無くまるで舞うように攻撃をかわして進む。優雅なまでのそれに励まされ、マンジーも全力で砂塵の中を走った。先程までの絶望と重い疲労が蒸発して、腹の底から力が湧き出すのだ。

体力が激減してはいても、自分は他のビースターとは一線を画している種族だ。メンタルを持ち直しさえすれば、フィジカルも復活してくる。マンジーのそれは、AAAクラスのチーターにも脚力も持久力も負けない。ショルダーから超小型ドローンを引っ張り出して肩任せに投げると、上空へ浮遊したそれが巨体に張り付く。

「戦闘中に直接回線でごめん! 自分はビースター傭兵部隊のリーダーだ! 白の騎士さん、救援をありがとう!」
『リーダー殿、こちらこそ無礼な乱入を失礼致しました。これから敵機を殲滅します。退避なさって下さい』

幼いが、よく通る優しい声。殲滅という響きから、マンジーは母から聞かされた「告死天鳥、ナイチンゲール」の物語を思い出した。

「そうしたいけど、ここら一帯は敵の地雷原になってる! KEBでも踏むとそこそこヤバい! 俺がセンサー探知してアンタに伝える!」
『でも危険です! 貴方を巻き込んでしまったら……』
「大丈夫だよ! 俺は身軽だし目も耳も鼻も効く! 必ず避けてみせるよ!」
『……分かりました、私もお守りします! フォロー、よろしくお願いします!」
『任せて!』

この高揚はなんだろう。無情な殺戮の日々を当たり前のように戦い抜いてきた。押し潰されそうな苦悩も後悔も焦燥も、そして真っ黒な絶望に厚塗りされた人生。刀を手に焦げ荒れた戦地で、こんなにも胸が高鳴り魂が震えるとは。まるで長い年月、牢獄に幽閉されていた獣が天空に解き放たれたようだ。この解放感は、人生の絶壁で投身自決を覚悟したことのある者にしか理解できまい。


「15メートル右一時の方向、二つ地雷!」
『了解!」
「次! 前方10メートル正面!」
『はい!』


灰白に輝く騎士は雷光の如くきらめき、流れるように敵の懐に潜り込み、その両腕両足をスウォードで切り落とし爆発させずに屈服させる。ひざまずくその姿は、まるで告解に懺悔する敗者。陸戦用にカスタマイズされたホバリング・システムで有利なはずが、ワルツを踊る天使に翻弄されていくのを、マンジーは誇らしく援護した。

「てめぇ、P-DASHのマンジー!!」
「賞金首一千万デュベだ! 囲んで仕留めろ!」

大柄な敵兵ビースターが6人、マンジーを包囲して飛び込んで来る。

「……っ、邪魔なんだよっ!!」

俺が! あの人と! 一緒に遊んでるのに!!
松竹梅一文字を一閃させると、コールタールのような血が大量に噴き出し、セラミックメットを被ったままの首が飛ぶ。次は心臓を貫き、頸動脈を裂いて頭蓋骨を砕いた。

「クセェんだよ!家畜共!」

虫の羽音のようなフライング・サウンドを出しながら襲ってくる、追尾ドローンをも次々薙ぎ払い進むのと並走して、灰白のKEBナイファスも敵機のコクピットを貫き、屈服させていく。二人の動きは阿吽の呼吸で完全に共鳴していた。
スナイパーKEBが強力なビーム狙撃するも、体勢をほぼ変えないままに白の騎士はかわし、次の瞬間には300メートル先のそれを撃墜していた。猛スピードで前進しながら。

『……当たらなければ、問題はない』


有線通信が拾ったその独り言に、マンジーは久しぶりにゾッと恐怖する。命を救ってくれたパイロットは、特に興奮するでもなく呼吸する如く戦っているのだ。

「次でゲームオーバー!」

絶妙なコントロールテクニック、正確な射撃と常道に囚われない回避行動。最後の敵が倒れ伏した瞬間、最高のシンクロ・コンビネーションを終わらせねばならない失望に包まれた自分に、失笑してしまう。

永遠の地獄に溺れていた二ヶ月間の戦闘は、あっけなく13分で終了。ビースター傭兵部隊の仲間は、75人のうち残った者はマンジーを含めてたった五人。残酷な日銭仕事だった。ビースター兵である彼らの遺体はここで焼却処分され、灰塵さえ残らない。

「また生き残ったなあ……」

参加した戦争が終わるたびに溢れる台詞も、今日は持つ重さが全く違う。命を助けられて、信頼を肩に乗せ合いながら共闘できる相手と、初めて出会えたのだから。

マンジーが刀の汚れを拭き取り鞘に収めると、灰白のKEBナイファスのコクピットが開き、パイロットがワイヤースレーターを使用して地表に舞い降りる。風に乗る燕のような物腰。

アイボリーホワイトの地に、ゴールドとロゼのアクセントが施されたセレスティスーツは、想像していたよりずっと華奢なシルエットだ。小走りでこちらに駆けてくる姿に、胸が高鳴る。

「告知もなく突入し、本当にご無礼致しました。リーダー殿」

マイク越しに聞いた通り、ヘルメットから発せられるまだ幼さを残す透明な声。身体つきも男女どちらか判明できない。相手の方がマンジーより10センチ程、背が高いのは意外だった。

「何言ってんの、アンタは俺の命の恩人だよ。仲間も数人生き残れたし、ホントにありがとうね」
「リーダー殿の刀捌きは素晴らしいものでした。サポートに心から感謝します」
「ごめん、助けてもらったけどさ。俺はビースター傭兵だから、顔も晒せないし名前を人間には言えないんだ」
「はい、承知しております。私こそ秘匿オペレーションの途中ゆえ、名乗れません。申し訳ない」


それでも、礼儀としてヘルメットを脱いだのだろう。白いセラミックガードから溢れた薔薇色の髪に、マンジーは息を呑む。カスタードクリームのきめ細かい健康的な肌は、オリエンタル系の遺伝子が強いのだろう。形の良い額と頬に落ちるショートカットは、見事なストロベリー・ブロンド。小さな童顔の彫りは中高で鼻は小さく上品な聡明さが満ちる瞳は、耳に刺さっているピアスと揃いの珍しいイエロー・ダイアモンドだ。


「失礼ながら、リーダー殿はお若くていらっしゃるのですね。お声がとても優しく響いておられる」
「アンタにそのまま言葉を返すよ。それにとっても綺麗な髪と目の色だ。俺、アンタみたいな素敵な人間と会ったの、生まれて初めて」
「ふふふっ……、お上手ですね。ありがとうございます」
「いや、本気だから。アンタを口説いてんの。あ、不謹慎かな?」
「……心苦しいですが、お仲間のご遺体は運ぶことが叶いません。オペレーションの都合上、貴殿を私の艦にも乗せられず……。お許しを」


美しく頭を下げるその姿は、滅亡したと聞く地球の島国を彷彿とさせる。確かあの極東の地は2100年頃に国家破綻をして、とある巨大財閥に安く買収されたはず。その企業は後に名門貴族の名前をも買い取って、今や「王家」にのし上がる存在だと。

「あのさ、違ったらごめん。アンタってさ、もしかして」

言いかけたその瞬間、突然の空気が裂ける気配が走り、マンジーは反射神経と動体視力を駆使して後方に1メートル飛び下がる。それまで立っていた砂地の上へ、パイロットを護り固めるように円を描き13本刺さる長槍。その等間隔は正確に開いている。

「姫若様、卑しい傭兵などと馴れ合ってはなりません」

二人の間に男が上空から舞い降り、マンジーの喉へに太刀を突きつける。性別が分かった理由は、軍用スーツの屈強な体格と脱臭フィルターでも隠しきれない匂い、それも独特の体臭。その背後に並ぶ、漆黒のロングローブをまとった三人からも。

(この野郎達、ビースターだ。しかも全員アルファ級)

マンジーの野生雄としての本能が警報を鳴らす。人間とハイブリッド受胎したビースターの中には、それこそ自分と同じく奇跡的に誕生する貴重種も存在する。例えば、ユニコーンやフェニックス、ドラゴン、マーメイドがそれだ。この眼前の成熟したオスは、間違いない。

「槍遣いか、ホワイトファングのオッサン。俺が勝手に声をかけたんだよ。この人は悪くない」
「ナニー、無礼であろう。私を補佐してくれた方だ。そのような物言いは許せぬ。控えよ!」

ナニー? 「乳母」? 「姫若君」? 小さな君主に叱責された長身を見上げると、お守り役だろう男は軽く咳払いをした。慣れているのか、赤毛のパイロットは動揺もせず、槍の鳥籠の中で静謐に佇んでいる。

「姫若君、ご容赦下さい。艦が機体を収容致しましたので、早々にお父上へご報告せねばなりません」
「熟知している、先に行け」
「ですが」
「頼む」
「……は、お急ぎを」

渋々と、だが自分を牽制しながら礼をしつつ、背中を向けた「ナニー」に舌を出すマンジーに、恩人は淡く微笑んだ。


「あれは子守りなのです、ごめんなさい」
「いいよ、高貴な人が俺みたいな使い捨て兵と話しちゃいけないだろ。ごめんね、ちょっと下がって」

マンジーの意志を理解した騎士は、小さく頷いて一歩身を引く。松竹梅一文字の煌びやかな一閃に、二人を阻んでいた槍の檻が全て切断される。鞘に刀を納めながら、「俺とアンタじゃ、住む世界が違い過ぎるから」と真実を告げた。
イエローダイアモンドの瞳は哀しく滲む。一瞬の戸惑いの後、細い右手が差し出された。

「グローブのまま、失礼を。どうかお元気で、リーダー殿」
「こちらこそ、生きる希望をありがとう。ご恩は生涯、忘れない」

遠くない未来、必ずアンタへ返しにいくよ。

お手本になるような敬礼に、マンジーも同じくそれに応える。ゆっくりと荒地から去っていく年若い主人を、子守の男が視界から遮るように自分の身体で隠した。こちらへの厳しい眼光を残して。

どの戦場でも見た覚えのない、凛としたステルス型空挺機が晴れ渡った空に浮かび、エンジンを響かせて雲の彼方へ遠ざかる。それが見えなくなるまで、マンジーは動かなかった。

「マンジー隊長、連中はどこの部隊ですかね。身バレしないように艦も入念なマスキングして、やけに慎重だ」

幼い頃から馴染みの戦友が、陸専用バトルスーツの右腕にギプスを固定し歩いてきた。マンジーは眺めていたスカイブルーから視線を移し、無邪気な年相応の表情から冷静なリーダーの顔を作り直す。

「バウアー、この件に関しては仲間に緘口令を。俺たちは偶然、幸運に恵まれて生き残っただけだ。何も見なかったし、誰にも会わなかった」
「……了解しました」


どうせわずかな給料を現金払いされれば、ここで生き残ったビースターはすぐ次の戦場へ赴く。また激戦区だ。低級獣の使い捨て傭兵が半年後にどうなっているかは、マンジーにも分からない。

「なあ、バウアー、もし俺がこの業界から足を洗っても、お前はついてきてくれるか?」
「はあ?」

ウルフハウンド種の腹心は、鳶色の目を大きく見開いて唖然としている。無理もない、闇家業の洗礼を受けてから五年、同じ釜の飯を食べてきた舎弟だ。

「え、どうしたんですか。今更カタギになれるなんざ、まさか考えてないでしょうね」
「骨の奥まで返り血で汚れてんのに、まともな死に方が選べるとは思ってないよ。ただ、」
「……ただ?」

今、周囲には黒焦げになった死体と赤く染まった砂の地表が広がっている。だが十年も重ねれば腐臭に満ちた風も枯渇した土地にも、清涼な空気と緑の息吹が蘇って生まれ変わるはず。


「自分の命、喜んで投げ捨てられる場所を探してみたくなった。明日から」

さて、まずは新しい名前を作らないと。別人に成り代わり生まれ変わる、最初の一歩だ。偏西風が強く荒野に吹き荒れていた。マンジーはバトルメットを脱ぎ落とし、癖が強いウェーブの銀髪を振り乱す。


「あ〜!! チクショウ! 惚れたぜ! 初恋だ!」

11歳のグリフォン・ビースターの骨格はまだ少年期の半ばで、声変わり前だ。甘く整った顔に埋められた右目は地球のプラネットブルー。義眼の左目は、紫外線カットレンズで赤く輝いている。そして左頬には額から顎までの、鼻には横一線の古い刀傷。

「アンタに辿り着いてみせるよ、赤毛の姫若君さん」

【第一話「グリフォンの傭兵」、終】


第二話

第三話








ダブル主人公の二人。





ツタンカーメン家に引き取られた直後のソーヴィ。
グリフォンの翼が隠されているアルマンゾの背筋。
登場予定の、ソーヴィの遺伝子を狙うアルファの闇医者。



マダム、ムッシュ、貧しい哀れなガンダムオタクにお恵みを……。