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「僕と彼氏シリーズ」LOVE &PEACEの幻影


「平和(たいら、なごみ)とは……、何者ですか?」
「さすがだな、一発で読めたのは君一人だよ」


太陽系連邦軍統帥本部の地球時間11:45、リーデンゲイツァー・フォン•ラグランジェ中佐は、直属の上司であるカール・リヒター・リッケ少将に呼び出されていた。リッケ少将は統帥本部長を25年勤めている50歳のアルファ貴族で、今まで何十回と本部長補佐や、私設秘書をクビにしてきた偏屈者として知られる。

そしてまた、この宇宙太陽系史においては非常に珍しい、ベータからの変異型オメガを妻に持つ。言動も実行も非常に荒々しく粗暴だが、「統帥本部筆頭の愛妻家」としても広く知られていた。ちなみに、「統帥本部筆頭の愛妻家の一番弟子」になるであろうラグランジェ侯爵こと中佐には、誰よりも口煩いという事実も。

子供は男子アルファ三人、女子が二人、加えてクスィー女子が一人。その暁光には太陽系連邦から「名誉アルファ市民賞」「未来永劫アルファ貴族」認定を受けて、男爵位を受勲された偉大なる父でもある。

パーティーで数回会った長男から、「手が付けられぬガサツ者な父ですが、本当に中佐には、その、申し訳ありません」と丁寧に挨拶をされた記憶が深く残る。父よりも柔和で腰の低い母によく似たようだ。

その本人は外見は身長が185cm、体重はヘビーライト級であろう屈強なハイブリッダーだ。美青年というよりは気難しい教師のような風貌で、若い将校達には「鬼校長」というあだ名で敬遠されている。

彼が直の部下に置いて五年継続勤務しているのは、既にラグランジェ中佐ただ一人となった。父であるラグランジェ大公への配慮もあるだろうが、おそらくは目上の人間の顔色ばかり伺う無能が嫌いなのだろう。

「タイラナゴミ、この頃諜報部からよく流れてくる名前でな。いや、正確にはコードナンバーかもしれんが。高度なハッキングやサイバー攻撃の事件に、必ずこの人物の影がある」
「和風の名前からして、ハーフビーストや三流空賊とは考えられません。何かしら旧日本領と関わりが濃厚、というところでしょうか」

高級なラッキングチェアに、着崩れた軍服のまま行儀悪く片足を乗せたままの姿勢で「とにかく、まだ背景が何も見えんのでな」と、少将は軽く顎をしゃくる。
「ローテーブルの上にあるコーヒーを、好きなだけ飲め」といういつもの無言合図なのだが、ラグランジェ中佐は一度として口にしたことはない。焦げ過ぎたイタリアンローストはどうにも美味には思えないからだ。

「取り敢えず、その優秀な頭脳の隅にでも置いておけ。これからネタが掘り出されるかもしれんしな」
「は、承知しました」
「ところで」

鬼校長が珍しく片頬を上げて皮肉な笑みを浮かべる。瞬間、嫌な予感が走ったが「アルファ社交界の蒼の君、ブルーハイネス」は表情には出さず、来るであろう台詞に準備しておいた返事を待機させる。

「どうだ、クスィーのフィアンセ殿とは。そろそろ華燭の宴の招待状が届くのではないかと、うちのも期待しているんだが」

やはりこの話題が本件だったか。わざわざ正体未確認のネットテロリストの話題で、自分が彼に呼び出されるはずがない。

「は、両家の顔合わせもつつがなく終わり、安堵しております。ただ、あちらも現在は技術部の要職に就いて忙しく。まだ未熟者同士、焦らずとも良いかと考えている次第であります」
「まあ、まだ貴殿らも三十前だしな。青春の名残で遊び足らないだろうが、最高物件は早めに独占するに越した話ではないぞ。クスィーのナチュリアを伴侶に迎えられるとは、お父上もさぞお喜びであろうし」
「御意にございます。また、閣下にはご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」

ニヤッ、と「アルファ貴族の理想の父」が下卑て笑う。いよいよ嫌な予感が粘着する。

「もう寝たか?」
「…………、睡眠は、充分に……」

ラグランジェ中佐が困惑して応えると、「ガハハハハハ!! 馬鹿野郎が! 童貞優等生みてぇな野暮ヌカしてんじゃねぇわ!」

20畳はあろう広い指揮官室に、その怒号とも誤解する爆笑が割れ落ちる。何事か、と侍従兵がドアを素早く開けるのに、彼は退屈そうに手で追い払った。

「ま、その様子じゃあ、キスもまだなところだな。クスィーってのは宝箱に一生保管しておくわけにはいかんぞ。特に貴殿は堅物故に仕方もないが。大公家の後継者としてだけでなく、俺らアルファの子作りは富国強兵の任務でもある。もつとガンと行かんか! ガンガンと!!」

…………ああ、なるほど。手のつけられないガサツ者か。息子殿は熟知しておられる。

「そこもと達の話は聞こえてくるぞい。なんだ、ラブラブで旅行にも出たそうじゃか。惚れた相手をイッパツ抱いて決めてみろ! 人生の風景が変わるぞ!」

これは先月、百人を超えるハーフビーストを辺境惑星にて太刀で薙ぎ払った状況より、マズイ。早めにここは退散すべきだ。ラグランジェ中佐は振りな戦場で無益に戦うような愚才ではない。

「恐れながら、自分は閣下のように豪放磊落とはいきません。それに関しては我ら二人の心次第です。どうぞ、お許し願います」
「ハッ、イイコちゃんの台詞だな! つまらん! 出て行け!!」


軍式礼を整えて部屋を出る。そのまま統帥本部の正門へ続く長いホールを進むと、整えられた豪華なオーストリア式庭園には四季咲きの薔薇が、多種咲き誇って露を輝かせていた。散水が終わったばかりなのだろう。

明日はやっと、婚約者と二人きりの休みだ。珍しくピザのデリバリーを頼む予定になっている。「氷の美貌」と囁かれるラグランジェ中佐は、フィアンセの天瑪・メーライシャン少佐が好物にしている老舗ベアルンのレアチーズケーキを買って行こうと、淡く微笑んだ。



『平和(ヒラカズ)とは、もうあれから一度も会っていないわ。確かに浮気をした私は間違ったし悪かったと思う。だからって訴訟に彼の話を持ち込むのは、卑怯なんじゃなくって!?』

月面要塞基地と同クラスの防御システムに守られている、神奈川エリアのハヤマ・グランドコンチネンタルは、海に浮かぶアルファ夫婦向けの超高級戸建てマンションである。四方を湘南海岸に囲まれる鉄壁の城は、強固なセキュリティに護られ、今夜も美しいライトアップに照らし出されていた。

共有の広いリビングに入ると、そんな女性の金切り声が「ブルーハイネス」の鼓膜に反響する。どうやら200型大型ビジョンから流れる、配信音声のようだ。

「あ、おかえり。お疲れ様」
「ただいま。いつものドラマか?」
「クスィー向けの結婚促進番組なんだけど、どーにも毎回下らなくて。でも視聴データが溜まると、好きな映画が無料視聴できるクーポンが貰える」
「なるほど」

広い洗面所で入念に手洗いをしてアクアウォッシュで喉をうがいし、殺菌ドライで乾燥させてから、すぐにポットからオートで出されるミネラルウォーターを飲んだ。先天性クスィー・ナチュリアである天瑪は、優性ハイブリッド交配を何世代にも渡って繰り返したアルファより、ずっと免疫力が低く雑菌にも耐性が弱い。本人には「そんなに神経質になんなくても良いのに」と苦笑されたが、万が一にも備えるべきだ。

特に統帥本部にはスパイ活動を主にシフトされるB級ベータや、ハーフビーストの傭兵も出入りが激しい。冥王星や土星ではまだ未知の病原体も多く、油断はできなかった。

ラグランジェ侯爵は手早くシャワーを浴びてそれらの不安を洗い流し、最近婚約者と馴染みになっているタケシタ・ストリートで購入したプリントTシャツと、気に入りのブラックデニムを身につけて、素足でリビングへと戻った。


自分より二回りは小柄なナチュリアである天瑪も帰宅したばかりなのか、まだうっすらと髪が濡れて、瑞々しい肌からはヴァーベナの芳香が溢れて漂っている。

旧日本領の夏はとにかく蒸し暑い。22世紀初頭に、地球全体を冷却化する特殊コアが開発されて現在も地下深くにて起動してはいるが、三百年経過しても自然特有の湿度だけは取れなかった。

『とにかく、僕は君との結婚には後悔をしていないんだ! もう一度やり直せるなら、なんだってするさ!』


大きなビジョンウォールの中で、AIに作成された偽物の俳優が熱い演技を続けている。ライムグリーンのコットンラグに直接座り込んでいる、こちらもまたTシャツにハーフパンツ姿の天瑪の横に、侯爵も静かに腰を下ろした。

「ゴメン、お腹減ったでしょ。すぐピザ頼むね」
「問題ない、アルファは数日食べずとも特に害は無い」
「それだって、僕が一人だけでバクバク大きなピザ食べるわけにいかないじゃん。ほら、これ夏の限定メニューね」

共有タブレットの中で、ピンク色のウサギが『ファミリー向け特大サイズ、今ならお得!』と踊っている。

天瑪がシーフードを好むとは熟知しているので、「ロイヤルシーフードのハーフハーフを、ホワイトソースで。ダブルチーズ、マッシュルームをトッピング」とオーダー。

「あ〜、じゃあ残りの半分は明太子和風で。僕はシーザーサラダとクラムチャウダー、アップルソーダの氷抜き」
「では、アスパラガスのヴィシソワーズと、セイロンウーロンラテを」

フリックすれば、階下にある石窯ピザ屋へ注文が飛ぶ。おそらくは30分程度で食事にありつけるだろう。

『ついに、判明したヒラカズの出生の謎、妻のエリベルは彼の想いに応えるのか。次回もお楽しみに』

柔らかいマシンボイスに誘われてなんとなく眺めていると、エンドロールが流れる。キャストネームに、偶然今日見かけた漢字を確認した。

「平和と書いて、ヒラカズか」
「めちゃくちゃクソったれな恋愛ストーリーで、観てて疲れるんだけどね。クスィーはこういう恋愛と結婚をして、子供をたくさん産めって教育番組」
「それはそれは、せいぜいハッピーエンドを期待したいところだ」

配信タイトルを指でなぞっていく天瑪は、やっと最新型人型兵器ナイファスの組み立てが落ち着いたらしく、上機嫌だ。そんな婚約者を眺めるのは、なかなかに嬉しい。

「う〜む、レンタル料かかるけどこの新しいホラー観る。これでも良い?」
「余は何でも構わない。せっかくの休みなのだから、卿の好きなものを」
「前のラストで、ヒロインがゾンビ菌に感染したかどうか、ちょっと気になってて」
「少佐、支払いはこちらに。プロジェクトもいよいよ佳境だろう。慰労させて頂く」
「お、サンキュー! シーズン丸ごとレンタルすんね」
「うむ」


ドロドロしたオープニング映像が流れてくると、インターフォンが軽やかに響いた。

「待っていなさい」
「あっ、今日からポイント三倍だから! 確認して!」
「了解した」

ドアの小型受け渡し口から、配達ドローンが熱いピザBOXを差し出す。大人二人が結構な量を頼んだので、そこそこなサイズの保温シートが両腕いっぱいに塞がった。ポイントセーブは、間違いなく通常の三倍。


「食べよ食べよ! 侯爵、シート広げてその上にボックス乗せちゃって」
「切る係は?」
「お任せします」
「承った」


ナイファスの繊細な神経回路を器用に操作する天瑪の細い指だが、案外家事ではミスが多い。ケーキを取り分けるのも、銀髪碧眼の青年の担当だった。ああ、そうだ。

「言い忘れてすまない、レアチーズケーキをキッチンに運んでおいた」
「え、わざわざ? ベアルンのレモン?」
「レモン……、だったと思う。夏季限定の物を包んでもらった」
「あれ美味しいんだよ! これ片付けたら紅茶と楽しもうよ。昨日さ、ママがフォーションのサマーギフト送ってくれたから。アールグレイとラベンダーブレンドと、ラズベリーフレーバーだったかな」


画面の中では、おぞましい不死者が人間の脳みそを狙って、悲鳴をあげて逃げ回るヒロインを追いかけ回している。ダブルチーズがトロトロと口から溢れそうになるのをなんとか飲み込んで、「よくあんな悲鳴出す余裕、あるよな」と天瑪が呆れていた。


「軽井沢の林間学校で肝試しした時に、首筋にスライム落とされてさ〜。ホントにマジビビった時なんて、絶対に声なんか出ないよ」
「余も、戦地でビーストの首を刎ねた瞬間に、酸を含んだ血を浴びて驚いた。確かに声は出なかったな」
「そんなもんだよね」

28歳の二人は、映像をチラチラと覗きつつも貪欲にカロリーの塊を体内に流し込んでいく。この店は古くから湘南エリアで人気のピザショップで、味は確かだ。三浦エリアで朝引き上げられたタコや貝の新鮮さが売りで、天瑪の大好物筆頭に挙げられる。

しかし、さすがにクスィー・ナチュリアとして健康にも気をつけている婚約者は、こういうハイカロリーな食事の翌朝には、ワカメと豆腐の味噌汁、玄米ご飯、ゴボウとカボチャの煮付けなどバランスの取れた食生活を心がけている。

ホームメーカーには最新型の料理ポッドが設置されているし、適当に本人が鍋に混ぜ合わせている時もある。毎日のように弁当を作ってくれていた頃には優しい味のそれが、ラグランジェ侯爵にも大好評だった。

しかし、天瑪もいまや「星間飛行隊イグザムズ」のチーフメカニックだ。来月には中佐へと昇進が決定しており、基本デザインから基礎設計、材料プロデュースと仕事は実に多岐に渡っていて多忙を極める。この数ヶ月は、手料理弁当ともご無沙汰だ。

婚約者が心底、仕事を愛し尊敬するパイロットの為に心血を注いでいる事は、侯爵にとって誇りであると同時に、一抹の寂しさもあった。だが、取り敢えず今のところは大きな戦争もなく、平和な日々だ。

地球が21世紀を終えるまで四千年年以上、人類はお互い殺し合って血の歴史を塗り上げ続けてきた。それを阻止する為に生み出されたのがマザーAIヒュートランと、それらに人工交配された自分達ハイブリッド・アルファ。

しかし次は、人間と家畜DNAが闇ブリーディングされ膨大に膨れ上がったハーフ・ビーストや、落ちぶれたB級ベータ人類によるテロや、犯罪は全く底がつかない。おそらく、人間種が宇宙に存在し続ける限り、戦争や動乱は終わらないだろう。

『惚れた相手をイッパツ抱けば、人生の風景が変わるぞ!』

確かにそうなのかもしれない。でもまだだ。自分はそれでも、このわずかな幸せの時間と空間が二人の間に穏やかに佇んでいてくれたらそれで良い。天瑪の楽しそうな笑い声、少し照れくさそうな表情。それらが、ルーデンゲイツァー・フォン・ラグランジェにとっての生きる意味であり、「平和」の象徴だった。





「僕と彼氏のLOVE &PEACE」終わり。

↓続きです!



「デュラララ!!」の平和島静雄と幽の兄弟が好きだったなあ。好き過ぎて、平和島のお風呂センターにまで行ってしまった。

さて、朝からなんも食べてないので、そろそろやばい夏野菜で、カレー作ります!!







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マダム、ムッシュ、貧しい哀れなガンダムオタクにお恵みを……。