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映画『ハッピー・ゴー・ラッキー』

2007年/製作国:イギリス/上映時間:118分
原題
 HAPPY-GO-LUCKY
監督 マイク・リー



予告編(日本版)


予告編(海外版)


STORY

 ポピー・クロスは楽天的な30歳。
 熱心で生き生きとした小学校の低学年向けの教師である。
 彼女は厳しいインストラクターのスコットに運転を習ったり、情熱的なスペイン人のフラメンコ講習を受け、夜には浮浪者に出くわしたり、ソーシャルワーカーの助けを借りて、乱暴者の生徒を諫めたりする。その彼女のあけっぴろげな行動が観る者に何か誤解を生んだり、もっと悪い事態に嵌ったりしないかと首をかしげさせるが…

DVDジャケットより


レビュー

 アラサーの主人公(ポピー)は、理想主義の知性あふれる優しい女性(自らの感情コントロールも得意)。

 しかしおもちゃ箱をひっくり返したような色使いの服装や、フレンドリーでポジティブな振る舞いにより、多くの人からは「頭が軽くて馴れ馴れしい八方美人なだけの女性」と思われてしまっております。

 なのですけれども主人公は、自分が相手にどのように観られ、どのように思われているのかまでをきちんと理解した上で、自分を見下す可能性の高い相手に対しても、思いやりを持って笑顔で話しかけてゆきます。空気を読めないのではなく、あえて読まずに行動し、その場を少しでも幸せな場所や時間にしようと日々奮闘しているわけです。

 そのような行動は「まずは他人を全面的に信頼する」というスタンスが無いと出来ませんし、さらには冷たい対応をされても凹まないパワーも必要ですから、観ていて凄いなぁと思います。
 でもそのような素敵な考え方や行動が上手くゆくのかというと、そうでもなくて……

 多くの人にとっては、主人公の好む(目指す)オープンでユーモア多めなコミュニケーションは煩わしかったり、誤解を生んでしまうなど、場合によっては逆にストレスを与えてしまうという現実(現状)も、しっかりと描かれます。
 ※けれどもそれは、主人公の行動に問題があるからなのか、それとも……と、考えさせられるのがまた面白い

  親友や妹、その他様々な相手と主人公とのやり取りはどれも見応えがありますし、現実や人生の「幸せ」についての鋭い眼差しも含めて、全編見所満載です。

  
 本作は見た目は軽~い装いをしていますけれども、実際はとてもしっかりとした内容の作品です。
 しかしそれが災いしてかジャケ写の扱いは難しいらしく……

 中途半端な印象に……なってしまっております……
 で、二兎を追った結果……、軽めのエンタメを好む人には観てもらえても「求めていたものとなんか違う」と低評価を下され、ガチの映画好きからは「軽い作品と誤解されてそもそも鑑賞して貰えない」傾向があるらしく、映画サイトのレビュー数も点数も伸びないという悪循環に陥ってしまっているようです。

 ですので応援の気持ちも込めて、以下に少しだけ考察を書き、作品と主人公の魅力を紹介してみたいと思います。

 

【ミニ考察】オープニング~書店~自転車盗難までの、約5分間

 ※冒頭部分のネタバレ

  主人公の名前はポピー。ポピーの花言葉は「いたわり」「思いやり」「恋の予感」「陽気で優しい」です。
 本作は、主人公が自転車に乗って街を颯爽と走る場面から始まりますけれども、まずポピーの身につけているペンダントのデザインがサクランボであることに気付きます。ちなみに海外版のポスターには、タイトルロゴの部分にサクランボのデザインが描かれているものが存在しております。ということは、サクランボには間違いなく意図があるわけです。

 ⇩ このような逸話等が関係しているのかもしれません


 またポピーが両耳に着けているイヤリングは、大きな赤い円のデザインです。これもその形から、サクランボや惑星、そして「和(親和、調和)」等を感じさせます。
 そして服の色は青。そのデザインや風に揺れる感じから、私は「幸せの青い鳥」を連想しました。

 「幸せの青い鳥」に関する私のイメージは、こちら の記事の感じ。

 青はオープニングで文字の色としても使用されていますし、その後もメインカラーとして随所で印象的に用いられてゆきます。 
 ちなみに「鳥」も、その後の場面にて取り上げられていて、主人公の「飛べたらステキ」というセリフもあり、色々思うことがありました。

  タイトルロゴと主要な俳優達の名前にはピンクが使用されています。ピンクは、「無条件の愛と気遣い」「女性」「やさしさ」「配慮」「無邪気」「甘え」「自己受容」等、のイメージをもたらす色。

 主人公の自転車の籠には「虹色」のリボンがついていますけれども、虹には「幸運」「平和」「架け橋」「多様性」等のイメージがあり、聖書の創世記にも「私は雲に虹を懸ける。私と地上で生きる全てのものとの契約のしるしである」という言葉があったりもします。
 虹色はその後のシーンでも、主人公の身につけるブレスレットやペンダント等、色々なところに登場します。
 ※主人公が虹色のブレスレットやペンダントを身につけているときは、子どもの直面している問題について大切なことが語られたり……

 
 オープニング終了直後、主人公は書店に入ります。この時点ではまだポピーの職業は明かされていませんけれども、主人公がインテリであることが伝わるようになっています。
 書店に入った主人公はまず、『現実への道』という本を手に取りますけれども、「その方向はイヤ」と言って本を棚へと戻します。そのセリフと行動から、主人公は現在の現実世界の状態に満足していないということが暗示されます。
 ※物語が進むとよくわかるのですけれども、主人公はしっかりと現実と向き合って生きており、けっして現実逃避をしているわけではないという所がポイントです

 その後、絵本コーナーへと向かった主人公は、『Kingdom of the Sun(太陽の王国) 』著者 Jacqueline Mitton(イギリスの女性天文学者・作家) を手に取り、その内容を観て微笑みます。ちなみにこの書籍は、惑星とその神話に関する本のようです。
 ※この後、少し物語が進むと、主人公が自分の寝室で妹と一緒に紅茶を飲むシーンが有ります
 カーテンを開けて部屋に太陽光を入れたり、着ているTシャツが太陽のロゴだったり、壁に太陽系の惑星のポスターが貼ってあったり、妹のパーカーが星柄だったりと、絵本の内容と色々とリンクする物達が登場し、面白いです。またそのような情報の集積は、ポピーの宇宙的な広がりを持つ内的世界の情景のメタファーとなっているように思われます

 書店の場面ではさらに、主人公が別の書籍を読んでいるシーンが提示され、分厚い書籍を手にしていることからも、100%本好き(読書好き)とわかります。
 ※多ジャンルのコーナーに立ち寄り、色々手に取って目を通してしまうという本好きあるある

 その後ポピーは、仏頂面な上に接客態度の悪すぎる書店員(何か人生に問題を抱えてそうな感じ)に対し話しかけますけれども、それを「初対面なのに声なんかかけて変な奴」ととるか、「相手を笑顔にしてあげたい優しさから声をかけたのかな」と受け取るかで、そのシーンの印象は大きく違ってきますし、観客のタイプ(人間性)も浮き彫りとなります。

 
 書店を出たポピーが自転車を置いたところへ行くと、なんと自転車は盗まれてしまっています。
 しかしこの時のポピーの様子とセリフがとても素敵なのです。
 ポピーは、盗んだであろう人に恨み言を言ったり、怒って悪態をついたりはせず、盗まれた事実をすぐに受け入れて、悲しそうに「まだ さよならも言っていないのに」とだけ言ってその場を去ります。
 ※そのあまりの大人な対応には、正直憧れを抱いてしまいました

  というわけで私は鑑賞開始5分にて、本作と主人公が大好きになりました。
 ※もちろん、鑑賞後にはもっと。

  明日が楽しみになるラストもよかった~!

 

  その他

 ①主人公愛用のバッグの絵柄がまたラブリーで良い

 ② ※ネタバレ有り注意!
 本当に落ち込んだ時のポピーの、先ずはひとりになり気持ちを整理する姿とか、その後ちょっとだけ親友に甘えるけれど、親友の方もちゃんとポピーが落ち込んでいるのを察していて、話を聴いてくれるのが良かった。

 ③ ※ネタバレ有り注意!
 ポピーは、特定のタイプの他人の領域にズケズケと入っていきますゆえ、間違いなく侵入者的な存在であることは否めず、多くの方が不快感を持つのは当然と思いますけれども、監督はそのあたりを完全に狙ってポピーというキャラクターを描いています。
 そしてポピーのそういった部分は「毒にも薬にもなる」要素を持っていて、そこが面白いところなのではないかと思いますし、リスクを負ってでも他人を光の方へと誘おうとするポピーは、本当に凄い女性だなぁと思います。
 ※大抵の人は(自分含む)「知らんぷり」して見て見ぬふりして終わりだから……

 ポピーの力ではどうにもできなかった冒頭の書店員にしても、スコットにしても、作品内では描かれていませんでしたけれども、あの後ポピーの影響がジワジワ効いてきて、彼らの人生は少し変わったかもしれない……とも思うわけです。

 大人になると大抵の人は、他人を自分の中でキッチリ区分けし、自分の属性と離れたタイプの人とのコミュニケーションを避けるようになりますよね(はい、もれなく私もその一人です)。でもそれって「私のスペースには入れないよ」ということでもあるし、「~タイプの人達は私の人生には関係無いし」っていうことなんだと思います。
 でもポピーは違う。自分とは違うタイプ(人間不信に陥り、人生を悲観的にとらえてしまっているようなタイプ)に、お節介して手を差しのべるわけです。「こっちに素敵な世界があるよ~!」と。
 
 そういった行動は良いとも悪いとも言えませんし、鼻についてイラっとくる要素もあるかもしれませんけれども、ひとつだけ言えるのは、相手の人生を(これまた良い方向にか悪い方向にかはわかりませんけれども)変える可能性があるということです。
 やり方を間違えると相手を追い詰めてしまうし、自分の身にも危険が及ぶというリスクもあります。しかしそれでもそういう挑戦をすることが出来るというのは「楽天家(ハッピー・ゴー・ラッキー)で強い信念(使命感)も持った、優しさに溢れた強い人であるからに違いない」と、本作を鑑賞して思ったのでした。


 

 

 

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