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コーラに救われた話

近所の銀行でもらった茶渋のつきまくったマグカップの中で、小さな小さな泡が弾ける音がしてる。すごい、泡が陶器をはじく音ってこんなにかわいいのか。何時間でも聞いていられるぞ。そんなことを思いながら3杯目をゴクリ。

コカコーラ。薬草を甘く煮て青空の下で飲めるように改良されたような味がする。

どう作るのかレシピなんか全然分かんないような味がするのに、世界中で愛され続けている清涼飲料水。いやほんまめちゃくちゃうまいやん、と思いながらふと何年ぶりに飲んだっけと思い返す。

たぶん、というか覚えている限り自分でコーラを買った覚えがない。おそらくだけど、10年くらい前にバイト先の店長にもらって飲んだのが最後じゃないか。そんときは全ての感覚レベルを10段階中3くらいまで下げる薬を飲んでいたので、砂糖と砂の味しかしなかったと思う。あとは「太るな」とか「ジュース飲むくらいなら酒飲みたい」とか思った記憶がおぼろげにある。

そもそも思春期に太るのが怖くてジュースを買って飲む習慣を止めた。買うなら全て水かお茶。あとは流行に乗ってたまにスムージーは飲んだけど、高カロリーなのともともと味付き飲料が好きなこともあって、癖になったらやばい太ると焦って稀にしか飲まないようにしている。そう何事にも依存体質なのです。

何をそんなに太るのを怖がってるのかと思われるかもしれないが、怖いのだ。太ることが。今の体重+3キロくらいから夏を越すのが危ういくらい体温と代謝があがって苦しくて苦しくてしょうがなくなる。

と思ったら、どうやら甲状腺がおかしかったらしく、躁鬱に加えてその他にもいろいろ病気で、もう何で生きてるかよく分からなくなってるけど、びっくりすることにまだしぶとく生きてるのだ。これは毎日思うけど、ほんと不思議。

だから当然甲状腺を落ち着かせる薬を飲んでいて、これが太る。原理としては上がりまくっていた代謝が薬の作用で落ちつくから太るよ、ってことらしいが、いやいやいやそれにしてもやばいだろ、というくらい太るという噂通り、太る。

というか、厳密には服薬し出してから摂取カロリーを1日1500kcalくらに抑えているのに、痩せない。飲む前だったら確実にするする減ってたし発病前でも間違いなく緩やかに減っていってた数値なの痩せない。ずーっと体重変わらず。ということは、本来なら普通に摂ってよいはずの1900kcalを1日に摂るとどんどん太っていくわけですよ、たぶん。

食べることの優先度高い身としては本当につらいけど、それを上回る勢いで太ることが怖いので頑張ってカロリーを抑えている。

がしかし、医師から酒を飲まないほうがいい(あくまでも提案)と脅されたので愛する酒は飲めず、かと言って気分がガン落ちしたときの上手な対処法も持ってないので、何もない真っ白などん詰まりで頭をかかえながら涙と鼻水を垂らして唸っていたら、ふと頭に思い浮かんだのがコカコーラでした。

この際、太るとかもうどうでもいい。

コーラを自分で買ったことなんか20年以上ない。液体で太るのが怖いから。でも、もうどうにでもなれと思ったら案外、甘い飲み物を解禁するなんて簡単だったようで。

ちょっとソワソワしながら真っ暗な闇に沈んだ外に出て、でっかい我がパタパタ飛んでる街灯の下をいくつかくぐって自販機のもとへ小走りに。

なんだか悪いことしてるみたいだと思春期みたいなことを思いながら。外は静まりかえっていて、ちょっと遠くに見える高層マンションの灯りが近未来SFみたいで格好いいなあとかそんなことをぼんやり思いながら、誰にも会うことなく目的の自販機に辿り着いた。

そこには、青白い光を放つ自販機がぽつんと退屈そうに立っていた。

コーラあるかな? と覗くと、まんま同じラベルがずらりと4本くらい並んでいた。どれにしよう、どれでもいいかと160円入れて一番左のコーラのボタンを押すと、ガコン。自販機で飲み物を買ったのも久しぶりで、一瞬どこに落ちてきたのか迷ったが数秒の後、端っこの方に見つけて、若干苦戦しながら取り出した。

500mlのペットボトル、昔より随分スタイルが良いなと思いながら片手に掴んで、そそくさと家路を歩いた。やっぱり誰にも会わず、虫の音と涼しい風がビーチサンダルを履いた足を包んでるみたいだった。

帰宅後、早速コーラを使い古したマグカップに入れた。シュワシュワした茶色い泡がふわーっと上がってきて、やば、こぼれるかなと思ったのは束の間、泡は一瞬で落ちついて中からつるんとした艶のある蛍光灯の光を吸い取ったコーラの闇が覗いた。

ドキドキしながら口を付けると、ニッキやハーブを砂糖で煮て飲みやすくしたような難解な味わいが口内に広がり、甘みがじわっと舌の上で溶けて、なにこれうまっ、こんなに美味しかったっけ……と一気に飲み干してしまった。

うわあ美味しいなあ、こんな美味しい飲みものをずっと無視し続けてきたなんて罪だな。この際カロリーなんか無視だ、とかなんとか思いながら、よし、次は風呂上がりに飲もうと決心し、赤いキャップを締めて冷蔵庫へ。

今日。本当なら1日自由に使える日で前日から何しようかなって浮き立っていたのに、ふと朝10時くらに思い出した嫌なことで鬱々を超えて希死念慮と闘うはめになって、夕方、これはやばいな、と「いのちの電話」の番号押したり前に話を聞いてくれた知人に連絡しようかとか迷ったりして、結局できなくて吐く寸前まで泣いて自分のひどい人生を振り返りながら、どうして、なんでかなあ、とどうにもならないことを延々と考えてやっぱもうダメかな、うん、そうかしょうがないよねとかダメな方向に意を決しそうになっていたけど、そんなことよりも風呂上がりのコーラ! 私は、今、コーラの爽快感が欲しい! という状態になって、死ぬほど億劫な洗髪とか体洗うのとかをありえんスピードでこなして、いざ。

風呂上がりのコーラは、それはそれは優しく全身に染み渡っていきました。思いもよらないほど優しく、慈愛に満ちた味がした。割と死ぬとか生きるとかどうでも良くなった、ガチで。それくらい美味しかったし、爽快感凄まじかったし、のどごしの良さは仕事終わりのビールに勝ると思う。
 というわけで、コカコーラに危機一髪を救われました。躁鬱は続く……。

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