「ふわふわ、ではありません、フワワフ ワーフです。」(第1話 図工室のおばけ )
1 図工室のおばけ
まだ五月だというのに、暑い日が続いていました。
小学校の教室は窓が開いていましたが、耐震工事で付けられた太い鉄骨のはりが、斜めに渡されて窓をふさいでいました。
その上、クラス全員の絵の具のセットや、作品などが窓側の棚にうずたかく積まれていたので、窓を開けたところであまり気持ちの良い風は入ってこないのでした。
イトは、ぼんやりと黒板をながめていました。
朝の会が終わり、先生がもうすぐ行われる運動会の話をしていましたが、イトはあまり楽しみではありませんでした。
五年生になって、仲の良かった女の子達とクラスが離れてしまいました。
にぎやかにおしゃべりする女子グループには声をかけづらくて、クラスにあまりなじめないでいたのでした。
運動会の話は、興味のないイトには、果てしなく長い時間に思われました。
(あーあ、早く終わんないかなあ)
そのときみんなが席からどっと立ち上がったので、イトも慌てて立ち上がりました。
「はーい、一、二時間目は図工なので、廊下にならんで下さーい」
担任の大仏先生が言いました。
だいぶつ、なんて強そうな名前ですが、細くて小柄な女の先生です。
普段は優しいのですが怒ると怖いので、そんなときの迫力は大仏の名前がぴったりでした。
イトは、ぼんやり廊下に並びました。
「あれ、夏野さん、絵の具セットは?」
夏野、というのは、イトの名字です。クラスの福山さんに声を掛けられ、はっとして回りを見ると、みんなは、バッグのように肩からかけられる絵の具セットを持っていました。
「あっ忘れてた!ありがとう」
イトはあわてて取りにもどりました。
イトの学校には、教室二部屋分くらいの広さの図工室があります。
図工は、イトの好きな科目でした。何かを作るのは好きでしたし、一人で黙々と作業すればいいので、楽でした。
その日は絵を描く授業でした。いつもは教室でやることの多い図工でしたが、大きめの画用紙を使うので、図工室に移動したのでした。
「今日描く絵ですが、形のしっかりあるようなものは、なるべく描かないで下さいね。例えば、人物とか、動物とかじゃなくて…」
「電車も?」
男子が言いました。
「そうです」
「ゲームのキャラは?」
「そういうものを描くのも面白いですけど、今回はもう少し、抽象的なものを描いてみてください。自分でイメージした色を作ってみたり、筆じゃなくて手で描いてもいいし、自由に描いてみて下さいね。では、始めて下さーい」
絵を描くのが好きなイトは、白い紙を前にすると、ワクワクして、すべてを忘れてしまいます。
イトはところどころ指も使い、夢中になって描き続けました。
イメージの中にある色と、実際の絵の具の色がなかなか噛み合わず、何度も作り直したりしましたが、それも楽しくて仕方がありませんでした。
(描きたい色、こんなんじゃないんだけどなあ…。白って難しい。もっと透きとおって、光ってるような感じにしたいんだけど…)
イトがそう思ったとき、先生が言いました。
「はーい、それではここまでにして下さーい」
みんな、一斉に筆を洗いに洗い場へ行きました。出遅れたイトは、うまく作れなかった色について考えていました。
「じゃあ、今日の当番さん、簡単でいいので掃除をお願いしますね。はい、これ鍵。終わったら鍵を閉めて、職員室に返してね。その後は中休みだから遊んでいいですよ」
大仏先生はそう言って、イトに鍵を渡しました。
イトのほかには、男の子三人が残されました。
「ホウキで遊ぼうぜ!」
先生が行ってしまうとすぐに、男の子たちは遊び始めてしまいました。イトは一人で掃除をしていましたが、文句を言うことはできませんでした。
男の子たちはしばらくして一応床を掃き始めたのですが、ごみを集めるというよりは床をなでているだけで、落ちていたペットボトルのフタをカーンと打ったりして、すぐに遊びになってしまうのでした。
「夏野もてきとーにおわらせなよー」
結局勝手に掃除を終わらせて、三人は出ていってしまいました。
「もう…」
真面目なイトは、一人残って、掃除を続けました。
休み時間なので廊下は騒がしく、鬼ごっこでもやっているのか、中にはドアに当たってくる子までいました。イトはその大きな音に、いちいちおどろいていましたが、そのうち、ちりとりが無いことに気がつきました。
掃除道具のロッカーや、あちこちを探してみましたが、見当たりません。
「こっちかなあ…」
図工室は入り口を入ったすぐのところに、準備室につづくドアがあります。イトはその狭い部屋に、ほとんど入ったことがなかったので、恐る恐るドアを開けました。
まず目に飛び込んできたのは、大きくて白い胸像でした。石膏でできていて、ヨーロッパの博物館にでもありそうなものでした。
イトはそれを見ただけで、怖くてたまらなかったのですが、好奇心のほうが勝って、おそるおそる中に入っていきました。
壁には作り付けの棚があり、絵の具やカナヅチ、版画の道具などが乱雑に並べられていました。棚の上には、外国の美しい風景の大きな絵画も立て掛けられていました。奥の方には電動の糸ノコが十台ほど、まるでクレーンのように並んでいて、窓の方には近づけませんでした。
閉め切られたほこりくさい空気にむせそうになりながら、イトは中に入っていきました。
「あ、あった!…けど…」
床には大きなごみ袋が何個も置いてあり、その奥にちりとりが見えたので、そこまで行くのはなかなか大変そうでした。
イトはそれでも何とかしてたどりつきました。ちりとりを拾い、戻ろうとしたときでした。
「タス…テ…」
ガサガサッというビニールの音と共に、何か聞こえた気がしました。
イトはビクッとして止まり、あたりを見回しましたが、それきり何も聞こえないようなので、足元のごみ袋を押しやりました。
「タ…ケ、テ」
「えっ?!」
イトは再び、動きを止めました。
「タ、スケテ…!」
誰もいないはずの準備室にひびく声に、イトは恐怖のあまり固まりました。
「お、お…おばけ!!」
「オバケ、ジャ、ナイデス!ココデス!ネエ、ココ!」
「!!!」
「ホラ、アシモト!」
「えっ?!」
足元にあるごみ袋を恐る恐る開けてみると、塗料の空き容器が、大量に入っているだけでした。
「ソッチジャナイデス!コッチデス!」
「こっち?」
イトはもう一つ開けてみましたが、中身は同じでした。
次に見つけた袋は、かすかに動いていました。
「これかな…?」
中には壁などの飾りにする、薄紙で作ったピンク色の花が、たくさん入っていました。
イトは、つぶれてくしゃくしゃになった花を、そっと取り出していきました。
イトはドキドキして、手が震えていました。
二十個くらい取り出したころでしょうか。なぜかかすかに、焼き立てのパンのような匂いがしたかと思うと、袋の底の方に、大きな毛玉のようなものが現れました。
大きさはバスケットボールより少し大きいくらいで、両手でそっと持ち上げると、指がうもれ、とても気持ちよく感じられました。
白のようで半分透き通っていて、真珠のような毛皮は、空気を含んで細かく動き、一本一本がまるで生きているかのようでした。時おり波打つと、その一瞬だけ虹色に見える、美しい毛皮でした。
イトは、さっき図工の時間に絵の具で作りたかった色は、こんな色だった、と思いました。
そのとき、毛玉が突然、ふるえました。
「あ…ぐふっ!」
「?!」
「ほーれふ!はふん、はふ!」
「え?」
「ふあ、ぶしゅっ!」
くしゃみのような音がして、毛玉の表面に突然、子犬のようなかわいい顔が現れました。
「きゃあっ!」
イトは驚いて毛玉を落としてしまいました。毛玉はボールのように弾んだかと思うと、空中で少し止まって、再びイトの手に飛び込んで来ました。
「おふ、ほほははほははへ、はほんへはは、ふふほほ…ぶしゅっ!くくう…」
イトは、電池の切れかけたおもちゃかなあ、と思って、電源スイッチを探そうと、毛玉をひっくり返してみました。
けれども、毛玉は小刻みにふるえ、苦しそうだったのでよく見てみると、口からピンクの薄紙がはみ出ていました。引っ張ってみると、さらに苦しそうに「げほっ!」と咳をしたので、どうやら喉に詰まっているようでした。
イトは暴れる毛玉を何とか押さえ、ようやく薄紙を引っ張り出すことができました。
「はあ…」
毛玉はしばらく息もできない様子でしたが、しばらくして突然ふわっと空中に浮いたかと思うと、こちらを向いて、
「あ、ありがとうございました、ナツノさん。」
と言いました。
そしてその途端、顔が毛玉の中に消え、毛玉が少しふるえました。
すると下のほうからもう一つ、半分くらいの大きさの毛玉がぽこっと盛り上がり、そこから細い手足がにょきっとはえてきました。
最後にふたたび、顔が出てきて、イトを見てニッコリしました。
「!!!」
イトはオモチャだと思っていたものに、自分の名前を呼ばれたし、顔が消えたり出たり、胴体や手足もでてきて、びっくりしてなにも答えられませんでした。
毛玉は、イトに自分の言ったことが聞こえなかったと思ったのか、もう一度、同じ言葉を繰り返しました。
「ありがとうございました、ナツノさん」
「え、あ、あの…どうして私の名前を…っていうか、しゃべれるの?生きてるの?あ、AⅠ?おもちゃじゃないの?」
「あ、えーと、そうなんです。ボクは、オモチャじゃありません。ナツノさんのなまえは……あれ、なんで、しってるんだろ?」
「…あなた、何?あ、誰?」
なに?と聞くのは悪いような気がして、イトは言い直しました。すると、毛玉が答えました。
「ボクは、フワワフワーフです」
「ふわふわ…?」
「ふわふわ、ではないんです。にてますけど。フワワフ、ワーフです」
「ふわわわ…」
「フワワフ!」
「ふわわふ…」
「ワーフ!」
「ふわわふ、わーふ?」
「そうです!フ、の つぎに、ワ、が二つで、それから フ、で、ワーフ。フワワフワーフです。ワーフ、ってよんでください」
「…オモチャ、だよね…?生きてるみたいだけど…」
イトはワーフをそっとつかまえると、ひっくり返して裏を見てみました。
「ア!ハハハハ!!ひ~!!くすぐったい!やめて~!!」
「えっ?!ほんとにおもちゃじゃないの?」
「…だから、ちがいます!ボク、このピンクのオハナのなかで、あそんでたら、ふくろのくち、しめられちゃったんです。もう、どうしようかとおもいました…」
「…あなた、図工室に住んでるの?」
「いえ、ちがうとおもうんですけど…。ボクにもよくわからないんです。いつのまにかここにいて…」
その時、チャイムがなりました。休み時間が終わったのです。
「あ!そろそろ教室に行かなくちゃ」
「えっ!いっちゃうの?まって!!」
ワーフはふわりと浮かぶと、イトの顔の前で止まりました。
「もしよかったら、ボクもつれてってくれますか?またゴミにされちゃたら、たまんないので…」
「…わかった!でも、どうやって連れてけば…」
イトは何か、ワーフを隠すものはないかと、辺りをみまわしました。そして、絵の具セットの中に、たまたま入れっぱなしにしていた、レジ袋を取り出しました。
「じゃあ、帰るまで、ここに入っててもらって大丈夫?」
「ハイ!」
広げたレジ袋に、ポン、とワーフは飛び込みました。のぞいてみると、顔も胴体も手足も引っ込んで、最初見たときと同じ、ただの真っ白な毛玉になっていました。
イトはかさばる袋をしっかりと抱え、自分だけの秘密に胸を高鳴らせながら、大急ぎで図工室を後にしました。
教室に戻る途中、イトは白いレジ袋が少し透けていることに気がつきました。そこで、幼稚園のころから使っているママの手作りの布製の手提げ袋に、レジ袋ごと入れることにしました。荷物は廊下のフックにかける決まりだったので、授業中は見られず、イトは気になって仕方がありませんでした。
休み時間ごとにそっと確認すると、ワーフは身動きもせず、手提げ袋に入っているようでした。
やっと放課後になると、イトは手提げ袋をつかんで、一目散に家に帰りました。通りを歩いている子供たちや、大人たちにまでも、「それ、何が入ってるの?」と聞かれるような気がして、気が気ではありませんでした。
けれども実際はもちろんそんなことはなく、無事に家までたどりつきました。
「ただいまーっ!」
家に帰ると、イトは自分の部屋に駆け込んで、引き戸を急いで閉めました。
お母さんが「おかえりー、早かったねえ。おやつは?」と聞いたけれど、「わかったー!」としか答えませんでした。
イトの家はマンションの二階でした。玄関からリビングを通っていくと、畳の部屋につながる引き戸があります。そこがイトの部屋でした。
イトは息をはずませながら、手提げの中をのぞきこみました。
図工室でのことは全部自分の想像で、ただの毛糸玉が入っているだけなのかもしれない。それか、あれはやっぱりおもちゃで、学校のものなのに、勝手に持って来ちゃったとか…?今ごろ先生たちが探していたらどうしよう…。
イトは急に不安になってきて、手提げ袋の中からレジ袋を急いで取り出し、恐る恐る開けてみました。ふわふわの、真珠色に光る美しい毛皮が見え、そっとさわってみると、くすぐったいような、ひんやりするような感じがしました。
イトはワーフを取り出し、小声で言いました。
「ねえ!家に帰ってきたよ!」
返事はありません。レジ袋になんて入れたから、息が吸えなかったのかもしれない、どうしよう…!ちゃんと隙間を開けておいたんだけど…と、イトは青くなりました。
そっとひっくり返してみても、顔もなく、手も足もない丸い毛玉が、空気にかすかにそよいでいるだけでした。
そのとき、ノックの音がしました。
「イトー、入るよー」
引き戸が突然開き、ママが入って来ました。ママはノックしても返事を待たずに入って来るので、ノックの意味ないじゃん、とイトはいつも思っていました。
「ねえ、早く手を洗っておやつ…あら、何それ?」
「もうっ!見ないでよー!」
「あら、ごめんごめん。見ちゃだめだった?わかったよー」
ママはそう言うと、出ていこうとしました。そのとき。
「あー、よくねた!あれ、ココどこですか?」
毛玉から、ぽんっと顔が現れました。くりっとした目。黒くて丸い鼻。小さな口。少し、チワワに似ているようでした。
そして顔の下のあたりから、もう一つ、二まわりくらい小さいサイズの丸い毛玉が盛り上がりました。
そこから細い手足がにゅっ、と生えて、フワワフワーフは、じゅうたんの上に立ち上がりました。
全体的には、雪だるまをさかさまにしたような形になりました。
「あら、なにこれ、かわいい!変身ぬいぐるみ?しゃべるの?」
「ボクはヌイグルミではありません。フワワフワーフです」
「ふわふわ?」
「フ、の つぎに、ワ、が二つで、それから フ、で、ワーフ。フワワフワーフです」
「かわいい~!さわってもいい?でもどうしたの、これ?」
ママはフワワフワーフをそっと持ち上げました。しゃべるおもちゃだと思い込んでいるみたいで、全然おどろきません。
「ふわふわー!気持ちーい!」
「ナツノさんのおかあさんですか?はじめまして」
「あらー、名前入力できるの?」
「あの、ボクはヌイグルミではないんです。さっきガッコウで、ナツノさんにたすけてもらったんです」
「えっ?犬のおもちゃじゃないの?しゃべってるけど…」
「私もね、最初そう思ったんだけど、ほんとに生きてるんだよ!」
イトが言いました。
「フワワフワーフといいます」
ワーフは、礼儀正しくおじぎをしました。
「まあ!しゃべれるのね!生きてるのね!すごい!」
ママはワーフをよく見ようと、顔を近づけました。
「まあ…ほんとに、おもちゃじゃなさそうね。なんの生き物かしら…。見たことも、聞いたこともないわ。なんてかわいい顔!あ、はじめまして、夏野ニチといいます。イトのママです。よろしくね」
ママは人差し指を出して、そっと握手をしました。
「お腹すいてない?何か飲む?えーと、ふわふわ…なんだっけ」
「ふわふわ、ではないんです。にてますけど。フワワフ、ワーフです。ワーフ、ってよんでください」
「ふわわわ…ほんと、言いにくいわー。じゃ、ワーフって呼ぶわね」
「ハイ!」
「ワーフは、何が好きなの?」
「ボク、なんでもたべます!おなかペコペコです!」
「わかったわ。今夜はカレー作るから、一緒に食べましょう。でも、おうちは?お父さん、お母さんは?帰らなくていいの?」
「ボク、いつのまにか、あそこにいたので、よくわからないんです…」
「あら!じゃあ見つかるまでしばらくここにいるといいわ。ずっとでもいいわよー」
「わあ!ありがとうございます!」
「まあ、あなたって礼儀正しいのねえ。感心しちゃうわ。イト、何かワーフに飲み物入れてあげて。野菜ジュース、冷蔵庫にあるよ。おやつも何か出してね。じゃあ、ママはご飯作ってくるから」
そう言うと、ママは部屋を出ていきました。イトはママとワーフの会話に全然入って行けず、ぽかんと聞いているだけでした。
「…えーと、ワーフ。ママって変わってるでしょ」
ママはワーフを見ても、あまり驚きませんでした。イトのときとは大違いです。
「いえ、明るくていい人ですね!ボク、すきになりました。…あの、おへや、みていいですか?」
イトはもちろんオーケーしました。ワーフはふわっと浮かび上がり、部屋のなかを探検し始めました。好奇心がとても強いようでした。
「あの、これ、なんですか?」
ワーフは、勉強机に置いてあるものを指さしながら、言いました。
「あ、それは、貯金箱なの。お金を入れると百円玉とか、十円玉とか、勝手に分かれて落ちていくんだよ」
「ちょき?ひゃくえん?おかね?」
「そっか、お金知らないのね」
イトは貯金箱からコインを取り出すと、ワーフに渡しました。
「欲しいものがあったら、お店に持ってって、交換するの。これ、上から入れてみて!面白いから。」
イトの貯金箱はちょっと変わっていました。水族館に行ったときに買ってもらったもので、筒のような形でアザラシの顔が描いてあり、透明のプラスチックでできていました。上からコインを入れると、クルクルと回る滑り台のように落ちていくのが見え、種類別に分かれて、それぞれの場所にガチャッ、ときれいに収まるのでした。
ワーフはコインをしげしげと眺めてから、貯金箱に入れました。
カシャカシャ、ガチャン!
「キャッ!」
はでな音にびっくりしたワーフは、三十センチくらい飛び上がり、顔も手足も胴体も引っ込んでしまいました。イトは何だかダンゴ虫みたいだなあ、と思いました。
「おもしろい!もっとやっていいですか?」
再び、かわいらしい顔と胴体、最後に細い手足が、ぴょこっ、と現れました。
「もちろんいいよ!」
イトはコインを全部出してあげたので、ワーフは次から次へとコインを入れて、大興奮でした。
「あの…ワーフ?」
「…」
「ワーフ?」
「はい?」
ワーフは貯金箱に夢中で、入れては出し、入れては出し、を繰り返していました。
「今までのことって、ぜんぜん覚えてないの?どこからきたのか、とか…」
ワーフは最後にとっておいた五百円玉を入れて、落ちるまでを見届けると、満足そうにため息をつきました。
「そうなんです。いつのまにかあそこにいて…そこに、ナツノさんがきてくれて…」
「イト、って呼んでね」
「あの、おねがいがあるんですけど…あしたからいっしょに、ボクがさっきいたばしょ、いってもいいですか?」
「学校に一緒に?…大丈夫かなあ」
「ボク、じぶんがどこからきたのか、しりたいです」
「そっかあ…そうだね!じゃあ、明日から一緒に行こう。でもみんなびっくりしちゃうかもだから、また袋に入ってもらってもいい?」
「モチロンです!ありがとうございます!」
ワーフが手を差し出してきたので、二人は握手をしました。イトの指には、小さな手のきゅっとした感触と、キラキラした粉のようなものが残りました。
そしてその粉は、眺めているとすぐに、空気に溶けるように消えてしまいました。
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