「ふわふわ、ではありません、フワワフワーフです。」(第5話 ワーフ、プールへ行く)
5 ワーフ、プールへ行く
「でもボク、みずぎって、もってないんだけど…だいじょうぶかなぁ…」
今度の土曜日、ワーフは近所のプールに、イトと、イトのクラスメイトの三井彩乃ちゃんと三人で、遊びに行くことになりました。三井さんは、五年生になってからイトと親しくなった友達で、綾乃ちゃんなので、あーちゃんと呼ばれていました。
ワーフは何日も前から初めてのプールを楽しみにしていて、今日もリビングのパソコンの前に座って、プールの写真がのっているホームページをながめていました。
市民プールなのですが割と大きく、室内には流れるプールやウォータースライダーもあって、週末には子供達でにぎわっていました。
「ワーフの毛皮は水をはじくから、大丈夫なんじゃない?そもそも脱げるから、水着みたいなものだし」
ママが言いました。
「そっかぁ。あ、でもここに、“かならず、すいえいキャップを かぶってください”って、かいてあるよ!…すいえいキャップ、って、なあに?」
「プールに入る時にかぶる帽子のことよ。髪の毛が落ちないようにかぶるの。ワーフの毛は不思議と全然抜けないから、大丈夫なんだけど…。でもなんか言われても面倒だから、とりあえず、イトの予備のキャップ、持っていけば?」
「うん、そうする!ありがとう!…ああ、たのしみだなあ!」
いよいよ待ちに待った土曜日になりました。
三人はイトのパパの運転で、プールまで送ってもらいました。ワーフは朝からずっと水泳キャップをかぶっていて、気合十分でした。
券売機でチケットを買い、中に入ろうとしたときです。
「あっ、ペットは入場できませんので…」
係の男の人が言いました。三人は、自分達に言われたとは思わずに、そのまま入ろうとしましたが、止められてしまいました。
「あのだから、ペットは入場できないんですよ」
「えっ?ペットなんて連れてきてませんけど…」
あーちゃんが言いました。
「でもこの白い動物、君達のだよね?…犬?あれ、猫かな?」
「違います!!ワーフはペットじゃありません!」
イトが言いました。
「でも、どう見ても…」
「どうぶつにみえますよね。まぎらわしくて、すみません。ボク、フワワフワーフといいます」
ワーフが、丁寧におじぎをしながら、言いました。
「えっ?しゃべった!?ネコ?フワワ…」
「フ、のつぎに、ワ、が二つで、それからフ、で、ワーフ。フワワフワーフです」
「フ??フワ…」
そのとき、あーちゃんがサッとワーフを抱き上げ、言いました。
「あ、とにかく、ペットじゃないんで。小学校のクラスメイトなんです。では、失礼しまーす」
まだ何か言いたそうな係の人の横を、あーちゃんはさっさとすり抜けて行きました。イトもあわてて追いかけました。
「あーちゃん、ありがとう!」
イトは、お礼を言いました。
「だって入場券もちゃんと買ってるし、ワーフは本当にクラスメイトだもん。ねぇ、ワーフ」
あーちゃんが言いました。
「うん!あーちゃんのおかげて、はいれた!ありがとうございました!」
ワーフは、答えながら嬉しくて、クルン、と空中で一回転しました。
プールの中は、予想通り混んでいました。
「ヒャア!つめたい!」
すぐにザブン、と飛び込んでしまったワーフは、1メートル位飛び上がりました。今までお風呂にしか入ったことが無かったので、温水プールと聞いて、同じくらい温かいものだと思い込んでいたのでした。
「そーお?外のプールよりは、あったかいよー」
あーちゃんが言いました。
あーちゃんはスイミングスクールに通っていて、泳ぎが得意なので、ワーフに教えてくれることになりました。
「平泳ぎは、こうやって横に手を動かして…あれワーフ、あんまり進まないね…」
ワーフの手足は短く、水をかく力がほとんど出ないためか、ジタバタしているだけで、あまり進みませんでした。ただ、そのままでも、沈むことはありませんでした。
しばらく、泳いだり、水のかけ合いをしたりして楽しんだ後、三人は流れるプールに行きました。あーちゃんが、その場から流されないようにピョンピョン跳ねながら言いました。
「ほら、ワーフ、ここに座って!」
イトが大きな浮き輪を持ってきていたので、ワーフがその縁に座り、イトとあーちゃんが浮き輪につかまりました。三人はプカプカと流されていきました。
「きもちいいね!」
初めての流れるプールに、ワーフも大喜びでした。
一周したところで、あーちゃんが言いました。
「次、あっちのプールで泳ごうよ!」
「うん、いーよ」
イトは言いましたが、目の前に、見慣れた姿が無いのに気が付きました。
「あれ?ワーフは?」
今の今まで、浮き輪に座っていたはずのワーフが、見当たりません。
「えっ?あれ?ワーフ?」
「ボク、ここだよ!!」
すぐにワーフの声が聞こえました。でも声だけで、どこにいるのか分かりません。
「イト、あーちゃん!ここ、ここ!うきわ、よくみて!」
あーちゃんが、浮き輪の内側をのぞきこんで、大きな声をあげました。
「え?!」
「ボクだよ、ワーフだよ!」
「ワーフ?うそ?え?なんで?ちっちゃーい!」
ワーフはいつの間にか、外側の毛皮から抜けだして、浮き輪に付いていたヒモにつかまって浮いていました。
中身のワーフは、両手のひらに乗るくらいの大きさの、ボールのような形で、初めて見るあーちゃんは、驚いていました。
「わあ!!ちっちゃカワイー!!ワーフって変身できるんだ!」
「ううん、変身じゃなくて、ほんとは中身なんだよ…あ!ワーフ、これぬれちゃうけど大丈夫?!」
ワーフが下げていた紙ぶくろのポシェットが、水面にプカプカ浮かんでいました。イトは慌てて、水の上にあげましたが、これも毛皮同様、水をはじくようで、乾いていました。
「あれ?ねえワーフ、外側の毛皮は?」
毛皮を入れるための、紙ぶくろポシェットは、入れると少しふくらむはずなのですが、そうは見えなかったからです。
「あれ?…ボク、ながれるプールが、きもちよかったから、ちょっとウトウトしてたんだ…そしたらいつのまにか、ケガワからでちゃったみたい…」
三人はキョロキョロあたりを探しましたが、どこにも見当たりませんでした。
「もう一周してみたら、どこかに浮いてるかも…」と、イトが言いかけた時です。あーちゃんが、
「あっ!あれ見て!!」
と叫びました。
少し離れたところに、プールから上がるためのハシゴがありました。そしてそこを登っている少年の持った浮き輪に、見慣れた真珠色の毛皮が、引っ掛かっているのが見えました。
「追いかけなきゃ!」
三人は急ぎましたが、水の中なのと、流れるプールの逆方向、ということもあり、思ったように進めません。
ようやくハシゴのところに着いたときには、少年を見失ってしまいました。
「あの毛皮、もう一枚とか無いの?」
あーちゃんが聞きました。
「ないです。うまれたときからある、ボクのからだの、いちぶみたいなものなので…うーん、ヨイショ…」
プールから上がろうと、ワーフが短い手足で苦労して登っているのを見て、イトは、ワーフをプールサイドに乗せてあげながら言いました。
「ワーフは、外側の毛皮がないと、飛べないんだった…どうしよう…」
「うん、そうなんだ。あ、でもだいじょうぶ!ボク、はしれるよ、ほら!」
ワーフは張り切ってトコトコトコ、と、プールサイドを走りました。
ピーッ!
その途端、笛がなりました。ワーフは驚いて、その場にストップしました。そこへ、監視員の女性がやってきました。
「プールサイドは走らないで…って、あら?今、白っぽいものが、走ってたように見えたんだけど…」
イトはワーフをそっと拾い上げると、あーちゃんと目配せをして、その場を離れました。
「ボク、ウォータースライダー、やりたい!」
ワーフが、イトに抱えられたまま言いました。
「え?だって、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?すぐに毛皮、探さなきゃ」
あーちゃんが驚いて言いました。
「でも、プールにいられるじかん、きまってるんだよね?できなくなっちゃうよ。ボク、どうしてもやりたかったんだ!」
ワーフはのんきに言いました。
そしてイトの腕から飛び降りて、トコトコと、ウォータースライダーの方に走って行ってしまいました。
「ワーフ、待って!ねえ、待ってったら!」
イトは追いかけました。でもそのとき、あーちゃんがイトの腕をつかんで、言いました。
「ねえ、あれ見て!なんか、おかしくない?」
あーちゃんが指差した先には、ウォータースライダーの降り口になるプールがあったのですが、大きなゴムボートのようなものに乗って、次々と人が滑り降りてきていました。
「おかしいって、何が?」
特に変わった様子がなかったので、イトが聞きました。
「あれー?なんかさっきさ…おかしいなあ」
「とにかく、ワーフを追いかけなきゃ。だって毛皮がなかったら、あんなに小さいんだから、ウォータースライダーなんて、やらせてくれるわけないよ。それどころか、どこかに連れて行かれちゃうかも…」
「そうだね、行こう!」
二人は、ウォータースライダーに向かいました。
たまたますいていて列は短かく、二人は少し並びましたが、すぐに乗り口に着きました。
そして、案の定、係員のお姉さんの困惑したような声と、ワーフの声が聞こえてきました。
「…あの、ボク、ひとりでだいじょうぶです。しょうがくせいなので、のれます」
「でも…あの…あなた……何?」
「はい。ボクは、フ、の つぎに…」
「ああ、やっぱり…」
あーちゃんが言うと、急いで近付いて、ワーフを拾いあげました。
「あの、友達なんです、この子」
「え?!友達って…?」
「学校の」
「学校の…?!」
「今、ちょっと体小さくなっちゃってるんで、一緒に乗りますね。じゃ、ワーフ、ここにつかまって!」
あーちゃんはサッ、と専用の浮き輪に座ると、ワーフを膝に乗せ、浮き輪のヒモにつかまらせました。そして、係員の人になにか言われる前に、ウォータースライダーをすべりおりて行きました。
「きゃーーーっ!!!」
ザバーン!!
あーちゃんとワーフは、大きな声をあげながら、着水しました。
「すごーく、おもしろかった!!あーちゃん、ありがとうございました!」
水からあがると、ワーフが言いました。
「めっちゃ面白かったね!」
あーちゃんが言った時、イトも滑り降りて来ました。
「あーちゃん、ワーフとすべってくれてありがとう!私もできたよー!」
「ねえボク、もう一かい、やりたい!」
ワーフが言いました。
「ねえワーフ、毛皮、探してからのほうが良いんじゃない?さっきはあーちゃんが助けてくれたからすべれたけど、次は止められちゃうかもしれないし…」
「そっかあ。そうだね」
「あっ!ほら、二人とも見て!!さっき言ったの、あれだよ!」
そのとき降り口を指差して、あーちゃんが叫びました。
「なに?どこ?」
イトは見てみましたが、今回もよくわかりませんでした。
「もしかしたらさっき見たゴムボートだけなのかも…ねえ、ここでしばらく見てみよう!」
イトとワーフは、なんのことだかわからなかったのですが、あーちゃん言う通り、しばらく降り口を見つめていました。
何人か滑り降りてきたのですが、特に変わったところはなく、あーちゃんも「気のせいだったかなあ…」と言いかけた時です。
「あっ?!」
ちょうど降りてきた若い女の人が、着水してからそのままの勢いで水面を滑り、端まで行ってからプールサイドにフワリと着地したのです。
他の人はみんな、プールの真ん中までも行かずに止まっていたので、おかしいのは明らかでした。
「うわっ!?見た?!あの人だけ、すごい遠くまで行った!」
イトが叫びました。
「やっぱり!!さっきの人もあのくらい遠くまで行ってたから、変だと思ったんだけど…なんかあのゴムボートだけ変じゃない?…あっ!あれ見て!」
女の人が抱えていた浮き輪の下の部分に、白いものが見えました。フワフワした、見慣れた毛皮…。
「ボクのケガワだ!」
三人は走り出しました。
ピピピピッ!!!
「そこの女の子たち!危ないから歩いて!!」
さっきの監視員さんに注意され、三人はピタリと止まりました。仕方なく早歩きで追いかけていると、女の人がゴムボートを係員に返しているところが見えました。
「あそこ!行って、返してもらおう」
イトより頭一つ大きいあーちゃんが、早歩きで急いでくれたのですが、あと一歩のところで、男の子二人組に取られてしまいました。
「この白いのが付いてるボート、スゲーよく滑るんだよ!さっき端っこまで行ってさ、しかもなんかフワってして、飛んでるみたいだったんだ!」
一人の子が言いました。
「ほんと?オレも一緒に乗っていい?」
「いいよ!」
二人は、ウォータースライダーに続く階段を登って行きました。
「ボク、ケガワ、かえしてもらってくるね!」
ワーフは言うと、抱えられていたイトの腕からピョコンと降りて、トコトコと走っていってしまいました。
「あっ!ワーフ待って、待ってったら!!…あーあ、行っちゃった…」
中身のワーフは小さいので、すぐに見えなくなってしまいました。
あーちゃんがすぐに追いかけてくれたのですが、列に横入りするみたいになってしまうので、行かれませんでした。
二人は、とりあえず、降り口で待ってみることにしましたが、お昼前でさらに混んできていて、なかなか男の子たちの順番は来ませんでした。
二人が待ちくたびれて、やっぱりワーフを探しに行こうかと話していた時です。
「あっ!さっきの子たち、次だよ!」
ウォータースライダーのてっぺんで、男の子たちがゴムボートに座るのが見えました。
そしてその横に、中身のワーフがちょこんと乗っていて、毛皮はまだゴムボートに引っかかっているのが見えました。男の子たちは、ワーフには気付いていないようでした。
二人はは滑り始めました。水しぶきをあげて、着水する…と、思った時です。ゴムボートは着水せず、フワリ、と浮き上がりました。
「ワワワ!!!」
男の子たちが声をあげました。
ゴムボートの下でワーフが、シュポッ、と毛皮に入るのがイトたちには見えました。
男の子たちを乗せたゴムボートは二メートルくらいの高さまで浮き上がり、そのままプールサイドを真っ直ぐ進んでいきました。周りの人たちも指をさして驚いています。
「なんだあれ?!」
「飛んでるの?」
二人もすぐに追いかけました。
ゴムボートはフラフラと進み、近くにあった流れるプールに、フワリと降りました。
男の子たちは驚いてしばらくキョトンとしていましたが、プールから上がると、
「スゲー!!こんなに飛ぶの?」
「さっきはここまでじゃなかったよ!」
「最高記録なんじゃない??」
「もう一回やろうぜ!」
と、大興奮していました。
そこへ、ワーフがプールから上がってきました。
「ああ!たのしかった!もう一かい、すべっていい?」
イトとあーちゃんは、元の、雪だるまを逆さまにしたような姿に戻ったワーフを抱きしめて、それから二人で大笑いしました。
「ワーフったら!すべってもいいけど、もう飛んじゃだめだよ。みんな、びっくりしちゃうから…」
「そっかあ。おもしろかったんだけどなあ…わかった、もう、やめておくね!」
「ボクまた、プールいきたいな。すっごく、たのしかったんだ!」
夕ご飯のとき、今日の出来事をワーフは、パパとママに報告しました。
「そう!良かったわねえ。夏休みはまだまだあるんだから、何回でも行けばいいわ」
ママが言いました。
「でもワーフ、今度は毛皮、無くさないでよね。めちゃくちゃ心配したんだから」
イトが言いました。
「うん!ボク、つぎは、きをつけるね。あっ、でも、なにか かぶっていったほうが、しっかりおさえられて いいかなぁ。そしたらきっと、あんしんだよね…」
ワーフは、きょろきょろしながら、そこら辺を飛んでいましたが、
「あ!ほら、これなんかどう?」
と言って、洗面所の棚に置いてあった白いものを手にとって、頭からかぶりました。
「ワーフそれって…洗濯ネット?」
パパが聞きました。
「うん!そうだよ!」
ワーフは、明らかに小さいサイズのネットを頭からかぶろうとして、
「うーーーん。でもちょっと、くるしいかも…」
とつぶやきました。
それでも何とか、毛皮の半分くらいまでスポッ、とかぶると、
「どう?」
とみんなに聞きました。ワーフは、頭の部分だけ細くなったので、柄のついた真っ白なハタキのようになってしまいました。
「ワーフ!なにそれ?!」
とママが言い、イトも、
「そんなんじゃ今度こそ、入り口で止められちゃうよ!」
と言いました。
「そうかなぁ。ボク、すごくいいアイデアだと、おもったんだけどなぁ…」
ワーフがあまりにも真剣なのがおかしくて、みんな大笑いしました。
それから、ワーフは水着を作った方が良いのか、次はどこに遊びに行こうか、などの、楽しい会話で、夕食の時間が過ぎてゆきました。
(第6話「初めての旅行」へつづく)
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