「ふわふわ、ではありません、フワワフワーフです。」(第3話 ワーフ、ショッピングモールへ行く)
3 ワーフ、ショッピングモールへ行く
運動会は無事終わりました。
ワーフは、運動会をめいっぱい楽しみました。特に五年生のクラス対抗リレーは、トラックの上をぐるぐると飛び回りながら応援しました。
イトのクラスが一位になったので、嬉しくて宙返りを十回もしたので、むしろ、ワーフのほうに大きな拍手がおくられていました。
ワーフはイトの家に、もうずっと前からいるように馴染んでいました。
ワーフは、掃除など、ママのお手伝いもよくしていて、自分のことも、なんでも自分でできました。
ただ、食べ始めると夢中になってしまうのか、どうしてもきれいには食べられず、真っ白な毛皮はいつもベトベトしてしまうのでした。
「今日はみんなで、サンデーポートに行くわよ!」
土曜日の朝、ママが言いました。
「さん、ぽー…、って?」
ワーフが聞きました。
「ああ、ワーフは初めてだったわね、サンデーポート。すごく広くて、たくさんお店があるショッピングモールよ。…あっそうだ、ワーフに、お小遣いあげたことなかったわね」
ママはそう言うと、お財布から五百円玉を取り出しました。
「はい、五百円」
「わあ!ありがとう!」
ワーフは受け取った五百円玉を嬉しそうに眺めました。そしてイトの部屋にトコトコと走っていき、アザラシの貯金箱にカチャン!と入れました。
五百円玉はくるくるとらせんを描き、ガチャ!と「500円」と書かれたスペースに落ちました。
「あら、それワーフにあげたのよ!」
ママが言いました。
「え?オカネって、このなかに、いれるためにあるんじゃないの?」
「今日はそのお金でお買い物するのよ。サンデーポートで、自分で何か好きなものを買ってみるといいわ。じゃ、二人とも支度してね」
パパとママ、イトとワーフは車に乗り込んで、出発しました。
「パパ、クルマうごかせるなんて、スゴイですね!!」
ワーフがパパの運転をしきりにほめるので、パパはちょっと得意気でした。
けれどもイトは、車の運転は魔法を使える人じゃないとできない、と、ワーフは勘違いしているんじゃないかしら、と思いました。
そして、ママの運転のときもワーフがすごくほめる、ということは、黙っていました。
ワーフは何度か車に乗っているのですが、毎回夢中になって、窓ガラスに貼りつくように外を見ているのでした。
「あっ!あのクルマ、やねがないよ!え…とれちゃったの?」
「あの、おみせのまえの、メガネのおじさん、まあるいハコもったまま、なんでうごかないの?…えっ?!あれ、にんぎょうなの?」
「あっ、みてみて、イヌ!かわいいねぇ。そういえば、まえから、おもってたんだけど、なんでクビにヒモつけてるの?」
ワーフがあんまりひっきりなしに質問するので、到着する頃には、イトはヘトヘトになっていました。
「さあ、着いたぞ!」
パパが得意気に言うと、ワーフはパチパチと、熱心に拍手を送りました。
サンデーポートは全国にある、大型のショッピングモールで、三階建ての建物の真ん中には大きな吹き抜けがあり、それを囲むように専門店がたくさん並んでいました。
「まず、どこにいこうかしら。ママ、ちょっといろいろ買い物したいんだけど、イトとワーフは、パパと一緒に、別行動でいい?」
「いいよ。二人とも、どこ行きたい?」
パパが聞きました。
「えーと、ゲームコーナーと、ハッピープレイスに行きたい!」
「ハッピープレイス」というのは、イトのお気に入りの雑貨屋さんです。かわいいキャラクターグッズや、ぬいぐるみ、文房具などが売っています。
「あそこなら、ワーフが欲しいものも見つかるかも知れないね。じゃあ、そこのゲームコーナーに寄ってから、ハッピープレイスに行こうか」
パパが言いました。
土曜日のサンデーポートは人が多く、ゲームコーナーも、たくさんの親子連れでにぎわっていました。
「パパ、クレーンゲームやりたい!ワーフは初めてだよね?」
「うん!どうやってあそぶの?なんか、おもしろそう!!」
「じゃあ、パパがまず、お手本を見せてやろう。両替機はどこかな…」
パパはそう言うと、お財布を出しながら行ってしまいました。いつもはママがあまり良い顔をしないので、二、三回やって取れなかったら、終わりにしていました。
けれど今は別行動、しかもワーフやイトに景品をとってあげる、という名目があるので、パパがウキウキと張り切っているのが、イトにも分かりました。
二人が待っている前には、クレーンゲームで遊ぶ、父親と五歳くらいの男の子がいました。人気キャラクターのぬいぐるみを狙っているようで、今まさに、大きなぬいぐるみをつかみ、持ち上げたところでした。
「アッ!つかめた!!…ワッ!おちた!すごい!!すっごくおおきいの、とったよ!」
ワーフが興奮して叫びました。
「ワーフ、あれはダメなの。途中で落ちちゃったから。あの穴まで運んで、落とさないとだめなのよ」
イトが教えてあげました。
「なんだ、そっか…ボクてっきり、とれたのかとおもった」
「パパ!もう一回!あれ、とってよ!」
男の子が言いました。
「ええーっ。もう何回もやってるだろ…じゃああと、一回だけだよ」
父親がもう一度、お金を入れました。
「あっ!!もちあがった!!ガンバレ、ガンバレーッ!!…あーーーっ、また、おちちゃった…」
ワーフが大きな声で応援するので、男の子の父親が振り返りました。イトは恥ずかしくなって、うつむきました。
「ねえ、あのおねえちゃん、あんな大きいの、とってるよ!パパもとってよ!!」
男の子が、ワーフを指差しながら言いました。
「え、この子は、私がとったんじゃなくて…」
イトは言いかけましたが、ゲームコーナーの音にかき消されてしまいました。
「大きいのは、とるの難しいんだよなぁ…あっ、あっちのキーホルダー、カッコいいよ!あっちのにしようか…」
父親は言って、ぐずる男の子を無理矢理抱き上げ、行ってしまいました。
「お待たせ!両替機、混んでてさあ」
そのときパパが戻ってきて、イトに百円玉を数枚、渡しました。
「ほらイト、これでワーフと、なにかやっていいよ」
「ねえパパ!さっきいたひと、これ、つかんで、もちあげたんですよ!二かいも!すごかったんですよ!」
ワーフが興奮気味に言いました。
「それで、とれたのか?」
パパが聞きました。
「ううん、二回とも、落としちゃった」
イトが言いました。
「持ち上げるのは結構みんなできるんだよ。そこからが勝負なんだ」
イトやワーフが、その大きなぬいぐるみを欲しいとも言ってなかったのですが、パパはカチャン、とお金を入れました。
「見てろ。パパがとってあげるから」
パパは機械の前からだけでなく、横からも見たりして、慎重にねらいをさだめました。
そして時間切れでクレーンが降りてくると、つかむボタンをバシッ!と叩きました。
クレーンは、ぬいぐるみをつかんで、持ち上げました。
「ワア!!パパ、すごい!」
ワーフが叫びました。けれども、ぬいぐるみはクレーンをすり抜け、すぐに下に落ちてしまいました。
「…まあ、少し穴に近付いただろ」
パパはもう一度、お金を入れましたが、つかめたものの、再び落としてしまいました。
「パパ、私も何かゲームやりたい!ワーフにも、やらせてあげてよ」
「うん、うん、もちろん。ちょっと待ってな。もう、次でとれるから…」
パパは再び、お金を入れましたが、やっぱり、とれませんでした。
「ねえ、違うのがいいんだけど…」
イトは、辛抱強く言いました。
「わかったわかった、あとちょっとだから…」
「じゃあ、私達、ほかのところ見てくるね」
夢中になっているパパを残し、イトはワーフと、ゲームコーナーを一周することにしました。
「ねえワーフ、どれやりたい?」
イトが聞きました。
クレーンゲームだけではなく、太鼓をリズムよくたたくゲーム、大きな画面に映る魚を、本物そっくりの竿で釣るゲーム、車で競争するゲームなど、魅力的なものがたくさんありました。
ゲームコーナーは、それぞれの機械から流れてくる電子音が重なり、隣の人の声もあまり聞こえないほどで、ワーフは少し、クラクラしてきました。
「ボク、これ、やってみたい!!」
やっとのとでワーフが指差したのは、エアホッケーでした。
エアホッケーとは、大きなテーブルの上で、パックと呼ばれる小さな円盤を打ち合い、相手のゴールに入れるゲームです。お金を入れると天板に空気が流れ、パックがスーッと、摩擦なく進んでゆくので、本気で打つとかなりのスピードが出ます。
パパもイトもよくやる、昔から人気のゲームでした。
「イト、ワーフ!ここにいたか。ほらこれ、とったぞ!すごいだろ!」
パパが、さっきのクレーンゲームの大きなぬいぐるみを抱えて、二人のところに来ました。
「わあー!!パパ、スゴイ!!」
ワーフが拍手をしました。
「すごい!パパそれ、何回でとれたの?」
イトが聞くと、パパは、「え?あ、えーと何回くらいだったかなあ?」と、ブツブツ言っていましたが、「お、ワーフはエアホッケー、やりたいのか?」と、急いで話を変えました。
「うん!やってもいいですか?」
「もちろん!パパが、やりかたを教えてあげるよ」
パパは張り切って上着を脱ぎ、背負っていたリュックに仕舞いました。
「これを持って、お金を入れたら出てくる球を打つんだ」
テーブルの上に置かれていた、丸い、突起のついた道具を持つと、パパは素振りをして見せました。
「横の壁に当てたりして、相手のゴールの穴に入れたら一点だよ」
パパはお財布を出しながら言いました。
「ワーフは初めてだからハンデちょうだい!私とワーフチーム対、パパにしよう!」
イトが言いました。
「わかったぞ。でも、手加減しないからな」
パパは、腕まくりをしました。
「わあい、たのしみ!…でもこれ、どうやってもつの?」
ワーフが言いました。
パックを打つ丸い道具の取っ手部分は、ワーフが握るのには、大きすぎるようでした。三人で考えた結果、ワーフは両手でつかんで、テーブルの端に乗って打つことになりました。
「よーし、じゃあ、準備はいいね」
パパがお金を入れると、機械から電子音が流れ出し、ピカピカ光り始めました。
「わあ…!すごい!」
ワーフが見とれていると、機械の下から出てきた平たいパックを、イトがテーブルの上に置きました。
「ワーフ、打って!」
イトが言いました。ワーフは張り切って、両手を思いっきり振りましたが、道具は重いし、足場は悪いしで、空振りしてしまいました。
すると、ワーフが動いたときにテーブルが少しゆれたのか、パックはゆっくりと動いて、イトとワーフのゴールに吸い込まれました。
ガチャン!という音と共にファンファーレが鳴り、パパに一点、入りました。
「ああ!やっちゃった!ごめんなさい、イト…」
「いいよいいよ、ほら、次、ワーフ打って!」
イトがテーブルの下から出てきたパックを取り、ワーフの前に置きました。
「イト、おてほん、みせて!」
ワーフが言うので、イトはパックを思いっきり打ちました。
カン!…ガチャン!!
イトの打ったパックは、横の壁に当たって跳ね返り、パパのゴールにきれいに入りました。
「うわあー!やられた!」
「やったーー!!」
ワーフは喜んで、空中で一回転しました。
次のパパからの攻撃は、ワーフの方に来たので、ワーフは思いっきり打ち返しました。今度は上手に打てたので、何回かラリーが続きましたが、最後はワーフの一打で、パパのゴールにパックが吸い込まれました。
「ワーフ!すごい!」
「ワーイ!やったあ!」
二人はハイタッチをしました。
イトもエアーホッケーは得意な方なので、その後は接戦でした。そして同点になったとき、残り時間がほとんど無くなりました。
「よーし、チャンスだ!」
パパは子供みたいに叫ぶと、自分の陣地に止まっていたパックを、おもいっきり打ちました。パックは、すごい勢いで、ワーフの方に滑って行きました。
そのとき、ワーフの顔と手足と胴体が、毛皮の中に一瞬引っ込みました。そして、なかみの手のひらサイズのワーフが、シュポッ!と出て来たかと思うと、打つ道具の上に飛び乗ると同時に、パックを打ち返しました。
「ワワワ!!!」
ワーフは乗り物のようにそれに乗り、勢いよくそのまま滑って行きました。テーブルの真ん中には、低いネットが張ってありましたが、古くなってゆるんでいたのか、そのまま通過して、パパの目の前に飛び込みました。
「わぁ!」
パパが叫びました。
ガチャン!!
パパとイトが、ワーフの動きに驚いて、気を取られているうちに、ワーフの打ったパックはパパのゴールに入り、ファンファーレが鳴り響き、試合終了となりました。
「勝ったぁーーっ!」
イトが叫びました。
「うわあ!ワーフの奇襲攻撃にやられたー!」
パパが叫びました。
「ワーフ!すごい作戦だったね!」
イトがおかしくて、笑い転げながら言うと、ワーフが困ったように言いました。
「ボク、わざとじゃなかったんだけど…ごめんなさい…」
「なんで、毛皮から出てきたの?」
イトが聞きました。
「ボク、てがスベっちゃって…もう一かい、しっかり、つかもうとおもったら、どっかにケガワが、ひっかかっちゃったみたいで、ぬげちゃったの。そしたら、いつのまにか、これにのってて…」
「エアーホッケーに乗って攻撃するなんて、普通ありえないよなあ!」
パパも、負けて悔しがるより面白いほうが勝ったようで、笑い転げていました。
その後、お菓子をすくうゲームをやって、イトとワーフは、コインの形のチョコレートをたくさんとり、大きな袋を抱えて、大満足でゲームコーナーを後にしました。
それから三人は、ハッピープレイスに向かいました。店内は、小学生から高校生くらいの女の子で、かなり混雑していました。
「パパは入り口で待ってるから、二人で行ってきなさい」
「はーい!」
ワーフはワクワクしていました。人混みをなんとかすり抜けて、店内に入りました。
イトは、新しい消しゴムが欲しかったので、真っ先に文房具コーナーにきました。何百種類もあるのでは、と思うほどの、色とりどりの消しゴムがぎっしり並んでいます。
「わあ、いいにおいがする!たべられるの?」
「だめよ、これ、消しゴムだから。」
「あっ!ヌイグルミとかも、こんなにあるよ!カワイイね!」
ワーフもカラフルな店内に大興奮です。
お菓子みたいなものや、お気に入りのキャラクターのものもあり、イトはすっかり迷ってしまいました。あれこれ取り出してみたりして、ようやく二つにしぼりました。
「ねえワーフ、こっちかこっち、どっちが良いと思う?」
イトは、振り返りました。
「あれっ?ワーフ??」
ついさっきまで、イトの後ろに浮かんでいたはずのワーフが見当たりません。
「ワーフ?どこ?」
イトは店内を見回しましたが、混んでいるのでよく見えませんでした。
「あ!いたいた。」
少し離れたところに、ぬいぐるみの棚があり、ワーフはその上で眠っているようでした。
そのとき、一人の小さな女の子が、ぬいぐるみの棚に手をのばしました。そしてワーフをつかむと、大事そうにレジに持っていきました。
「えっ!?待って…」
イトは慌ててレジに行こうとしましたが、お昼近くになってかなり混んできた店内で、しかも目の前の通路に商品の入った段ボールが積まれていて、身動きがとれませんでした。
よりによってたまたまレジは空いていて、順番はすぐに来ました。
「1200円になりまーす」
女の子のお母さんがお金を払うと、ワーフは袋に入れられて、女の子に渡されました。
「待って!」
店内の音楽が大きくて、イトの声は届きません。
女の子とおかあさんは、足早に店を出て行ってしまいました。イトがやっとのことで店を出たときには、女の子の姿はありませんでした。
「パパ、パパ!!大変!ワーフが売られちゃった…!!」
「えっ?なに?」
泣き出しそうなイトの話をようやく理解したパパは、すぐにイトと二人で、女の子を探し始めました。
けれども、土曜日のサンデーポートはかなり混雑していて、どこを探して良いのかすらわからなくなってしまいました。ママにも電話をして、手分けして探すことにしました。
「どうしよう…。ワーフ、ここから家は遠いから、帰り道なんてわかんないと思うし…」
「パパがもっとよく探してみるから。そうしたらきっと、見つかるよ」
(どうしよう、どうしよう…。もっとちゃんと、ワーフを見ていてあげれば良かった。もしかしたらこのまま二度と、会えないのかもしれない…)
イトは激しい恐怖に襲われました。イトにとってのワーフは、もう家族と同じように、大切な存在になっていました。
イトが覚えていた、女の子のピンクのヘアバンドを頼りに、駐車場のほうまで探しましたが、どうしても見つかりませんでした。ハッピープレイスの前まで戻ってきた二人は、疲れてベンチに座りました。
「仕方ない。こうなったら、迷子センターに行ってみよう。もしかしたら、いるかもしれないし」
パパが言い、二人は、ちょうどすぐそばにあった、サンデーポートの迷子センターに行くことにしました。けれどもワーフはそこにはいなかったので、呼び出しをしてもらうことになりました。
「お子さんのお名前と性別、年齢、どのようなお洋服をお召しになっていたのかを、教えて頂けますか?」
迷子センターの女の人が言いました。
「はい、名前はフワワフワーフです」
「…え?すみません、もう一度、お願いします」
「えっと、だから、フワワフ・ワーフです」
「ふわふわ…?」
「フ、の次に、ワ、が二つで…」
パパが言っている横から、イトが「ワーフです。ワーフ」と、助け舟を出しました。
「ワーフさんですね」
「はい、そうです。男の子です。それから年齢は…あれ?そういえばワーフ、何歳なんだ?」
「は?…お子さんの年齢をご存じない?」
女の人が、驚いて聞き返しました。
「あ、いえ、その…ど忘れしちゃって…」
パパがしどろもどろになっているので、イトが横から「小学生です、五年生。白い毛皮の」と言いました。
「小学校五年生ですね。白い毛皮のお召し物で…。かしこまりました、すぐに呼び出しの手配を致しますね」
女の人はパパのことを、子供が迷子になって気が動転している、気の毒なお父さん、と思ったようでした。
何とか、ワーフの特徴を女の人に伝え終わると、パパが言いました。
「とりあえず、ママにもう一度連絡してみよう。目を覚まして、ママのところにいるかもしれないし…」
パパはママに電話をかけたのですが、やはりママのところにもワーフは行っていませんでした。
『今、……にいるからと…かく…にそっちに…くわね』
「えっ?ママ、もう一回言って。まわりがうるさくて…」
『だから、…に…いま…くわね』
「ごめん!なんかまわりが騒がしいから、とりあえず切るよ」
さきほどから、ワーッという声や、大きな笑い声が響いていて、電話も聞こえないほどでした。
「なんだろう?」
イトは騒がしい方を見てみました。吹き抜けのあたりに、人だかりがありました。ピンク色のものが、空中を飛んでいます。よく見てみると、それは、ピンクのビニール袋でした。
丸くふくらんだ袋は、天井の方にふわふわと浮いていったかと思うと、急降下したり、ジグザグ小刻みに動いたりしているので、エアコンの風などで飛んでいるのではないことはわかりました。
「なにあれ?風船?」
「なんかのパフォーマンスだよね?」
「おもしろーい!」
見物人がさわいでいます。
袋が、二人の近くまで飛んできたとき、パパが言いました。
「イト、もしかしたら…」
イトも言いました。
「あれきっと…」
「ワーフだ!!」
ビニール袋は、ワーフが間違えて買われていった、ハッピープレイスのものでした。袋の口は下側になっていて、そこからワーフの見慣れた毛皮が少しだけのぞいていました。
袋は絶えず動き回り、時々集まった人たちの頭上すれすれを飛んだりしたので、見物人が、歓声をあげていました。
「あの、すみません!うちの子、見つかりました!ありがとうございました!」
パパは慌てて叫ぶと、迷子センターから走り出て行きました。イトも「ありがとうございました!」と言いながら振り返ると、迷子センターの女の人が、あっけにとられたような顔をしているのが見えました。
二人は人ごみをかきわけ、吹き抜けの近くまでたどり着きました。
「ワーフ!!」
パパが叫びましたが、歓声にかき消されてしまいました。
「どうしよう…きっと、パニックになっちゃってるんだ…」
イトが言ったときです。ビニール袋は吹き抜けの天窓近くまで舞い上がったと思うと、フワリと外れました。
「やっぱりワーフだ!」
ワーッ!と、歓声があがりました。
急に明るくなった世界に、ワーフは戸惑ったようで、しばらく静止していましたが、くるーっとゆっくり一周回ると、行きたかった場所が見つかったようで、スーッと一直線に降りていきました。そして二階の通路の上を飛び、ハッピープレイスの中に入って行きました。
観客は拍手をして、口々に言いました。
「ふわふわのドローンかな?すごかったね!」
「めっちゃ、かわいかった!」
「あの雑貨屋の宣伝だよね、絶対。あんなのよく考えつくよねー」
ハッピープレイスに戻ったワーフは、すぐにイトと会うことができ、パパの大きなリュックにそっと隠れました。
ワーフの説明は、こうでした。
「ボクね、ヌイグルミがほしくなっちゃって、みにいったの。そしたらフワフワできもちよかったから、ついねむくなっちゃって…。で、おきたらまわりがピンクだったから、ビックリしちゃって、どっちが、うえか、したか、とか、わかんなくなっちゃって…」
「でも、どうしてワーフが買われちゃったんだろう?値札もついてないのに…」
パパが首をひねりました。
「あっ!パパこれ見て!」
イトがリュックのなかのワーフを指差すと、背中のあたりに小さなバーコードシールが貼り付いていました。
「ヌイグルミ ¥1200」
と書かれていました。
「あー、これかあ。これのせいで買われちゃったんだね。でも、ワーフを買えなかった女の子、かわいそうだねえ。どうしたらお金を返せるかなあ」
パパが言ったとき、店のレジのところで、店員さんに何やら文句を言っている、女の人の声が聞こえました。
「だから、買ったはずのぬいぐるみが、飛んでっちゃったんですよ」
「そんなはずは…」
「かわいくて娘が気に入って…しかもあんなに大きくて千二百円って安いと思って、買ったんですよ」
「でもうちは、空を飛ぶぬいぐるみなんて扱ってないので…」
「でも、袋ごと飛んで…」
店員さんも、どうしたらいいのか困っている様子でした。
パパはワーフに小声で「声を出したらだめだよ」と言ってから、二人に話しかけました。
「あの、すみません、もしかして白い、ふわふわしたぬいぐるみですか?」
「そうですけど…」
「これですよね」
パパは、カウンターにワーフをそっと置きました。
「あ!そうですこれです!」
「申し訳ありません。これ、うちの子のものなんです。お店の棚に勝手に置いてしまって、そのときに何かの値札シールが貼り付いてしまったらしくて…」
「あっ、これ違うキャラクターの値札です!レジ係が新人だったので気付かなくて…申し訳ありませんでした…。お金はもちろんお返しします」
「うちの子がどうもすみませんでした、ほら、イトも謝って…」
三人は、そっと店を後にしました。
「まったくもう、パパがついてたのにねえ」
夕飯の時、ママが言いました。
「そんなこと言われたってさあ、まさか買われちゃうなんて、思いもしなかったよ」
「まあ、確かに運が悪かったわよねえ。一瞬で売れちゃうなんて、ワーフがめちゃくちゃ可愛いからよね」
ワーフは今日は目立つと困るので、フードコートやお店でもパパのリュックの中に入っていました。
それでも欲しかったウサギのぬいぐるみはしっかりチェックしていたので、後から合流したママに、買ってきてもらいました。
ワーフを棚に置いた犯人にされたので、イトはご機嫌斜めでしたが、気に入った消しゴムと、前から欲しかった筆箱を買ってもらえたので、嬉しくて忘れてしまいました。
そして何よりも、ワーフが無事に戻ってきてくれたことが、みんなにとって最高に嬉しいことでした。
(第4話「ワーフ、宅配便をはこぶ」につづく)
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