見出し画像

「KIGEN」第五十六回


 奏との契約が結ばれた時点で、JAXAは記者会見を行った。書面で発表してもよかったが、以前大相撲協会が記者会見を行った際、理事の一人が基源とJAXAとの関係性をはぐらかした為に、開いた方が良いという判断が下された。

 会場で主にマイクを握って喋ったのはチームリーダーの矢留世だった。三河も責任者として同席した。

 基源の、AIでありながら人間の機能を備え始めるという稀有な進化について、製作者一人で向き合うには限界があったところ、我々は偶然の出会いを果たした。JAXAもAIの研究を本格化させており、大きな研究設備が整う為、彼に協力を申し出た。

 つまり我々は数年前から基源について共同で研究している。この度その製作者である古都吹奏氏がJAXA特別研究員へ就任された為、時期が来たと捉えて会見の運びとなった。過日大相撲協会の会見で関わりが語られなかったのは、当時古都吹氏が義務教育課程にあり、配慮されたのだと思う。基源については今後も万全を尽くし、必要に応じて相撲協会とも連携を取る。


 以上がJAXAの発表である。矢留世が席に着いた途端、矢継ぎ早に質問が飛んだ。

―基源くんの現状はどうなんですか?

パーセンテージで言うとロボットは何パーセント?

偶然の出会いとは具体的に言うとどんな?

 一つずつ取り上げればきりがない程手が挙がったが、基源の進化の根本とされる隕石に関して語るにはまだ時期尚早で、JAXAが近年人工知能を伴ったロボット開発にも力を入れていたからという理由を繰り返すに留めた。その後どうにか会見を終えようとした時、真っ直ぐに手が挙がった。余りに丁寧な持ち上がり方に、進行役も発言を許可した。

「この事実、国は知っているんですか」

 そっか、国か・・・一大事だもんな。周囲の記者たちがざわめく。質問者は矢留世を見ていた。矢留世は答えを躊躇した。相撲協会との連携に気を取られて、国との、文科省との関わりをどこまで公開するかを打ち合わせていなかった。後ろめたいものは無かったが、説明の用意が無ければ不用意な発言をし兼ねない自分のポンコツぶりをよく知っている。咄嗟とっさに三河へ顔向けると、三河はマイクを取って立ち上がった。

「いちごう君は・・失礼、基源は大相撲の道を歩むために中学卒業資格が必要でしたから、その時点で文科省を通じて報告を上げておりました。が、今回の研究はあくまでいち組織と個人の研究である事を、この場ではっきり申し上げておきます」

 このきっぱりとした発言に会場からどよめきが起こった。波打つように広がった記者たちの感心や感嘆、懸念、不安も中にはあっただろうか、それらが少し納まるのを待って、三河は話を続けた。

「我々は二人がまだ未成年である事を何より重要視しています。いかなる機関も、報道も、彼等の尊厳を傷つけることがあってはならないと考えて居ります。皆様にも御理解と御協力を頂きますよう、この七夕の星空へ願い籠めてお願い申し上げます」


――と、JAXAの広報は会見日が七月七日であったことに絡めて、粋な言葉で新たなる道なき道を切り拓く二人の若者へ寄り添う覚悟を穏やかに語った。さすがは宇宙を相手にする一大組織である。今回我々はJAXAが会見を開くとの情報を聞きつけ、以前からその行方を追い続けていた隕石の続報が聞けるだろうかと期待して出向いた訳であるが、中身は予想外にロマン溢れる有意義な記者会見で、参加は全く僥倖ぎょうこうであった。

「宇宙と大相撲と人工知能」
 妙な取り合わせが出来上がったものだが、これを機に大相撲への見識を深めて、推しなる力士を見つけるのも一興かも知れない
                      (ローカル東京・代表)


「また見てるの、もうよしなさいよ、そんな怪しいとこの記事なんて」

「ええー、怪しくないよ~、智恵美さんも見て御覧よ、結構ちゃんとしてるんだから」

 渉が進言しても、智恵美は決してうんと言わなかった。



 会見から数日後、名古屋で七月場所が初日を迎えた。いよいよ基源が兄弟子の化粧まわしを付けて土俵へ上がる新序出世披露が行われる。観客の前で披露され、順番に四股名を呼ばれるのだ。出番は朝早くだが、観客席には奏と渉と、あれ程否定しておきながらきっちりメイクを済まして出て来た智恵美の姿もあった。先場所から決まり手など順に理解して力士の顔と名前をすっかり憶えつつある矢留世もいる。テレビ中継もされる幕内力士が登場するのは午後、もっと遅い時間であり、観客席はまだまばらにしか埋まっていない。それでも各所で係りを務める相撲関係者たちの話に依れば、いつにも増して客の入りが良いらしかった。

 化粧まわし姿も何処かぎこちなく、初々しいばかりの出世力士たちが若者頭に先導されて花道の奥から姿を現した。慣れない足取りで土俵上へ上がると、遂に新序出世披露が始まった。行司のよく通る声が館内へ清々しく反響する。関係者は固唾を飲んで我が子や弟子の一挙手一投足を見守っている。一般客も勿論居て、熱心な相撲ファンは拍手に余念がない。物見遊山でやって来た者の中には拭いきれない疑いの眼差しを注ぐのもいる。だが場内で四股名が呼ばれる度に拍手が起こった。それは紛れもなく、どの出世力士にも注がれる、歓迎と祝福の拍手だった。

「きゃっ、いちごう、じゃなかった基源よ、奏、基源があそこに居るわ!」

「僕にも見えてるから」

「智恵美さん、落ち着いて。笑いが起きてる。怒られるよ」

 いざとなると人一倍盛大な拍手を送る智恵美の御蔭で、今場所の新序出世披露は常よりも賑やかな空気の中無事に終わった。

 こうして基源の相撲人生が本格的に幕を開けた。今場所からは序ノ口の番付に名前が載る。その一番下、隣同士の文字に潰されそうな程小さな小さな江戸文字で「基源」と書かれた番付表を、奏は研究所の壁に貼って毎日眺めることにした。
                        (六章・相撲道・終)


第五十七回に続くー


ここから先は

0字
ようこそいち書房へ。長編小説はお手元へとって御自分のペースでお読み頂きたく思います。

「AI×隕石×大相撲」 三つの歯車が噛み合ったとき、世界に新しい風が吹きました。 それは一つの命だったのか。それとももっと他に、相応しいも…

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が参加している募集

#私の作品紹介

97,568件

#AIとやってみた

28,674件

お読み頂きありがとうございます。「あなたに届け物語」お楽しみ頂けたなら幸いにございます。