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「拝啓、夏目漱石様 三通目」

 年の暮れ迫る師走の今日、寒波に身構えたもののあと数日は好天に恵まれるべく候。御蔭様にて餅つきもご先祖様への年内最後の挨拶も穏やかに終え誠に順風にて御座候。

 先生、慣れない事はするべきでないですね。現代文に戻します。御無礼お許し下さい。早速ではございますが、中々お戻り頂けない為に、先生への言伝が増えていく一方で、書生一同どうしたものかと首を傾げておりますが、万事上手く取り計らう所存にございます故、どうぞ御心配等なされませぬよう、念の為ご報告のみ申し上げた次第です。

 私は先生の仰る通り、毎日毎日書いております。書けば書くほどの御言葉を信じております故、文を生み出すに懸命に向き合っております。それに加えて、先日先生が小説執筆の準備運動に手紙を何通もお書きになられると伺ったものですから、此れも私は取り入れようと思い付きまして、好きなだけ便箋並べて筆を執る事に致しました。

 先生、これは大変に素晴らしいものですね。私は好きなだけ手紙を書くようになってから、言葉を紡ぐのが益々楽しくなりました。溢れ出すと止まらないで、幾らでも書いてしまいます。受け取る側の事を考えて二枚、ないし三枚で終わらせようとは決めてかかるのですけれど、ついあれもこれもと欲張って、手は追い着かず文字の具合悪く読み難いか、或いは隙間なく乱字を並べ立てるような真似をしてしまいます。字はその人の心を映すものと思います。乱れた字、誤りの字は不可ないと思います。けれども私は字が一向上手くなりません。どうしたら良いでしょう。何か良い手があるならお教え下さい。然しながら私は一つ発見致しました。私は毎年年賀状を手書きしますけれど、表書きと裏書、其々全て書いて行きますと、いつの間にやら字が、書き始めのよりも心持ち良い様に思われるのです。上手いと迄は胸を張れませんけれど、多少読み易くなっているような気のするのです。其処で不図気が付きました。文章と同じで、書けば書くほど字も上手い具合になるのかも知れません。

 そう云う訳ですから私は今、同じ時代に生きていて良かったと心から思う人へ毎月手紙を書いています。月に何通出しているのか、それは先生にも内緒です。先生、想いと云う物は、ただ心に持っているだけでは不可ませんね。矢っ張り伝えなくては、道端の石ころ同然です。

 自分の行いを振り返ってみますと、何にせよ十年でも温めている事がままある様です。よくも此処迄ただ凝と温め続けたものだと、自分ながら驚かされるばかりです。それは物に対しても人に対しても同じ事で、物の場合は私のお財布事情もあっての事ですから、子ども時代から抱き続けて大人になって漸く手を伸ばした。それが二十年を経ていたと云う事もありますけれど、対人となりますと、何も好んで一人黙って温める必要もなかったろうと思うのですが、今言おうか、未だじゃなかろうか、伝えたいと思いながら、気恥ずかしさや日常に手を取られている隙にとうとう機を逃して、そうするうちに先延ばししてその繰り返しが季節を巡り、一年、二年―・・・あれよと簡単に十年となるようで、畢竟私は愚図々々していたのだと思います。時に猪突猛進する癖、肝心な処でえへへと手を隠してしまうのです。けれどそうばかりじゃ自分の人生を川の流れへ乗せることもせずに、わざわざ踏み外さして側溝へちょろちょろ水流すようなものだと、近頃になって漸く学びました。

 私は、自分なりで構わないから、大事な想いは発信しようと決めました。その点現代文明は素晴らしい働きをしてくれます。調べ物は容易になりました。何方へ向けば正しく事が運べるか、知る術が在ります。大変有り難い。その恩恵に預かって、私は思うまま筆を執ります。手紙で書いて伝えられる。文字が在って良かった。言葉が世に存在していて、先生、良かったですね。先生の哲学とユーモアも時代を越えて繋がっていきます。どんどん先へ。何しろ私も、生意気を申し上げますがご容赦下さい、私にも先生を未だこの先へ繋いでいきたい思いがあります。いつ、どこで生まれたか、どんな風に育ったか、何をして生きて来たか、そんなものは何一つ関係がありません。只好きだから、一人でも多くの人の心に残れば嬉しいから、力になれたら嬉しいから、だから後の世代へも残したい。届けていきたいのです。

 考えてみれば、過去の言葉、文章を現在へ繋いで来たものの中には、庶民の力も大きかったわけで、其処無くして時代は決して紡がれなかったろうと思います。改めて「人」の力は侮れないものと感服致します年の瀬となりました。

 それではそろそろ、ゆく年の諸々にも手を付けなければなりませんし、先生も屹度お忙しい御身と御拝察致しますので、この辺りで暮れの挨拶とさせて頂きたく思います。今年も一年先生を追い掛けて、先生に学び、先生の元へ歩み続けて私は大層幸せで御座いました。くる年にはもっともっと良い報告が出来ますように、又私は一層努力を重ねて参る所存です。どうぞ御指導頂けます様によろしくお願い申し上げます。

 寒風さりとて身は熱く。夏目先生、良いお年をお迎え下さいませ。

                         敬具

               令和二年十二月二十八日  いち



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