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「KIGEN」第八十六回




 本来ならば隕石がAIに察知された時点で、不純物として丸ごと体外へ放出されようと働きかけが起きる所だった。だが隕石は残され、表面の不純物のみ取り除くよう抗菌作用が働いた。おかげで隕石の表面の余計な物質が、つまり落下中に付着した地球上の不純物が除かれて、宇宙に存在する純粋なアミノ酸などの有機物質と、落下途中ニアミスした奏の血液のみが残された。これが進化に適した環境を生み、AIは血液成分を参考に知識を照らし合わせて指令役を担い、細胞はみるみる活性化した。

「人工知能ロボであった基源・・いや、ここでは名前で呼ばせて頂きます。いちごう君は、こうして人間へと進化をはじめたのだと思います。以上の事から、奏氏が開発したAIプログラムの功績は、他に類を見ない、相当大きなものであったと言えます。人類にとっては未知なる現象が重なった為に起きた稀有な出来事とも言えるでしょうが、それにしても奏氏が天才なのです。彼は僕が初めて出会った中学生当時から、ロボット工学の研究者という肩書きを取り除いても、素直で魅力的な素晴らしい人物でした。彼の現代社会への貢献に対して、我々は心から敬意を払いたいと思います」


 JAXAの記者会見は奏と基源の功績を称え、将来の宇宙とロボット工学の研究の発展と活用を目指して、引き続き研究に全力を注ぐとの決意を表明して締め括られた。

 翌日の朝刊には、ローカル東京も会見を受けての記事を出した。更に数日後には、あらゆるメディアの記者が突撃しても一切口を開かなかった天秀峰から、基源の引退を受けてのコメントを引き出し掲載した。それによると天秀峰は次のように語ったらしい。

「勝ち逃げされてしまったんで、彼は永遠のライバルです。いつかきっちりケリを付けたいと思います」

 天秀峰は最後まで凛々しい眉を崩す事無く語った。記者はそこに二人にしか到底理解し得ない深い愛情を感じたという。これこそ正真正銘のライバル関係だと感服したそうだ。

 これはあくまでも噂だが、ローカル東京の独自路線を貫く徹底した取材方法や、確かな記事で読者を楽しませる手法を気に入った某大手新聞社や出版社が、業務提携や合併といった話を持ち掛けたらしい。だがローカル東京はそれ等一切を断ったという。その後も相変わらず新聞の折込チラシに混じっては、細々不定期に記事をあげている。

「粘り強い取材に基づく正確な情報をお届けする宇宙と人類密着型情報機関、ローカル東京なのであります。 代表」
          ・・・或る日のローカル東京・編集後記より抜粋



 
 二〇三五年五月。関東地方を中心に広範囲で火球の目撃情報が相次いだ。それから数日後、あるインタビュー記事が世に出回った。

「まさか二度あるとは思わなかったから全然気にしていなかった。でもよくよく考えてみたら音は近かったなと思って、朝になって見に行ったらほんとに窓が割れてて驚いた」

 十四年の時を経て二度も稀有な災難に遭遇した女性は淡々とそう語った。因みに落下物は既に専門機関の人間によって回収済みであるという。   
                         ―ローカル東京―


 一方巷では、過去の事例を基に独自の予測を立てた宇宙マニアやその筋のアマチュア達が、
「落ちたんじゃないか」

 と挙って隕石を探していた。だが彼等は万が一発見に至った場合、その隕石が地球に落ちる以前から備え持つ能力の重要性と、或いは人類にとり未だ知れぬ発展をその石の内側に抱いているかも知れない未知なる期待とを、過去の事例の影響で存分に知っていたものだから、互いに、
「見つけても安易に素手で触れるなよ。みんないいか、見つけたらJAXAを呼べ!!奏先生にお届けするぞ!」

 を合言葉としていた。畢竟ひっきょう過去の事例即ち基源の誕生に纏わる一部始終が、この国の宇宙開発と人工知能、ロボット工学への見識を一般社会にも通じる程に広めたのだ。彼等が収集せんとするのは、言わずもがな、宇宙アミノ酸をはじめとする地球外有機物質である。かつて惑星探査機すずめが持ち帰った小惑星「たつのみや」の試料から、二十種以上ものアミノ酸や、希ガスと呼ばれる小惑星の気体をそのまま持ち帰った事は記憶に新しい。鮮度の良い地球外物質が集まる程に研究はより濃密に、より先進的に進めていくことができると、関係機関は無論のこと、一般人でさえ心得ている。その協力体制も盤石だ。人工知能を持つロボットの研究と、生命誕生の起源に迫る研究が宇宙を通じて結びつき、数年前までは想像もしなかった光景が、厳重な警備の敷かれた研究機関のガラスの向こうで繰り広げられている。

 命の誕生を細胞レベルから人工的に造り上げる事については、人権や倫理の問題が付き纏って長らく議論の中途にあるが、それでも人類誕生というこの壮大な謎を宇宙科学に則って解明できれば、生物学にも大いに貢献できるかもしれない。研究者達の夢はどこまでも果てしなく続く。

 実験を繰り返すうち、基源の後継機が既に何体か誕生した。だが生命の誕生には至っておらず、全て人工知能型ロボットの域を出ていない。それにしても、各国と比べて周回遅れではないかと揶揄されるほど、科学・化学分野への支援を後回しにしがちなこの国が、ここまで急速に企業の研究事業を推進・補助する態勢を整えられたのは何故か、気になる処である。

 これは或る地方の体育館で大柄な男たちが土俵の周りで顔寄せて話していた雑談の一部だ。曰く、国のフットワークが軽くなったのは、文科省にあの人が呼び戻されたからだという。こっちで任期を一年残していたが、むこうで新たな国家プロジェクトが立ち上がり、プロジェクトリーダーへの就任要請があったらしい。戻れと言われれば従わざるを得ない立場だからと理事長の座を人へ託してその人は帰った。そして霞が関へ戻るなり早々力を発揮しているという。あれはきっと将来総理の椅子に座るんだろう、ああいう人の方が実際よかろうと専らの噂だ。

 矢留世と三河の「やっぱり!」という声が聞こえて来そうな話であった。

                 (十一章・両国は風のかなたに・終)


第八十七回に続くー


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ようこそいち書房へ。長編小説はお手元へとって御自分のペースでお読み頂きたく思います。

「AI×隕石×大相撲」 三つの歯車が噛み合ったとき、世界に新しい風が吹きました。 それは一つの命だったのか。それとももっと他に、相応しいも…

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