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「KIGEN」第二十五回


四章 「結託」


 チームリーダーの矢留世やるせから報告を受けた本部は騒然となった。単純明快なミッションとして隕石の調査、回収を担っていたチームから、いきなりAIロボットの話が、それも前例のない、人体と同じ機能を備えつつあるらしいロボットの報告が上げられたのだから無理もなかった。だが矢留世が報告の為に揃えた書面の束は詳細かつ丁寧に出来上がっており、製作者も共同で該当のロボットを調査する意思があるという。人類にとり未知なる研究となるのは必定で、その上決断までに時間をかけられない状況だった。だがそんな条件下だろうと、日夜謎多き宇宙を相手にしているJAXAにとって前例がないのは日常茶飯事だ。隕石が絡んでいるとなれば我々を置いて他に誰がいるのかと、早々に古都吹家ことぶきけへ人を派遣する決断を下した。

 ここからかなたといちごうの周辺は、より速度を上げて前へと進み始めた。なにしろ民営化以降も変わらず国を代表する技術と知識に長けた巨大組織である。宇宙に関する事柄のみに留まらず、数年前から人工知能の活用研究が本格化した事もあって、ロボット工学に精通した研究者や教授、専門家の層も厚い。好奇心旺盛な研究者ばかりで人選には事欠かない。更に信頼のおける医者を招いて、遂にプロジェクトが発足された。ただその存在は決して外部に漏らすことの許されない、超がつく程の極秘プロジェクトだった。

 未知なる事象の究明に向けて専門家らが神経を尖らせてゆく中で、当の本人であるいちごうだけが、変わらず揚々と過ごしていた。全身を隈なく検査するのに、CTよりもMRIが選ばれた旨を奏が説明すると、人生初の検査に興奮してさっそくMRIの知識を収集研究した。

「奏の云う通り、MRI装置って超電導磁石なんだね」

「うん」

「チタンで作ってくれたお蔭で、どうやら私でも入れそうだ」

「そうだね、磁力に寄せられる性質を持つ金属だと検査出来なかったもんね。僕もまさかここまで予見したわけじゃなかったんだけど、結果オーライだったよ」

 軽くて丈夫で錆びにくいチタンは、鉄や銅よりも高価で、また加工するにも技術の必要な素材だった。だがいちごうの活動の為には譲れない部分で、試行錯誤しながら時間をかけて、どうにか成型に漕ぎ着けたのだ。その一連の拘りが思わぬ形で功を奏して、奏は当時の自分を褒めてあげたい気分だった。

 JAXA本部の廊下を、少年の足音と、それに比べると重厚なロボットの足音が通り過ぎて行く。首からは関係者である事を示す許可証をぶら下げている。奏といちごうは本部へ通っては、来たる検査へ向けての準備を進めていた。ガレージの研究所とは比べ物にならない程の機材と人員が揃う本部は、一人前に精密機械を扱い、またいちごうについて大人たちへ説明する場面もある研究者の奏にとり、夢のような場所だった。連日一人研究所へ閉じ籠っては頭を悩ませていた日々が嘘のように、彼の目の前には今、大きく道が拓け、明るい日が差し込んだように思えた。二人の存在はプロジェクトが特殊なだけに目立たないよう注意する必要があったが、広い敷地内には扉が幾つもあって、中の様子が必ずしも見えるとは限らないが、この場へ居合わすだけで高揚している若き研究者にとって、その一つ一つが実際にどれ程地道な作業であろうとも、眩しい太陽だった。そんな巨大組織の一端で、自分も研究者の端くれとして活動している。いちごうの未来を繋ぐために、人類と共に歩む道を探るために、奏の心は奮い立った。

 一方で矢留世らプロジェクトチームの面々は、おそらくこの世に唯一無二の存在であるいちごうを、万が一にも失う様な失態でも起こせば大変な損失であるとの認識でいた。検査前とはいえ、いちごうが既に人の機能を備えていると思われる以上、彼の消失は命を奪うと同義であり、そこにいかなる不測の事態が存在していても、人道的糾弾、或いは人権問題にまで発展する可能性を含んでいる。日頃果てしない宇宙を相手にしている大人たちであっても、いちごうがAIロボであり一つの命であると認識するが故に、心の内に言い知れぬプレッシャーや恐怖に似た責任感を持っていた。

「大丈夫何とかなるよ」

 と根拠も無しに周囲を励ますいちごう本人を横目に、チームは寄ってたかって知恵を絞り、あらゆる展開をシミュレーションして検査に臨んだ。


 検査の舞台となる大学病院内では周囲への言い訳としてちょっとした設定があった。これは「健康診断」、いちごうは古都吹家の次男で、剛一くんという名前だ。

 名前の印字された書類やカルテの入ったファイルを手に、何も知らない看護師さん達に大きいのね、賢いのねえと褒められたり褒められたりされながら身長体重測定、視力検査、聴力検査等を行い、内臓系等の肝心な場面になると奏や矢留世等関係者のみに付き添われて検査室に閉じこもり、更には脳波検査、心電図、エコー検査も試みた。そもそも人体として扱ってよいものか、解剖学はどこまで通用するのか、すべては手探りで、注射一本簡単には打てなかった。いちごうを形作る成分を知るための検査ではあったが、定石どおりとはいかない。何としてもMRIを無事に行いたい。だがもしもMRIで異常が発生した場合は緊急手術に入る可能性があり、その手術にしたってリスクを伴うのが正直なところだ。麻酔は効くのか、血管の様子は見えるのか。シリコンなのか、皮膚なのか。よし麻酔が効いていちごうが眠ったとしても、AIが身の危険と察知して外部からの接触を遮断しようとしないか。その場合の手立ては―・・・あらゆる予測を立てようと、懸念はどこまでも付き纏った。


第二十六回に続くー


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ようこそいち書房へ。長編小説はお手元へとって御自分のペースでお読み頂きたく思います。

「AI×隕石×大相撲」 三つの歯車が噛み合ったとき、世界に新しい風が吹きました。 それは一つの命だったのか。それとももっと他に、相応しいも…

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