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「KIGEN」第三十一回
そこで思い付いたのが「学校」だ。いちごうの基本設定が奏と同い年なら、中学生として学校へ通わせれば、集団の中で多種多様な人格に触れる事が可能で、一軒家で一人時を潰して家族を待つよりも、圧倒的に有効手段であると考えられた。人類の営む社会秩序の中で集団生活を体験して、人の思考、習性、生活水準などを学ぶ。これこそいちごうの心身の発達に最適な手段だ。体験を通したいちごうの心身作用等は余すことなくデータ化されて今後へ残されていく。チームはそこから得られる成果が、未来のロボット工学にどれだけの影響を及ぼすかを夢想した。前例のない事態に対して、国がどこまで積極的になれるか希望を抱くには時期尚早だが、上手くいけば世界をリードする最先端の道を、人工知能と人とが共生する社会の実現に向けて、まだどこの国も開拓していない道を切り拓くことができる。
彼等は文科省の担当に説明を尽くした。当然の如く提案は一旦持ち返られる事となった。その席で、最後にいちごうが口を開いた。
「提案への返答はいつまでに頂けますか?」
「えっ、ああ、えーっと」
「夏休みはもう終盤です。編入するならできれば二学期から入りたいのですが、それまでに編入手続きを済まさなければなりませんし、そうなるとお返事は二日、いえそれでは急かし過ぎますね、三日の内に頂けますと後々の手続きが大変スムーズかと思うのですがいかがでしょう。勿論、御無理のない範囲で」
「あ、ええと、そう、そうですね、仰る通りだ。ええ、では――」
と言って隣の同席した部下をちらり見て、これで叱責喰らう事になったら連帯責任だからなと言う目配せだった。
「三日の内に必ず何らかの返答を差し上げます。我々が直接伺うか、或いは書面でもよければ、そのようにして」
「ありがとうございます。御無理を申し上げますが、何卒よろしくお願い致します」
折り目正しいいちごうの礼に合わせて、同席したチームの面々も一様に頭を下げた。対峙している二人は、対面当初から見た目はまるで人間の、それなのにAIだといういちごうに戸惑いを隠せないままで、そんないちごうの急襲に面食らって、顔をあたふたさせながら、どうにかぺこんと頭を下げて帰っていった。
「言質取るなんてやるなあいちごう君」
「お見事だよ」
「いやあ、それほどでも」
緊張を伴う対面だったが、いちごうの手柄でチームは和やかな空気の中で最初の門を潜ることに成功した。
「許可、下りるでしょうか」
「さあ、どうだろな。あの担当がいちごう君と対面してどう感じたか。それでこっちの味方になり得るか、だろうな。責任者であっても決定権など無いだろうから、文科省が・・・いや国のお偉方が及び腰なら――」
「待って下さい。最後まで言わないで。大丈夫、僕は信じたいです!」
会議室で二人きりになった三河と矢留世がそんなやり取りをして三日後、約束通り国から返答があった。書留だった。受け取ったのはリーダーの矢留世で、三河に同席を頼んで封を切った。正直な所、国とは決してつれない仲ではない為、案外希望に沿った返答を貰えるのではないかという、少なくない期待が矢留世の胸の内にはあった。だが、現実はもっと平たくて堅実だった。
「何ですかこれっ、まるでいちごうを遠回しに化け物扱いしてるじゃないですか」
回答書には、予測不能な進化を続けるいちごうと云う存在を偏りなく分析した結果、生物としての危険性、先行き不透明であるが故の未知数な暴力性への懸念が示されていた。いついかなる時、どんな変化を生じるか分からないものを、学校と云う子どもたちを預かる安全第一の学び舎へ共生させる事の不適当さを文書で淡々と述べてあった。万が一人工知能が暴走した場合、その攻撃性はどの程度のものか。仮に開発者が隣へ居ても、教師が居ても止められるとは断言できない。怪我人を出した場合保証問題となるが、社の信用を失うことなく対応できるのか。その他貴社とは国も関わる大規模なプロジェクトが幾つも進行中であるが、そちらへなんらの影響もなく保護、観察を続けることはできるのか。以上のような案件に対して、いちチームの研究員のみで請け負えるのか。
事例を上げれば枚挙に暇がないと、危険性のみを列挙して、どうやら許可に向けて譲歩する意思もないらしい、一方的な文書だった。
「全く、僕等は反論する場さえ与えられないんですかっ」
矢留世は前後の経緯をすっかり忘れて顔を真っ赤に憤っている。
「ちょっと落ち着けよ。対立するなと言ったのはお前じゃないか」
三河は努めて冷静に、事態を俯瞰的に眺めてリーダーを宥めた。矢留世の怒りは未だ矛を収めないで、一度全部吐き出すまで荒れる積りと見える。
「攻撃性って、あの担当は一体いちごう君の何見てたんだっ。彼を見ればそんな危険考え付く方が可笑しい話だって、一目瞭然じゃないか。僕は徹底的に抗議しますよ。こんなの理不尽以外の何物でもない。人道に外れてます」
散々言い尽くして、矢留世は急に顔色を変えた。
「これ、奏くんにどう説明しよう。いちごう君に、なんて言ったらいいだろう。反論するにしても、チームの面々には進捗状況として伝えないといけないですよね」
「ありのまま書類を見せるさ」
「駄目です!彼等はまだ中学生ですよ。こんな非人情な返答を見せられて、落ち込むどころか心が砕けてしまうかも知れない。立ち直れなかったらどうするんです」
第三十二回に続くー
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