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「KIGEN」第三十回



「ぼ、僕も、チームの一員になりたいです。いちごうの研究をこれからも続けていきたいし、未来のロボット工学の為、役に立つ功績を残しておきたいのです」

「ありがとう」

 握手のつもりで手を伸ばしたが、奏の手が差し出される前に、思わず彼の頭をわしわし撫でつけていた。今は未だ三河の方が背高だ。だがこの夏が終わる頃には、抜かされているかも知れない。少年を今にも抜け出しそうな奏が、無性に愛らしく思えた。

 いちごうがブラボーブラボーと連呼しながら奏を褒めちぎっている。奏は応じない。どこまでも剽軽を続けるいちごうだが、笑う目尻がちょっと輝いた様に見えて、矢留世は目を瞬いた。

「盛り上がってるところ悪いんだけど」

 と口を挟んだのは医者であった。

「いちごうさんは性別があるの?さっきから本部の人たちは君づけで呼んでるけど、最初の書類には記載がなかったし、今回の検査でも性別不明だったよね。ただ奏くんの血液との関係性で、今後男性になる可能性はあるのかなと思うけど、まあこれも僕の勝手な憶測だよね」

「いえ先生、私は将来力士になるんです。大相撲は現在に至るまで土俵上は女人禁制ですから、私は何としても男になりたいです」

「そうか、そんな夢があるのか、じゃあ君は男だ」

「ほんとですか!?やったー」

「カルテにも性別男性としておくよ」

「ありがとうございます先生!」

「いいのかな、こんなに単純に決めて」

「大丈夫だいじょうぶ。いざとなったら手術で付けて遣ればいいよ」

「何をですか!?」

「若しくは君が作ってあげればいいじゃないか」

「いえ、僕は昨今の多様性社会を鑑みてロボットを製作したんです。性別なんて考えていなかったんですよ」

「いちごう君、イマジンだよ。間違っても、まあ、興味はあるだろうが胸が膨らむように願っちゃ駄目だよ」

「はい先生!興味津々ですけど我慢します!頑張ります!」

 いちごうは又イマジンイマジンと呟きだした。奏は救いを求めて周囲の大人たちを見回したが、一様に困った様な、戸惑ったような笑みを浮かべて澄ましていた。


 いちごうの健康診断の結果を本部へ報告して、とうとう正式な研究チーム発足へ向けた人選等が本格化した。そんな中、本部の廊下を歩いていると、背中へ声が掛けられた。

「たしか、矢留世君」

 呼ばれて後ろ振り返り、相手に驚いて思わず立ち止まる。

「犬飼教授」

 教授はつかつかと距離を詰めるなり、

「面白い人を見つけたね」と言った。

 いきなり本題に入るのは、本業の傍ら依頼さえあればメディアでも何でも厭わず顔を出すため多忙な日々を送る教授の倣いだ。そういう教授が時を惜しまず廊下で矢留世を掴まえたと思えば、いちごうを絶賛して、是非とも自分もチームに加えて欲しいと言ってきた。多方面の知識に明るく人懐こい教授は、日頃から引く手数多で、自ら手を挙げなくても依頼が殺到するような有名人である。にもかかわらず、こうして興味の赴くままにアンテナを張っては、己の探求心さえ満たす活動をするらしい。ひいてはいちごうの未来の為、科学と宇宙の発展の為に尽力したいのだと熱を込めて語る。各方面に強力なパイプを持つ犬飼教授がチームに名を連ねるとなれば、交渉が進めやすくなることは間違いない。矢留世は喜んで仲間入りを承諾した。その他の人選は本部の人事部の担当と三河を交えて行った。

 リーダーは隕石捜索チームリーダーだった矢留世が引継ぐ。そして、約束通り奏も責任者の名簿へ名前が加えられた。他には博士や准教授など、ロボット工学や生物学等各分野で肩書を持った錚々そうそうたるメンバーが名を連ねている。奏は気後れしないことも無かったが、中学生ながられっきとしたいちごうの開発者であり製作者である。誰よりもいちごうに詳しい。設計図も頭に入っており、いちごうのどの部分にどんな素材を幾つ使用したか、配線もねじの数でさえ暗記していた。

「これでようやく研究に本腰が入れられるよ、奏くん。リーダーの肩書は僕に付いてるけど、先駆者は奏くんだ。いちごう君の為に、みんなを引っ張ってって欲しい。よろしくお願いします」

「あ・・・よ、よろしくお願いします」

 


 奏が中学一年の秋、いちごうは奏と同じ中学校へ在籍する事になった。籍は置かせて貰えた。

 三河の予想は外れて、国はJAXAが報告を上げるまでいちごうの存在を知らずにいたらしい。だが報告を受けるなりいきなりいちごうとの面会を求め、その真相に迫ろうとした。チームは既に受け容れ準備を整えていた為、本部で速やかに対面を済ませて、間髪入れずに国側へ提案を始めた。それは文部科学省の特例によって、いちごうに義務教育を受けさせることだった。


 人工知能をベースに持ついちごうには、インターネット社会を通じて、常時あらゆる情報、知識が大量に、それも加速度的に流入してくる。無論セキュリティシステムの管理下にあって不要なものは分別されているのだが、いちごう自身の持つ分析能力も日々改善がなされ、時と場合に応じて相応しい自分で対応するコミュニケーション能力、それに学力ならば学者と肩を並べられるだけのものは備わっている。だが、彼は検査の結果からしても明らかであったように、人類に迫る進化を続けている。そればかりか、時々まるで人と同じように心模様を自ら発して周囲を驚かせる。チームはいちごうの中に「心」の存在を感じていた。もしもこのまま人体への進化、発達が進むのならば、それと同時に心の発達が不可欠であると考えた。


第三十一回に続くー



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ようこそいち書房へ。長編小説はお手元へとって御自分のペースでお読み頂きたく思います。

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