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短編「かなまう物語・外」


  短編「かなまう物語・外」

「この先には外道げどうがある。絶対通ってはいけないよ」

 大人たちから散々注意されていた小さな女の子であったが、ひょんなことから道に迷い、気付けば絶対通るなと言われていた道の前に出てしまった。暗い。けれど、その先は明るい。行ってみたい。ちょっとだけ覗いて、直ぐに帰ってくれば大人たちにばれないし、大丈夫よ。

 女の子は行ってしまった。

 鬼たちが「外道」と呼ぶ道の先にあるのは人の世だった。毎年立春近くになると人間の都合で強まる結界が、忘れるのが得意な種族なものだから、春の盛り頃には弱まる。女の子が道に踏み込んだのはそういう季節であったから、人間界へ辿り着いてしまった。

 さて初めて見る人間界は眩しくて騒々しくて、小さな女の子には興味津々の世界だった。早く帰らなくちゃと思いながら、好奇心の瞳が帰れないでいる時、誰もいないと思った細い路地の片隅で、一人の人間を見つけた。男だ。ぼうぼうの草の中、郵便受けを覗いて肩を落としている。どうしてだろうと女の子は思った。

(私が郵便受けを覗くとおばあちゃんからの手紙や竹団子が入っているから、いつもとっても嬉しいのに)

 女の子は男をかわいそうだと思った。何かいい手はないかなとあどけなく考えた。


 次の日も女の子は外道を通って人の世へやって来た。昨日思いついたことを実行するためにやって来た。その小さな手には一通の手紙を持っている。まだひらがなも書けないけれど、毎日練習すれば書けるようになる。毎日書いていればあの男も楽しみにして読んでくれるはずと、ドキドキしながらやって来た。

 住所はわからないものの、男の家だけは知っている。自分で郵便受けに手紙を投げ込んで、男に届けたげよう。

 人には容易に見えない小さな角が、頭のてっぺんでうきうきと弾んでいた。


 それから手紙を手にしては外道を秘密裏に通う毎日は楽しかった。男に喜んで欲しくて始めたものに日々喜んでいたのは、小さな女の子の方だったのだ。

 季節はいつの間にか実りの秋。冬越えの為に鬼は総出で準備するため、お手伝いが忙しかった小さな女の子は中々外道を通えずにいた。多忙なまま年を越して、家族におめでとうの挨拶をすませると、ようやく時間ができた。小さな女の子は息を弾ませて男の家の郵便受けを目指した。

 分厚い新聞の上へ上手に手紙を載せようと思ったが背が足りない。仕方がないので分厚い新聞の下へ手紙を入れた。

 気が付いてくれるかな

 帰りも走った小さな女の子は、白い息が弾んで、ほっぺが真っ赤になった。

 外道を通る事が少しずつ難しくなってきた。まさか人の世へ通い過ぎて、自分の鬼の力が弱まったのかと心配になった小さな女の子だったが、大人たちもみんなしんどいなあと言っているのを聞いた。それで半分は安心したけれど、ずっと外道を通える訳じゃないんだと気が付いた。


 その晩、小さな女の子はいつもよりももっと集中して、とびきり丁寧な文字で手紙を書いた。

「こんにちは 
わたしがおにだとわかったらおこりますか。
おにでもいいですか。
おにはすきですか・・・
おともだちになってもいいですか」

 男からも初めて手紙を貰った。嬉しくて角がむずむずした。男からの手紙を家に持ち帰ってから読んだ。少し鼻がつんとしたけれど、笹の葉で拭いてから読んだ。

「おれと おともだちになるのは やめておきなさい。ともだちが ほしいなら ほいくえんに いってごらんなさい。たくさんいますから」

 お友達にはなれないと言われて、小さな女の子は悲しかった。ぽろんと涙も出た。それでも初めて貰った手紙のお礼を伝えたくて、やっぱり次の日も外道を通ることにした。屋根裏で鉛筆を手に文字を認めていると、外を歩く大人たちの会話が聞こえてきた。

 大人たちは今夜あたりからまた外道が塞がると噂していた。結界の力が強まるらしい。あちらにしかない薬草などは備蓄で賄おうと相談していたから本当の話なんだと女の子は理解した。それで手紙に「さようなら」と書き加えた。

「おてがみありがとう。うれしかったです。さようなら」

 小さな女の子は外道をしっかりと踏みしめて歩いた。途中で外道を引き返してくる大人の鬼二人と出くわして、とっさに身を隠した。隠れた場所で小さな女の子は、結界は春ごろに弱まるという話を聞いた。

 また会いに行けるんだ。

 小さな女の子は鉛筆で書いた文字を薄くする内緒葉ないしょばを使って、急ぎ「さようなら」の文字だけを消した。

 もっと大きくなってから、また来よう。私すぐに大きくなれる。お友達にはなって貰えなくても、お手紙は書いてくれるかもしれない。


―おにはたくさんたべます。

 人間たちはそこを外道と呼んで忌み嫌っている。その外道に迷い込んだという人間の話によると、鬼は子どもでもものすごく食べる生き物らしい。米一俵なんて朝飯前の話らしい。

 男の将来は前途多難か有望か、これは人知れず展開されてゆく、全ては鬼のみぞ知る物語である。

                                  
                            おしまい

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