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どこかの私のパラレルワールド、6月13日。


そのトンネルはとても長くて、出口は全く見えなかった。
ナビが古いのか、トンネル自体も表示されていない。
僕はあくびをしながらハンドルを握る。


「今年も、半分来ちゃったね」

彼女が横でため息をついたので僕は驚いた。
もう六月。でも実感がない。
まるで自分たちの日常が何者かに食べられてしまったような感じだった。



今年はとてもおかしな年だ。
春はいつもより早い春一番に綺麗さっぱり吹き飛ばされてそのまま行方不明になった。
だから今年は桜を見ていない。
さよならもはじめましても同時に吹き飛ばされ、春がそこにいた形跡もなかった。

しかしきっと今年はそういう年なのだろう。

夏はアイスのように溶けて消えるだろうし、
秋は落ち葉で埋め尽くされて見えないだろうし、
冬は寒さで記憶が凍ってしまう。

僕らは、現実感もなく
されるがままに流れ
ただそこにいるだけの日々を送るのだ。



ラジオから音楽が流れて来る。
聞いた事がある曲だった。

「このアーティスト話題になってるよね、ほら」

彼女がスマホを見せて来る。
SNSのトレンドに名前が載っていた。

ラジオのアーティストは叫ぶ。
「黙るな 自分を殺すな
 僕たちの叫びをない物にするな」
歌詞はハッシュタグにも使われ、
SNSにはどこの誰のだか分からない無数の叫びが溢れかえっていた。


僕は、徐々に遠くからやって来るその感情に気付かない振りをする。
度々あることだ。
歌声と叫びが、体の中の鐘を鳴らす。
でも今はただ存在しないと……ただただ生きていかないと。



「書いてないの?」
「えぇ?」

彼女が急にそんなこと言うから、僕は変な声が出てしまった。

「本…最近読んでないなって思って」
「あ、まあ……」

彼女はじっとこちらを見ている。
トンネルの先はまだ見えない。
ライトが、僕の体を横切っては消える。

暫しの間のあと、僕は答えた。


「でもいつか、書くよ。…書かなきゃいけない気がする」



今はみんな亡霊のように生きて、
されるがままに流れ
ただそこにいるだけの日々を送るのだろう。
それが大事な時だってある。


でもいつか、足の底を伝わって、電波に乗って、自分だけの合図が来たら。
僕は前のめりになりながら大声で喚き散らし叫ぶだろう。
春一番で空に舞い上がった、僕と誰かの無数の言葉たちを。





2020.6月

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