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赤い靴の旅


玄関に二つ並んだ、真っ赤な靴。

それは少女のお気に入りの靴だった
所々少し傷んで味が出ている
優しい少女はその靴を毎日磨き、とても大事にしていた。

でも赤い靴は荒っぽくて少女とは正反対の性格だった
だいたいの靴は主人の見てない所でワックスを使って「自分磨き」をするが彼は決してそんなことはしなかった
「みんな主人に媚びやがって」
赤い靴は主人なんか要らないと思っていた
「俺は一人でどこへだって行けるんだから」

ある日、玄関のドアが大きく開け放たれていた
外からふわふわと黄色い光が差し込んでいる
これはチャンスだ、と思った
赤い靴はドアから外に飛び出した

彼はワクワクした気持ちだった
普段少女と一緒だと行けないような鬱蒼と木々が生い茂る森の中も、
「進入禁止」の看板の奥の奥にも、
秘密基地みたいな朽ちた工場の中にも赤い靴は入っていった
途中で追いかけてきた犬は怖かったが、
靴はあの子と違って逃げ足が早かったので
すぐに回避することができた
冒険はとても刺激的で楽しかった

赤い靴はどこまでも歩き、ついに遠くの海までやってきた
すっかり日は沈み、辺りは暗く静まり返っている
海は月の光を反射してキラキラと輝いていた
夜の海を見たことがなかった赤い靴は、美しい海にとても感動した

波はザブザブと寄せては引き、を繰り返していた
「あの向こうには何があるんだろう」
赤い靴は海に向かって歩き出した
ザザーン、と波が大きな音を立てる
しかし、目の前で強く引いていく波を見て、彼ははじめて恐ろしくなった

黒くて大きな 揺らめく塊。
表面はキラキラしているがどこか寂しげで、
海が何を考えているか赤い靴は全く分からなかった
少女といた時はこんな恐ろしいものを見たことがなかったな。
この大きな塊が突如口を開け、
あるいは出来心でちょっと舌を出しただけで
自分はペロリと飲み込まれてしまう
そう思った

「あの子がいれば、少しだけ入って、戻ることができるのに」

赤い靴は一人では行けない場所があることに気づいた
あの子と一緒だと行ける場所があることにも気づいた
街灯のない真っ暗な夜道を、赤い靴は息を切らして走って帰った。


朝。
赤い靴はピカピカで誇らしげだった
朝食を食べ終えた少女が玄関に走ってくる
いつもよりピカピカのその靴を見た少女は不思議そうな顔をしたが
いくつもの靴の中から、少女は赤い靴を選んで履いた
そんなに悪い気分じゃないな、と赤い靴は思う。


でも彼の性格はそうそう大きく変わらない
次はどこにいこう。
赤い靴はまた、無防備に玄関が開け放たれるのを待っている。

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