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うつしおみ

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真実を求めてこの世界を旅する魂の物語。
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2023年5月の記事一覧

うつしおみ 第29話 無明と灯火

光と闇が渦巻く世界で、 魂はどこに行けばいいか分からずにいる。 魂たちはそれぞれ闇雲に歩くため、 幾度もぶつかり合い、朦朧としている。 誰ひとりとして確かなことを知らず、 その苛立ちと悲しみに力が奪われる。 見渡せば茫漠とした世界の中で、 一体、何を知ればいいというのだろうか。 夜明けの一瞬の輝きに歓びもするが、 それさえ夜には闇へと吸い込まれてしまう。 世界に魂の救済がないならば、 世界が魂に救済を求めているのか。 そんな救済など、手のひらさえ見えない闇夜の森で

うつしおみ 第28話 流転の果てに

流転する世界の苦い痛みに耐えかねた魂は、 深い森の静寂へと救いを求める。 蒼空は灼熱の世界を眺めているだけで、 手を伸ばしても見知らぬ振りをするだけ。 闇夜に消えてしまえば楽にはなれるが、 それでもあの道は残されている。 世界は我が魂を虚空より引き戻し、 険しい岩山の風雪に晒して絶望に落とすだろう。 魂はその世界で虚ろにさまよい、 凍りついた涙が何の役にも立たないと知るのだ。 世界は魂に何かを伝えようとするが、 甲高い雑音混じりの小声が風に掻き消されるだけ。 蒼空

うつしおみ 第27話 森の静寂

森の奥深く、魂はそこで立ち止まって、 自分が生きているのを感じてみた。 新緑の森では風が花の香を運び、 楽しげな鳥たちの鳴き声が響いている。 それらは夢のように過ぎ去っていくのだが、 魂が生きていることは明らかな現実なのだ。 その証となる心臓の鼓動が、 そこに在る圧倒的な静寂の中に飲み込まれていく。 ふと見上げれば、 木立の向こうに青空が見え、雲がゆっくりと流れていた。 魂はあの空に消えてしまいたいと願うが、 この大地が足をつかんで離さない。 自分のあまりにも小さ

うつしおみ 第26話 魂の輝き

世界の境界をさまよう魂は、 その身体に美しい宝石を散りばめている。 壮麗な見た目ではあるのだが、 それが重い枷となり境界を超えられないでいる。 魂はその重さに耐えながら、 あえぐような足取りで虹色の境界を歩く。 そこで宝石はひとつまたひとつと剥がれて世界に還り、 気づけば暗闇で身ひとつになっている。 それに怯えた魂は、慌てて世界から宝石を拾い集めるが、 それもまた涙のように流れて消える。 魂はその境界で無防備にも裸にされ、 そこで真実に耐えうるかが試されている。

うつしおみ 第25話 古の記憶

悠久の時を擁する空の漆黒に、 小さな魂たちは儚げに瞬く。 その魂たちは、流れる夜空の下で、 果てしない銀河を旅する夢を見ている。 だが、夜明けの空が白く染まれば、 そんな夢は色あせた記憶の幻になるのだ。 夢の中では我が存在に触れることができず、 魂は幾度となく空の漆黒に落ちて消える。 小さな魂など、誕生した瞬間に、 はかなくも消滅する運命を抱えているのだ。 そこに誕生しても何が出来るわけでもなく、 その身体が砂と砕けて夜空に散るのを待つだけ。 それでも、その小さき

うつしおみ 第24話 真実の光

明日、光にあふれる空が隠され、 深い雲の中に迷い込んで、途方に暮れるだろう。 目の前には冷たい風が吹き荒れ、 道は深い雪に埋もれて、ここがどこだか分からない。 誰かが明日はいい天気だと言ったが、 実際に世界がそうなるとは限らないのだ。 じっと待っていれば雲は晴れるかもしれないが、 すでに身体は半分も雪に埋もれている。 そのまま目を閉じて夢の世界に落ちるのか、 それとも暗い森へと逃げて寒さに震えるか。 その選択に正しいも間違いもなく、 ただ、そこから運命が紡ぎ出されて

うつしおみ 第23話 想いの場所

世界では何事も思い通りにならず、 いたずらに蒼き時だけが悠々と過ぎ去っていく。 あるとき、空から降る光のように想いがひらめいて、 魂は思わずそれを捕まえようと手を伸ばす。 想いはすぐに世界の影に滑り込んで見えなくなったが、 魂はその場所を見つけて、必死にそれを探し始める。 世界には色とりどりの落ち葉が厚く積もっていて、 なかなかその想いを見つけることができない。 時の木は魂の目を美しい落ち葉でさえぎり、 何も見つけられないようにそれを巧妙に隠している。 魂は何かが与

うつしおみ 第22話 河底の希望

遊び疲れた太陽の季節は、 眠りにつくために河底へと落ちていく。 そのとき、色とりどりの記憶が風に舞って、 最後の森を美しく染めるのだ。 蒼き大河の流れはゆったりと、 それでいて力強く季節を先へと導いていく。 すべてを押し流すこの深い河の、 どこに救いの手があるというのだろうか。 魂たちは為すすべもなく、 流されるままに季節を泳ぎ続けているのだ。 魂の抵抗さえも流れの中にあり、 その水面にさえ手が届かない。 河底の美しい夢に心を奪われれば、 抵抗する気持ちさえ失われ

うつしおみ 第17話 真夜中の雨

真夜中に降る雨は、 忘れていた懐かしい記憶が心の扉を叩く音になる。 だが、私はその記憶を、 そのまま夢の出来事にしておこうとする。 ただ心地よい眠りのなかで、 遠雷に雨が歌うよう祈る声を聴いていたのだ。 私はそこでただ雨の奏でる音の、 哀愁に酔いしれていただけ。 この幸せな気持ちを逃さぬよう、 その扉には黒い鉄の鍵がかけてある。 その扉を叩く記憶は悲しい声になり、 深い闇の誘いに引かれ、再び眠りに落ちていく。 雨があの記憶の匂いを運んできても、 頑強な鍵を開ける言

うつしおみ 第14話 道なき大地

生まれたばかりの私は、 震える足で大地に立ち、彼方の地平線を見た。 小さな私にとって、大地はあまりに広すぎて、 そこでただ立ち尽くすしかなかった。 空はさらに広大で、 それを想像することすらあきらめたのだ。 ここで私はいったい何をすればいいのか、 分からなかった。 そこで考えを巡らしても、 何かが分かるわけではない。 私は思い切って一歩を踏み出したが、 なぜかまだ同じ場所にいた。 早足で歩きそして駆け出したが、 その場所から離れることができない。 それからずっと

うつしおみ 第12話 古の瞑想者

時空間を見渡せば、 真実に目覚めていない人などひとりもいない。 夜空に輝く星のように、 すべての人がそれに目覚めている。 古の時代にひとりの瞑想者が目覚めた瞬間、 それはすべてに起こったのだ。 ただ、それを誰もが知るには、 あまりにも時空が離れ過ぎてしまった。 この世界に流れる時間と広漠な場所とが、 目覚めの波及を遅らせる。 その時空間が瞬間の抵抗となり、 人々はまだ真夜中の眠りに沈んでいる。 それでも、その古の瞑想者は、 すでにすべてが目覚めたと知っている。

うつしおみ 第11話 変わらないもの

崩れ落ちていく世界に、 無言の眼差しを向けてその時を待つ。 世界は崩壊したその瓦礫の深みより 何かを生み出そうとする。 たとえ灰燼に帰しても、 その鈍い痛みのあとにあの解放が起こるのだ。 瓦礫に埋もれていたその種は芽吹く時を知り、 暗闇の中で目を覚ます。 最初のその芽はあまりに弱く、 砂に落ちる涙のしずくのように消え去る。 それでも絶え間なく芽吹き、 やがて瓦礫の山を鮮やかな緑色で覆うのだ。 それは森になり、躍動する生命に満たされ、 光り輝く大河の流れとなるだろう

うつしおみ 第20話 空の叫び

遠い世界のどこかで叫ぶ声が、 あの澄んだ空を伝って届けられた。 それが真実なのか分からず、 私は空を見上げたままじっとしている。 何事かを求める世界には、 いつも希望か絶望かが訪ね来る。 それで空には叫び声が絶えず、 私も困惑して、ついに叫び返すのだ。 私の叫びは雀たちの鳴き声になって、 小さな庭を飛び跳ねる。 そんな世界をどう理解すればいいのか、 腕を組み眉間に皺を寄せてうつむくしかない。 それで何かが分かるわけでもなく、 結局、世界の甘い香りに心奪われていく。

うつしおみ 第21話 夏の終わり

まばゆい日差しが雨に変われば、 またあの凍てつく冬が来るのだと思い出す。 それまでの夏祭りの賑わいが、 誰もいない夜の森の静けさに落ちていく。 そこで楽しき日々は終わり、 やがて雪風に身を震わせながら凍った土を掘るのだ。 そこで何を探しているのかも分からず、 私は心の果てに暗闇ばかりを見てため息をつく。 小さな氷の跳ねるきらめきに心躍るも、 それはすぐに溶けて幽谷の闇に消える。 それが消えたところへと、あの凍った大地の底へと、 私は逃げ惑う泥魚のように潜るのだ。