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【連載小説】『小さな悲劇で満ちたこの世界で』 20. 中野和歌子

【これまでのお話】
プロローグ
1. 硝子のマリア像 2. 不器用な教え子
3. 弱い男
4. 都合のいい夫
5. 好奇心
6. 悲劇の未亡人
7. 刑事たち
8. 交わる運命
9. 未亡人の告白
10. 藤原美羽
11. 不幸な少女
12. 消えた未亡人
13. 脱出
14. 長野刑務所
15. 姉妹のような2人
16. 息子、日向
17. 秘密の帰結
18. USBメモリー
19. マリアの罪

20. 中野和歌子
 
 大学のキャンパスに来ていた刑事さんから、ちょうどその日、城島刑事と袴田刑事が関東に出張したと聞きました。ああ、時が来たなと思いました。澤口美羽の人生はここまでだなって悟りました。
 私は、名古屋に来て、圭ちゃんに出会って、また幸せに感じ始めていました。だからこそ、再び幸せが壊れてしまう日に備えて準備を始めました。二度と準備は怠らないと誓っていたからです。
 持ち出せる現金が約1,000万円、コインが17個で約6,000万円分ありました。イギリスの自分の口座のお金は、約13万ポンド、日本円にして約2,500万円になっていました。圭ちゃんが死んだあとも、澤口貿易の仕事を手伝うときに少しずつ引き出したものです。
 なかちゃんと呼ばれていたホームレスから、その人が持っていたすべての身分証明証である免許証と年金手帳を買いました。そして、パスポートを申請しました。
 ちょうどよい女性のホームレスを探すのは大変で、私より8歳も年上の人しか見つかりませんでした。護国神社の近くの年末の炊き出し場で知り合い、身寄りがいないことを確認しました。2年ほど経って、なかちゃんは亡くなりました。交通事故だったそうです。お気の毒でしたが、私はほっとしました。
 ただ、こういう風に準備したものは、できる限り使わないでいたかったです。使うということは、私の幸せがまた壊れてしまったということを意味するからです。
 幸せを積み上げては失うということをいつまで繰り返せばよいのでしょうか。私はいつまで生きるんだと自分を鼓舞し続けることができるのでしょうか。
 大学から急いで帰宅し、大学通勤用のビジネスリュックに中野和歌子用の衣類や化粧品、洗面具を詰めました。
 コインをお財布に入れ、現金150万円の入った封筒、中野和歌子の身分証明証全部と眼鏡をショルダーバッグに入れました。
 そして、日向のためにすき焼きを作ろうと、買い出しに出かけました。
 夕食のとき、何も知らないで美味しそうにすき焼きを頬張る日向を見て、何度も涙が出そうになりました。
 でも、不用意に日向を巻き込むことはできないと決めていました。澤口家にいれば、日向は少なくとも安全に、経済的にもなんの心配もなく暮らせます。
 私がいなくなり、ニュースになれば辛い思いをするでしょうが、私と一緒になんの保証もない逃亡生活をするよりはずっとましです。
 いつか、なんらかの方法で必ず私が日向を見捨てたのではなく、いつも、どこにいても愛していることを伝えようと思いました。
 翌日、日向が学校から帰ると、研究会があるから遅くなると言って、澤口の両親に日向を託しました。澤口邸を出たその足で、中部国際空港に向かいました。
 空港のトイレでセーターとジーンズに着替え、髪をまとめて毛糸の帽子をすっぽりと被り、メガネを掛けました。中野和歌子として、翌朝8時55分発の上海経由ヒースロー行きの飛行機のチケットを買いました。
 予約カウンターで、現金で払うと言うと一瞬、怪訝な顔をされました。「自己破産してまだカードが作れなくて」と小声で言うと、気の毒そうな顔で手続きしてくれました。
 空港の店で、スーツケースやパッキング用の小物入れ、衣類、洗面道具、はさみ、本2冊を買いました。
 空港隣接のホテルに部屋を取り、髪を切って、パッキングしました。切った髪は、海外持ち出し制限を超える分の現金12万円と一緒に紙袋に入れてゴミ箱に捨てました。
 そして、ゆっくりお風呂に入りました。浴槽に浸かっていると、今までのいろいろなことが思い出されました。茨城の祖父母のこと、母のこと、美羽のこと、大学時代、博物館時代、圭ちゃんのこと、澤口の両親のこと、そして日向のこと。
 次から次に涙が溢れてきました。声にならない声が、獣の唸り声のような嗚咽となって漏れました。シャワーのお湯を出して、自分の声をかき消そうとしました。長い間、気の済むまでそうしていました。
 入浴を済ませ、髪を乾かし、ルームサービスで日向の好きなエビフライの付いたメニューを頼みました。また涙が出てきました。
 泣きながら夕食を済ませ、5時にアラームをかけ、午前3時頃眠りにつきました。
 短時間の睡眠のあと、身支度を整え、ポットで湯を沸かし、部屋にあったコーヒーを淹れました。普段は入れない砂糖を入れて、時間をかけて飲みました。
 6時になるのを待って、ホテルを現金でチェックアウトし、セントレアの第1ターミナルの3階に向かいました。
 私のスーツケースがJALのカウンターの前のX線検査を通過するのを見て、なんだか滑稽に感じました。
 スーツケースを預け、搭乗券を受け取りました。セキュリティチェック、出国審査を通過し、19番ゲートに向かいました。
 搭乗ゲートの椅子に座り、現実感がないまま外をずっと眺めていました。疲れのためか、頭がぼぉっとして何も考えられませんでした。
 8時を少し回ったところで搭乗の案内が始まりました。私の座席のグループが呼ばれ、私はゲートのグラウンドホステスに笑顔で搭乗券を手渡しました。
 笑顔と一緒に戻ってきた搭乗券を受け取りました。私は、中野和歌子として、上海行きのJAL883便に乗り込みました。(つづく


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