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我が家の最高級のレストラン(五感を超過する刺激) #3

「ハニーハニーレストラン」それが、我が家にとっての最高級のレストランであった。

ケンタッキーフライドチキンに「カーネル叔父さん」がいるように、創業者カーネルサンダースが店舗の前で微笑み”優しいお祖父さんのフライドチキンが食べたい”と思い店舗に足を運びたくなった衝動は誰もが感じた事だろう。世界最大のファーストフード店マクドナルドもまた、陽気な道化師ウィラード•スコットをモデルとした「ロナルド•マクドナルド」が両手を広げベンチに腰掛けている。1963年、当時米国のマクドナルドが生み出し、アメリカ児童の90%以上が認知する米国最大の宣伝キャラクターとなった。子供には親しみやすいエンターテイナーに見えるのだろうが、見方によっては心のない笑みを浮かべるピエロのような恐ろしい陰の参謀者にも見える。

同じようにまた、田舎町のファミリーレストラン「ハニーハニーレストラン」にもマスコットキャラクターが存在した。二頭身の歪な体型をした大きな顔は、クリッとした瞳で覆われており不気味なほどに笑いかけてくる。黄色と黒がシマシマになった洋服を着用し、驚くほど短い右手でほぼ背丈と同じくらいのスプーンを誇らしげに持っている。その無邪気な笑顔で出迎える蜂のマスコットはレストランの入り口に堂々と待ち構えていた。店舗は黄色と黒を基調とした壁や椅子で施工されており、トイレの壁にまでイラストで描かれたポップな蜂の塗装がなされている。今思い返せば、恐ろしく落ち着かないレストランであるが、小学一年生でかつ貧しかった当時の僕の瞳には、夢の国のように見えるのであった。

「ハニーハニーハンバーグ」を必ず子供達は注文した。言い方を変えるなら注文せざるを得なかった。ハンバーグが好きな子供は世の中に多いが、パフェやケーキなどの”装飾品”を横に並べられても尚ハンバーグを選ぶ子供はさほどいないと思う。
「何を食べてもいいけど一人一個まで」これが小柄な母と無邪気な子供3人の密約であった。
「ハンバーグとパフェは一緒に食べちゃいけない?」
女の子である姉は、向かいの席の女の子がパフェを美味しそうに食べる姿を横目に質問する。パフェやケーキなどの多彩な彩りを放つ食べ物を拵える、そんな素敵な自分を感じたいと姉は強く感じていたのだろう。
「一緒に食べちゃうと美味しさは半分になっちゃうの。例えば、水と牛乳があるでしょ?それぞれは美味しいけど、混ぜちゃったら全然美味しくないでしょ?」
母は当然のように答えた。
子供達3人は互いの顔を見合わせ、ただただ肯いた。食べ物の世界に関して、様々な味を知っているのはこの小さな家族の中では母だけであり、ニコラウス•コペルニクスが提唱した地動説のように母の言葉は世の中の一般的な考え方である事が証明されているものだと感じるのであった。母が表現したその例えはジュースでもなくデザートでもなく”水”と”牛乳”であったのは、幼き3人の食の評論家への最大限の配慮であったのかもしれない。

子供達にとって肉は普段の食卓では感じることのできない魅惑の五感を刺激した。薄口の味噌と水っけのある米の味からは想像できないこれまでもかと言うくらいの味がした。普段学校の帰り道で豊かな家庭から匂う温かい香りもそこから散漫に放たれていた。また、何よりも牛肉と豚肉が闘志をむき出し人間の手によって混同させられた獣の味は”噛む感覚”というのを感じさせるのであった。人間という生き物が古代の恐竜や百獣の王であるライオンと同じ動物である事を気づかされるかのように、肉というものを噛み締める喜びは何ものにも代え難いものがあった。

視・聴・嗅(きゅう)・味・触の五つの感覚は、過去の経験により形成される。それまで感じることなかった出来事に出会った時、それらは瞬間的にこれまでの枠組みを超え未知の領域に踏み込む驚きを感じる。そしてその刺激は、喜びとなり悲しみとなり、また一つその人の五感を形成していく。こうして人はこれらの感覚によって外界の状態を認識し自分でしか感じることの出来ない唯一無二の世界を創り上げていくのだ。

記憶の中にある秘密 #2
最高級のレストランへの招待状 #4

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