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ラストキス

あまり知らない布団の中で目覚めた午前10時 のろのろと起き上がってパンツを探した 最後にカシミヤのコートを着て扉を開くと、 春の空気に包まれた。 空は柔らかいブルーで、 立ち寄った花屋に溢れるのは黄色 ミモザ、ラナンキュラス、チューリップ 陽の光を凝縮したように輝く花たち さて、帰って洗濯でもしようか。と思った矢先に 小田急の運転見合わせのアナウンスが。 わずかな時間でホームは人で溢れかえる その様子にうんざりして早々に諦めて改札を抜けた ふらりと線路沿いを辿ると見つ

    • 静物の前で

      濡れる銅の肌 春の終わり 白い粒子に包まれた彫刻と君と私 咲き乱れる石楠花 磨かれた石の表面に反射して上下に広がる濃い紅色 横に立つ君のことを見つめた 見つめたい、奥の方まで。知りたい。 でもこの頃の私は君のことがまるで見えなくて。 私の目の中にある丸太が大きすぎて潰れそうだ めいいっぱいに広がる年輪に慄いて瞬きをした ぱっとこちらを向く君の顔 見えた。君の眼にも燃ゆる花たち

      • オレンジの散歩道

        君がお気に入りだと言っていたそのパーカー 君がくれたこのキャップ ほてって血色感のある君の頬 僕の頬にはそばかす 銭湯で温まった体に流し込んだジュース 甘酸っぱいジュースはヒヤヒヤ瓶の中 今日は月が隠れているから 僕たちの散歩道を照らしているのは街灯 全部オレンジ色だね。 時々キラキラして見えるのは雨上がりの草花 水分をたくさん含んだ光の粒子が 自由に動いているそんな夜。 ゆったりと歩く春、君、僕

        • マグノリア

          背が高くて、ツンと上を向いた小さな顔 いつも空を見ているその視線は 僕とは全く交わらない。 春の嵐の中、堂々と咲く姿が美しい 見上げても見上げても届かない その白い肩に口付けることを夢見て今日も眠る

        ラストキス

          点っていた

          気がついたら点っていた ふわりと。 その時にあなたの灯りも何故か見えた 確信はないけどあなたの瞳の奥を見つめると その瞳は赤く灯っているように見えた あなたから贈られる視線は やわらかくて、あたたかくて、いい心地だ 大事に燃やしていた ぽわりと。 でもあなたの灯りはいつの日か見えなくなった 急にあたりは暗くなったようだ 私は私の灯りを信じたかった でも見失ってしまったんだ 灯りは消えてしまったんだ 煙だけが充満していた ゆるりと。 鼻が痛くて、目が痛くて、涙が出る 足元

          点っていた

          正午、冬の喫茶店

          分け合う体温 微睡の午前11時 何度も息継ぎする眠り 空は灰色でツンと冷たい空気 ひんやり頬を濡らす細かい雨が漂っていた 腹を空かせた2人は近くの喫茶店へ向かった あたたかいごはんとコーヒー 有線から流れるジャズと話し声 食器が軽くぶつかる音たち 雑音と暖かさと満腹感が眠気を引き寄せた 目を閉じて、 熱すぎるコーヒーを啜ると、 知らない香水の匂いが混じっていて、 肌の温度を思い出したりした。

          正午、冬の喫茶店

          月面散歩

          回る惑星たち キミと出会って、 初めて月に行っちゃったんだ。 2人で真空の中を散歩した。 真新しい雪のように、 まだ誰も踏みしめたことのない月面に足跡を残した。 浮いてどこかに行ってしまわないように、指を絡めて、 掌が重なると安心した。 あたりは真っ暗で何も見えなかった。 でも君の肌についた星が見えて、それにくちづけした。 月が回る。 2つある足跡。 それを独りで辿るのは少しさみしい。 君との月への旅は 名前を忘れちゃった星みたいに そっとそっと毎日夜空に浮かん

          月面散歩

          雪解

          年の瀬 この12ヶ月の愛しい日々 君と過ごした他愛のない時間や共に見た新しい景色を 各駅停車のように少しずつなぞった あたたかくて、やわらかい光を含んだ瞬間が 私の心のフォルダを満たしている 君といたからこそ美しく見えた世界を 懐かしく思って。 少しだけ心を痛めて… 君もこうやって思い出したりするのかな? 君と見た海より、朝日より、花火より 特別な景色が見れるのかな 見たいな。 そんな雪解を心待ちにして 静かに時を進める大晦日を追いかけた。

          種のない柿

          種のない柿が多いらしい この頃は。 瑞々しくて美味しくて何個でも食べたいな ただ柔らかくて甘い。 なんの苦さも酸っぱさもない 本当の実なのかなって不思議に感じてしまう。 奥にある核がほしくて、 皮を齧り果肉を噛み果汁を啜った しかしそこには無かった。 実は朽ちる、その後に 何も残りはしない。 空虚でくだらないことだわ。

          種のない柿

          花火

          菊の花たち 綺麗に開いて消えた。 今日は晴れ。 涙を落としても、 風を吹かせても、 残る煙。 夜の藍の上に白い靄 星空なんて一向に見えなくて、 いつまでもぼやけている。 それももう終わりにしたい、 ばいばい。

          秋と灰と朱

          秋は空が曇っているほうがいい 黒や紺の外套に身を包んで俯く 湿気と熱気で蒸す車内 ガラスには白い水滴の膜 定まらない焦点 ぼやけた世界が走り去っていく 流れる景色、目につく朱 灰色の中、映えているあの木 枝の先まで憤るその血潮に嫉妬する 空と私の境目は曖昧だ 靄に包まれた秋の末。 燃えているあの葉だけは輪郭を保ち、 強く、美しい。 深く瞳の奥に逃げる残像を追いかけて

          秋と灰と朱

          最後のデート

          ずっと思ってたんやけどさ、 うん。なにー? …あの三角ってなんやろ。 三角? そう建物の窓についてるやつ。 …えーなんやろな。

          最後のデート

          2023.12.9

          闇の中、 音が流れ込んできた。匂いが現れた。 人の動きひとつひとつが視える。 光を見ていた目は眩んで像を残していた。 さらりと流れる波、 ふわりと舞う膜。 ひっそりと押し寄せる恐怖、 それと同時にやってくる安心。 やってくる光は怪物のように見えて、 でも水のようにやさしく感じる。 隣に寄り添う闇は砂のように心地よい。 温かくて、冷たい。 このまま呑み込まれることを許して 身を委ねたとしたら 私は何になるのだろうか。 光を見ているのか 闇に視られているのか 光に

          2023.12.9

          2023.11.9

          視界を横切る光のビーズ 長ーいビーズ ごとんごとん わたしは空の下に座っていた 何かが変わると思ってなんとなく来た東京 でも何かが勝手に変わるということはなく 何がしたいかもわからぬまま、 ただ情報量の多い街で、社会に消費されていく 私が私を使って私をすり減らしていく 無意味な日々を過ごしてる。 ほんとうにしたいことはなんなんだろう 若いから何でもできる、若いから何をしてもいい、 その何が何なのか、明確になる時はあるのか。 漠然とした未来と、大きな街に飲み込まれて、 そ

          2023.11.9

          ココアで充して

          あちこちに燻るしろい曲線 ハリボテの古い城の中 ストローをクリームソーダにさす まっすぐ奥まで沈んで、少し浮いて斜め 斜め前のあの人は背中を丸めて本に夢中 机の上で静止しているホットココア 二つとも半分より多く残っている かき混ぜられてマーブルになったクリームとココア ココアは冷たくなった私の体を温めてくれた。 肩を寄せて体温を分けてくれるのあの子は 少しずつ擦り減っていく私を充してくれる。

          ココアで充して

          俯く時があってもとびきりの笑顔を君に向けたいのに 最近はもういっそ切り落としてしまいたい気持ちなの。 堕ちて朽ちていくよりは 落ちずに枯れていくあの花の方がましかしら