マガジンのカバー画像

逆噴射小説大賞2023 個人的に好きな作品

48
運営しているクリエイター

#クリエイターフェス

「迦陵頻伽(かりょうびんが)の仔は西へ」

「迦陵頻伽(かりょうびんが)の仔は西へ」

 身の丈七尺の大柄。左肩の上には塵避けの外套を纏った少女。入唐後の二年半で良嗣が集めた衆目は数知れず、今も四人の男の視線を浴びている。

 左肩でオトが呟いた。
「別に辞めなくたって」
 二人は商隊と共に砂漠を征き、西域を目指していた。昨晩オトの寝具を捲った商人に、良嗣が鉄拳を振るうまでは。
「奴らは信用できん」
「割符はどうすんの」
 陽関の関所を通る術が無ければ、敦煌からの──否、海をも越えた

もっとみる

『カバリとジャンには、夜がお似合い』

 彼の敵前逃亡は、小隊の運命には何の影響も与えなかった。路地の奥で殺された人数が、ただ七から六に減っただけだ。だがその夜は彼を、永遠に変えてしまった。

 路地を、まるで連なる川獺のように小隊は進んだ。最後尾の彼だけが、分かれ道の手前で立ち止まった。兵士たちは低い姿勢のまま暗がりへ消えてゆく。おれは捨石の、囮役を引き受けたのだという言い訳を彼は考えた。自分一人だけなら逃げられる可能性がある。彼には

もっとみる
「青き憤怒 赤き慈悲」

「青き憤怒 赤き慈悲」

 柔い背に刺棒を挿れる度、琉の華奢な身体は悶え、施術台を微かに揺らす。
 額の汗を拭い、俺は慎重に輪郭線を彫る。
 もう後戻りはできない。
 深呼吸。顔料の鈍い香りで気を静めると、十年来の教えが脳裏に蘇る。

「尋、邪念は敵だ。心が絵に表れる」

 師匠は姿を消し、人の背を切り刻む悪鬼へ堕ちた。
 発端は、俺の背が青く染まった日。



 一週間前。幾年も耐え忍び待ち望んだ独立の記念に、俺は自作

もっとみる

ドラゴンアンドデートドラッグ

「ヤバい」

 わたしが復唱するとボスは首を振る。そうじゃねえ、今回ばかりはマジでヤバいんだ。何かに乗り上げて軽自動車が宙を跳んだ。がくん。着地の衝撃。車はガタガタの道をかっ飛んでいる。

「市街地にドラゴンが出た。それはいい。俺の責任じゃねえ。クスリ積んだトラックが検問に引っかかった。それもいい。織込み済みだ。ゲートのポリ公にいくらか握らせればいい。必要経費だ。全然ヤバくない。おいミンミン!行先

もっとみる