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組織ナレッジベースの開発実践

おそらくどの組織でも多かれ少なかれある悩みとして「うちの組織ではノウハウやベストプラクティスといった知見が従業員の間でうまく共有されていない」ということがあるのではないでしょうか。たとえば生産管理における規則やノウハウから営業の提案書や顧客事例に至るまで、あらゆる業種のあらゆる職種で「知見の共有」が必要になってきます。

「ナレッジベース」の構築という、この昔からある分野は、未だに多くの組織で課題になっているということは単純にシステムを導入したら完成というように単純にはいかないことを物語っています。今回の記事では、理論ではなく実際の組織で導入するにあたって何を気をつけるべきなのか、実践から学んだ内容を紹介します。

30年前からあるナレッジベースの概念

コンピュータに様々な知識、知見を貯める、という「ナレッジベース」(かつては知識ベースとも呼ばれた) という概念は、パソコンやインターネットが個人に広く普及する前から存在しました。1990年代になり、企業や個人でパソコンを活用するようになり、企業内ネットワークやインターネットが使われるようになってくると、身近な場所でナレッジベースの実装が行われるようになってきました。

企業内ネットワークでは、Lotus Notesのようなクライアント・サーバー方式で利用できるソフトウェアをナレッジベースとして活用する動きが広がっていきました。その後、Microsoft SharePointやサイボウズなど、様々なソフトウェアが活用されるようになりました。

成功事例、失敗事例

業種業態によって様々な理由やきっかけがあるにせよ、今までにほぼすべての組織でナレッジベースの構築を行った経験があるはずです。しかし、多くの組織では作ったナレッジベースが途中で頓挫したり使われなくなったりという課題があるようです。

私も、マイクロソフトでSharePointをはじめとするOffice 365 (現在のMicrosoft 365)のプロダクトマネージャ (マーケティング) や開発チームを経験したり、その後も自組織やお客様/パートナーにおける数多くのナレッジベース構築の成功事例、失敗事例を見てきました。

ナレッジベースは経営者が課題意識を持つ場合と、現場で課題意識を持つ場合があります。このどちらが発案するかによってもナレッジベースの作られ方、運用のされ方が違ってきます。あわせて、成功事例、失敗事例にも特徴が出てきます。ここではいくつかの典型的な失敗事例を挙げてみたいと思います。

製品毎に複数のナレッジベースが生まれてしまう

よくあるパターンとして、現場でナレッジベースの作成を企画して作成する際に、組織間の横連携をせずに製品毎にナレッジベースを作ってしまうことがあります。現場が作り手の論理で作ってしまったナレッジベースは、新製品が出たタイミングでコンテンツが整備されたものの、利用者側の営業に使ってもらえず、しばらくすると塩漬けのサイトになってしまいます。

営業からすると、製品毎に色々なサイトを見に行かないといけないのは億劫であり、かつ製品毎の提案を行っているわけではないので、このような作りのサイトは使い勝手が悪いのです。

作ったナレッジベースが使われない

次は、経営側が組織横断でひとつのナレッジベースを作るケースです。複数の製品やサービスが一箇所に置かれ、世界中の営業がみんな見るように指示されます。

コンテンツ作成にも継続的に予算が付き、常に新しいコンテンツが一箇所に情報が置かれることは大変良いのですが、営業のアクセスは伸びませんでした。営業からは「現場感のあるコンテンツが少なかった」「存在を知らなかったメンバーも多かった」という意見が挙がっていました。

組織ナレッジベースの成功に必要な3要素

貴方の組織のナレッジベースを構築する際には、ここに挙げたような失敗事例と同じ轍は踏まないようにしなければなりません。私はいろいろな事例を見て来た結果、ナレッジベース構築が成功するためには、大きく3つの要素を考える必要があると考えています。

図: 組織ナレッジベース成功に必要な3要素

コンテンツ

まずは、利用者がナレッジベースを見に来る一番の理由になる「コンテンツ」を充実させる必要があります。正しく役に立つ最新のコンテンツを常に掲載しておく必要がある一方、利用者が求める内容を掲載する必要があります。営業向けのナレッジベースであれば以下のような要素を考える必要があります。

● 標準提案資料、よくある質問集、動画・デモ、調査レポート、事例等のコンテンツを準備
● すべての提案対象 (取引先の担当者、CxO向け、現業部門担当者向け等)
● 課題ベースとテクノロジベースの両方のパターンの提案内容
● 製品部門による常に最新のオフィシャルな標準資料として準備
● 商談の進め方の流れ・ガイドの用意
● いざというときの専門家の問い合わせ先を準備

この中で特に重要なのは、継続的にコンテンツを更新し続けることができる体制を作ることです。よくあるのが途中で力尽きて更新が止まってしまうケースで、そうすると利用者が目に見えて減っていきます。

コンテンツの部分は業種業態や目的によって、提供内容や見せ方に色々なノウハウがありますが、この記事ではその部分は詳しく触れません。

インフラ

次に重要なのはナレッジベースを構築するインフラです。ナレッジベース構築のための専門のツールやソフトウェアもありますが、今や多くの組織に導入されているMicrosoft 365 に付属のSharePointにもナレッジベース構築のための機能が実装されています。営業向けのナレッジベースであれば以下のような要素を考える必要があります。

● イントラネットから検索可能であること
● イントラネットとシングルサインオンであること
● 複数の関係部門と調整してサイトは統一すること
● 営業が普段見ている場所に配置すること (中央化、分散化の判断)
● タクソノミを適切に定義してコンテンツをタグ付けする
● PC、モバイル、事業所のLAN環境、シェアオフィスや自宅などの外部インターネット環境、外出先などあらゆる環境からのアクセスが可能
● 世界中から使う場合は輸出規制や個人情報等の規制を考慮した配置

この中で特に重要なのは、ナレッジベースの存在を知らない潜在的な利用者も自然とナレッジベースに誘導してコンテンツを利用できるようにすることです。組織のポータルからリンクを貼ることといったリンクの導線を貼ったり、組織内にお知らせメールを定期的に出したりすることも、それなりに重要ではあります。

しかし、最近は企業内イントラネットも情報量が膨大になってきており、組織のポータルの役割は相対的に低下、インターネットの場合と同じように組織内検索エンジンの活用が必要になってきています。そう、まさにYahoo! ディレクトリが終了してGoogle検索に取って替わられたようにです。

組織で通常使っているイントラネットとシングルサインオンでつながっており、普通に検索するとナレッジベースに入っている結果も表示されるようになっていることが、利用促進のための重要な要素となってきています。特にイントラネットで使っている標準のポータルと違うツールを導入する場合は注意が必要で、必ずシングルサインオンと検索機能の連携が可能なものを導入しましょう。

加えて、複数の国と地域で使う場合は、対応言語や対応製品に違いも出てくるため、世界中で単一のサイトを使うのか、国と地域、言語毎に別々に作成するのかは状況に応じた判断が必要になります。分散して作成する場合にも、オフィシャルなコンテンツは中央からそれぞれのサイトに常にアップロードできる仕組みを確保しておきましょう。

コミュニティ

最後に、忘れがちなのですがかなり重要な要素として考える必要があるのが利用者の「コミュニティ」の巻き込みと活用です。作成者側の論理だけでコンテンツとインフラを作成してしまうと、利用者側からは不要で使いづらいナレッジベースになってしまい、いずれ使われなくなってしまいます。

営業向けのナレッジベースであれば以下のような要素を考える必要があります。

● 利用者となる各部門、国と地域の代表者を計画時から参加させる
● できる営業によって作成された現場の提案資料を取り込む仕組み
● 現場の営業や提案先のお客様からの意見を反映させる仕組みの構築
● ナレッジベース正式リリース後に利用者と共同で利用促進のトレーニングやイベントを実施

結局のところ営業が欲しいのは「大型商談を仕留めた隣の営業が使った提案ノウハウ」であるため、製品部門ではない同じ営業がお客様目線に立って作成した資料は大きな価値となります。このような「コミュニティコンテンツ」を取り込む仕組みが必要になります。

また、コンテンツの内容は現場目線に立ちすぎていても製品部門の目線になりすぎていてもバランスが悪くなります。利用者側からフィードバックはもちろんのこと、プレゼンのプロであるエバンジェリストなど、両者の中間に立って両方の目線で物事を考えられる人からのアドバイスも取り入れることも重要です。

利用促進施策も、利用者側を最初から巻き込んで企画、実行したほうが、利用者側のニーズを的確に捉えた効率的な実施に繋がります。

また、利用者が使い方や内容などに疑問があったときにすぐに聞ける窓口の設置や、できればそれは社内SNS等で全員に見えて、質問と回答がどんどん公開されて蓄積されていく形で行われることが望ましいです。

まとめ: 実践で気をつけるポイント

以上のことをまとめると、組織のナレッジベース構築の実践にあたっては、特に気をつけるべきポイントを踏まえることが重要となってきます。

継続できる仕組みの導入

ナレッジベースの運営にある程度の人員と予算を継続的にかけられるように、あらかじめ計画しておく必要があります。また、あまり人員や予算をかけすぎると年度が変わったときに人員や予算が削られたときに頓挫してしまうことにもなるため、必要最小限で省エネで回せる仕組みを早めに確立することも意識が必要です。

作成者と利用者の双方のニーズを取り持つ視点

ナレッジベースが継続的に利用者から使われるためには、利用者のニーズを満たし続ける必要があります。一方で作成者側がやりたかったことも、その枠の中で実装していくことが求められます。

利用者コミュニティの活用

作成者側だけでナレッジベースを運営するのではなく、利用者側も最初から巻き込んだ運営体制をあらかじめ設計しておきましょう。コミュニティの力が強いほど、よいコンテンツが継続的に掲載され、利用者側も活発に利用するようになります。いわば「ナレッジベース運用のカスタマーサクセス」です。

組織ナレッジベースの構築にはインフラ以外の要素もかなり重要なものがあることがご理解いただけたと思います。

それではまた!

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