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B2Bマーケティングに対する期待値コントロール #2

前回の記事では、マーケティングが持つ意味は会社や経営陣の理解度によって異なる、他部門に対するマーケティング部門の成果の期待値設定と見込み客生成や認知度向上の計測に関する課題や一般的にあるであろう悩みについて共有しました。今回の記事では、他のマーケティング施策における期待値設定のポイントについて述べたいと思います。

前回の記事:

デジタルセールス

「デジタルセールス」とは、その名の通りさまざまなデジタル技術やITツールを駆使してセールスを行う営業手法のことです。その中心にはインサイドセールスと呼ばれる電話営業が置かれます。電話営業という形態は昔から存在しますが、デジタルセールスを単なる「電話営業」「テレアポ」「テレマ」と捉えるのは間違えです。

デジタルセールスはMarketing Automation等のデジタルツールに組み込まれる形で他のデジタル施策と連動して動いたり、インテントデータなど顧客志向をキャッチするデジタルツールを活用するなどして、機能 "単体" で動くのではなく "システム" として動くところが従来と大きく異なります

KPIについてもデジタルセールス部分のコンバージョン率や商談単価を見るとともに、システム全体のKPIを見て評価します。特に、Marketing Automationツールを使っている場合、デジタルセールスがファネル内に組み込まれているかどうかで、コンバージョン率に大きく影響してきます。富士通でも、デジタルセールスの実装を行っています。

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ただし、デジタルセールスがうまく活躍できるかどうかは、売り物が現場に行かなくても売り切れるクラウド仕様になっているかどうか、営業チームとの役割分担が合意できているかどうか、によって変わってきます。つまり、マーケティング側で単純にデジタルセールス部門だけ準備すればよいわけではなく、商品開発部門、営業部門との合意や密な連携が必須で、これらの下に初めて効果を発揮できます。

そのため、商品開発部門や営業部門にデジタルセールスの手法についての理解があることが求められ、マーケティング部門は日頃からその必要性や成果を商品開発部門や営業部門にインプットしておき合意を得る必要があります。

ABM、チャネル・コミュニティ・インフルエンサーアプローチ

B2Bビジネスでは、自社の営業が普段コンタクトしている顧客の連絡先以外に意思決定者がいることが多い (CxO等) ため、大手顧客については相手社内のなるべく多くの意思決定者と直接連絡が取れる状態にするべく、営業とマーケティングがタッグを組んで特定顧客の複数の連絡先の発掘をアカウントプランに入れることが多いです。これをABM (Account Based Marketing)と呼びます。富士通も海外を中心に早くからABMに取り組んできています

ABMを行うには様々な方法があります。"マーケティング" と付いているのでマーケティング部門のみが取り組むと思われる方もいるかも知れませんが、ABMはどちらかというとむしろ営業施策であり、マーケティングは補助的に支援をする場合もあれば営業部門だけで実施する場合もあります。また、具体的な方法論というよりは概念に近い単語です。デジタルセールスやデジタルツールも含めてどのような支援をマーケティング部門がすべきかは、言葉に惑わされない合意が営業部門との間に求められます。

また、直販営業は大抵の場合大手顧客で手一杯になるため、それ以外の規模の顧客や新規顧客は別の手法に任せることが多いです。営業部門とマーケティング部門が連携して以下のような手法を行います。

  • チャネルアプローチ: 協力会社 (もしくはパートナー企業) に自社商品を販売してもらう販売網やそのためのプログラム、報酬体系を作ります。

  • コミュニティアプローチ: 自社商品のファンやユーザーを集めてコミュニティを結成し、該当商品についての情報共有、価値向上、理解促進、浸透、フィードバック取得による改善、継続利用の促進 (カスタマーサクセス) 等様々な取り組みを行います。

  • インフルエンサーアプローチ: 業界で有名で発言に影響力があるな個人、有名なユーザー事例企業、もしくは第三者の調査機関に自社商品を推奨してもらうことにより販売を促進します。

いずれのアプローチも、マーケティング部門が単体で行うよりも、営業部門や商品開発部門と役割分担をしながら一緒に実施したほうがより高い効果が得られます。しかし、組織や企業によっては、営業部門やマーケティング部門がそれぞれ独自で取り組んでいる場合もあり、お互い相手は必要ないと思いこんでいることも多々あります。マーケティング部門は効果を見える化してその有用性や必要性を営業部門と常に合意しておく必要があります。

商品を売れるようにする仕組みづくり

ここまでは、主に対顧客への施策の話でした。しかし、マーケティングの役割は顧客接点への取り組みやプロモーション施策だけではありません。

SI企業の商品ポートフォリオトランスフォーメーション

前の記事で、マーケティングの目的は「(顧客を良く理解した上で)セリング (販売活動) を不要にすること」「売れる仕組みを実装すること」と書きました。そのためには商品そのものへの売れる仕組みの実装が不可欠です。「マーケティングの4P」で言えば、今までの話はPlace (売る場所つまり顧客接点)、Promotion (プロモーション施策)だけでしたが、それに加えてProduct (商品)、Price (値段を含むビジネスモデル)で売れる仕組みを実装することが必須となり、ここにもマーケティングの貢献が必要です。

商品やその値段というのは、その組織や企業の存在の根幹にも関わってくる話です。たとえば富士通のようなシステムインテグレーション (SI) を中心に生計を立てている企業におけるマーケティングと、AmazonのようなB2Cで安価なものを多く売っている企業、さらにはB2Bでもマイクロソフトのようにクラウドサービスを販売して実装は行わない企業とではビジネスモデル、お金の取りどころ、売れるようにするための仕組みはすべて異なってきます。

SIに関して言うと、ビジネスモデルは各顧客に個別に人月を費やして顧客が考えるベストなシステムを既製品とゼロからの開発を組み合わせて作り上げることでした。まだ汎用品で良いものがなかった時代には、顧客はこの手法を好みました。ベンダー側の企業からすると、商品は各顧客ごとにバラバラに作り上げるため、SI企業の間では、大手顧客接点さえ持っていれば究極的にはマーケティングは無くてもいいものだと考えられていたことが多かったようです。これは富士通も例外ではありません。

しかし、良い既製品が手に入るようになり、いろいろな企業が様々なニーズに合った決めの細かいクラウドサービスを出すようになってくると、人月をかけて手組みのシステムを構築する必要が少なくなって来るため、SI企業は人月売り以外の別の商品体系を考える必要が出てきます。商品体系も、各顧客ごとに別々に導入していた商品が多数存在していたものを、コストを減らして利益を確保するために商品ポートフォリオを整理して多数ある商品の数を減らし、横展開が可能な少数の商品に絞るトランスフォーメーションが必要になります。

商品ポートフォリオにおけるソケット / 幹 / 枝葉の概念

実は、B2B向けによく練られた商品ポートフォリオは、決して多数の商品を商品棚に並べません。商品は少数に絞り関連するものはまとめてひとつのパッケージとした上で、営業が順序立てて商品を販売できるようにすることで、入り口の商品数を数点に絞ります。(営業が一度に集中できる優先施策はせいぜい3つ迄の為!)

加えて、最終的な利益率や競合との競争についても、長期的な顧客価値を考えて短期的な利益のみを追求しない体系を設計することが望ましいです。たとえば入り口の商品 (ソケット)には、利益率が低くても売上が小さくても、営業が持っていきやすく、それを入れてしまうと競合他社が他の商品を入れづらくなるような性質の商品を置きます。いわゆる "ドアノッカー商材" と呼ばれているものです。

その後に続く商品として、"幹" のように太くて利益が取れる市場も大きい主力商品を置いておくようにします。ここで売上と利益を大きく取れるように設計します。その後は様々なニーズに応えられるようにきめ細かい様々なオプション商品を "枝葉" として用意します。こうして、主力商品が売れた後も継続的に売上が上がるような仕組みを作ります。世の中でシェアを取っているB2B商品の商品体系を見てみると、このような設計になっていることが多いですので、具体的な例を見て考えてみてください。

商品体系のまとめ方 - ソケット (根) / 幹 / 枝葉

また、値段設定についても人月のような単純な従量課金だとキャッシュフロー的には明快であるものの提供できるリソースにビジネスの大きさが比例するため、自ずとビジネスの上限が見えてしまいます。先行投資やコストをベンダー側で被るリスクもありますが、コストシェアリングを顧客全体で行い顧客が増えるほど商品の価値が増大する "スケール可能なビジネスモデル" を作ることを検討しても良いかもしれません。

そして、このような横展開とスケールが可能な商品とビジネスモデルの設計を行うにあたっても、マーケティング部門の力が本来は必要です。もう一度書きますが、マーケティングの目的は「(顧客を良く理解した上で)セリング (販売活動) を不要にすること」「売れる仕組みを実装すること」です。これらの仕組みが商品やビジネスモデルに埋め込まれていれば、顧客接点やプロモーション施策を行う以前に競合他社に対して大きな差別化を行うことが可能となります。

課題は、このことを商品開発部門がきちんと理解しているかどうかです。日本の大手IT企業はこれが大きく遅れているように思えます。私が過去に在籍していたマイクロソフトのような外資系企業でも、このことが最初からできていたわけではなく、マーケティング部門が商品開発部門を数年をかけて説得し、試行錯誤の上、売れる仕組みの実装を実現しています。私が所属する富士通でも、時間はかかるかもしれませんが、商品ポートフォリオのトランスフォーメーションを行い売れる仕組みを実装することに貢献していきたいと思っています。

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顧客の声を集める役割は全社員で

「顧客の声を集める」ということをマーケティング部門に期待している経営者もいるかも知れません。マーケティング部門はさまざまな顧客接点を持っているために、そこから組織、商品、従業員等についてのフィードバックを集めて企業活動に役立てるという発想は正しいです。

ただし、顧客の声の収集をマーケティング部門だけに任せるのは間違えです。顧客の声の収集は顧客接点を持つ全ての部門、営業部門、サポート部門、そして場合によっては総務部門や法務部門、人事部門なども顧客と接点を持って活動しており、マーケティング部門はこれらのすべての部門で行われる声の収集方法を一本化して全体で活用できるようにするというオーケストレーションの役割を担います。このオーケストレーションの仕組みが組織内にない場合、各部門で行われている声の収集がその部門の狭い範囲にとどまってしまったり全社的に活用する動きに結びつかないことが多いです。

マーケティングはマーケティング部門だけで行うものだけではなく、従業員全員でマーケティングを行うという「全員マーケティング」の意識をすべての従業員が持つことが重要になってきます。顧客は従業員がどの部門に所属していようと同じように見てきますから。

組織外部の視点を取り入れる

以上、マーケティング部門が営業部門、商品開発部門、経営者等とどのように期待値を設定していけばいいか、またそのときの課題について主な項目を挙げてみました。マーケティング部門できちんとKPIを立てて成果を出したとしても、それを理解できる他部門のトップや経営者が少ないことも見てきました。

組織内のステークホルダーを説得する際に効果的なのが、社外の力を使うことです。社外で有力なサイトに取り上げられたり表彰を受けたりすることで、組織内のステークホルダーに「うちのマーケティング部門は実はすごいんだ」と思わせる手段です。一種の「社内向けインフルエンサーアプローチ」です。

私が所属する富士通でも、たとえばInterbrandのような世界的に有名な機関のランキングに載せていただいており、インタビュー記事も掲載いただいています。

また、デジタルセールスやマーケティング人材の育成の取り組みについても外部の機関と連携をして組織外の人々はもちろんのこと、組織内のステークホルダーにも見てもらえるようになっています。

あわせて、たとえば広告やCMのような世の中に広く出回るプロモーション活動についても、顧客の他に従業員をターゲットに設定している場合があります。当社も全世界に13万人の従業員がいますが、これだけの従業員に一つの方向を向いてもらうには組織内の力だけではなく、組織外のツールも使って「インフルエンス」をしていく必要があります。

マーケティングは組織内の "バリューオーケストレーター"

この記事では、マーケティングが組織内外の様々な部門やステークホルダーと連携して期待値設定を行う方法について見てきました。これらのことから言えることは、マーケティング部門は顧客接点から商品のビジネスモデルの設計に至るまで組織内の様々な組織をつなぎ、ひとつの "価値ある仕組み" として動くようにするための「バリューオーケストレーター」であるという言い方ができるでしょう。

通常は情報共有や人材交流の希薄さや、考え方の違いから組織間には壁があり、なかなかひとつの仕組みとして動かないのですが、マーケティング部門が介在することで、売れる仕組みを組織横断で作り上げ "価値ある仕組み" を作り上げることが可能となります。故にマーケッターには組織内のすべての部門と話をして調整を行えるだけの前提知識と高いコミュニケーション能力、そして使える選択肢はすべてうまく活用していく器用さが求められるわけです。

逆に、貴方の組織でマーケティング部門が機能していないと思う場合、マーケティング部門のバリューオーケストレーション機能がうまく動いていない場合が多いのです。マーケティング部門が組織内のステークホルダーと適切なコミュニケーションができているかどうかを確認してみましょう。

最後までお読み頂きありがとうございました!それではまた!

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