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市場は一社では作られない

ビジネスプランを作るにあたって、どのように成長戦略を作るかはとても重要です。特に新規の製品やサービスを作ろうとする場合、どのように対象市場、対象顧客を決めていくかは戦略の要になります。スタートアップの場合、このビジネスプランの決め方次第で企業価値が大きく変動することもあります。この記事では新規ビジネスプランを作成していく際の市場の捉え方、考えるべきことについて考察します。

対象顧客と需要

自分たちが開発しようとする製品やサービスを企画する際に、まず考えることは「それはどのような顧客の何の需要を満たすのか」です。ここで顧客と需要は、自分が考えるよりも一歩引いて「より抽象的に」そして「連想・発想の新結合」を取り入れて考えてみてください。

たとえば、分かり易い例で行くと、携帯電話は昔は「音声通話が出来、身につけられる機器」でした。この枠の中だけで考えると、顧客からの生の声を聞くことで、デバイスを薄く軽くするとか、バッテリーを長く持たせるとか、音声品質をあげるとか、通話エリアを広げるといった発想しか出てきません。

しかし、一歩引いて顧客の需要を考えてみると、その場で誰かと通話をするということは「その場でコミュニケーションを取りたい」「その場で情報を知りたい」「その場で指示をしたい」といった需要がありそうなことが分かります。そうすると、音声通話に留まらないテキストメッセージや人とのつながりであるソーシャルメディア、もしくは情報のやり取りを行うアプリといった「スマートフォン」の発想が生まれます。

よくやりがちな方法として、自分の身の周りの顧客が言うことを全部聞いて積み重ねていくことが行われています。顧客の声を聞くことはたしかに大事なのですが、顧客が言っていることはあくまでその時顕在化している需要のみです。それを鵜呑みにしてそのまま開発を行ってしまうと、先進性、汎用性がなく、ある部分が過剰品質になっている製品やサービスができあがってしまうので、よく注意しましょう。多くの日本企業の製品やサービスによくありがちです。

顧客の声を集めたら、それを踏まえて一旦一歩下がって抽象化・モデル化して、連想・発想の新結合を行い声の裏にある本質的な事柄や潜在的な需要を掘り起こす作業を行いましょう。

Total Addressable Market (TAM)とは

製品やサービスの潜在性を見ていく指標として、Total Addressable Market (TAM) と呼ばれるものを考えます。これはその製品やサービスの分野で「実現可能な最大市場規模」です。

ちなみに、シェアは100%の状態、供給側や需要側の未熟さ (製品やサービス、チャネルの未熟さ、価格のミスマッチ、まだ日本語だけで英語化していない、顕在化していない需要)もすべて解決した状態を考えます。つまり、ビジネス上発生するすべての課題を解決すると、その分野でどれだけのビジネスが成立するのか、という長期的な潜在性を見るための指標です。言い換えると、この分野における「顧客の総需要」ということになります。

たとえば、先程のスマートフォンでいうと、「世界の総人口約80億人」がTAMとして考えられます。TAMは究極的な需要なので、スマホを買えない貧しい人がいる/スマホの値段が高すぎる、とか、まだ電波が来ていない地域がある、などの課題は解決したものとして考えます。すべての問題が解決したとして、「人はみんな一台スマホを持ちたい」という需要があるならば、世界の総人口をTAMと定義することができます。また、場合によってはビジネス用と個人用でスマホを複数台持つといった需要も考えられるので、その場合はその需要を別途算入します。加えて、今後人口が増えていけば、TAMは広がっていきます。

TAMは製品やサービスによって様々な計算の方法があり、企業にひとつずつ売れるものなら「総企業数」をTAMとしますし、あるいは「GDPの5%くらいをデジタルトランスフォーメーションにかけるだろう」といった考え方もあります※1。ロジックを作る際には、人口、企業数等の短期間で見ると不変量とみなせるものに注目すると作りやすいです。この辺はビジネスプランをどう計画していくかを考える際の考えどころとなります。

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出典: 日本マイクロソフト

TAMと市場調査で求められる市場規模との違い

ところで、TAMが究極的な需要だとすると、特定商品を想定した特定のセグメント顧客の需要で当面追求すべき目標市場や、企業が実際に取得可能な短期的売上目標を表す指標も存在します。それぞれ、SAM (Serviceable Available Market)SOM (Serviceable Obtainable Market) と呼びます。SOMはSAMの一部、SAMはTAMの一部となっています。

SAMでは、たとえば価格帯を高価格帯の対象顧客に限定する、言語を日本語に限定する、といった条件をつけます。SOMでは、さらに特定の製品やサービスが持っている特徴やチャネルの制限等から実際に獲得可能な市場規模を導き出します。

実際に製品やサービスの潜在性を見ていく際に、調査会社が行っている市場規模の数字を参考にして割り出そうとする場合があるでしょう。ただし、この時に出てくる市場規模の数字はTAMではなくSAMに近いものであり、この中での特定商品が持つシェアはSOMに近いものです。

市場調査で出ている数字は、あくまでも顕在化している需要のみであり、特に成長が著しかったり変化の激しい市場では、市場調査の値だけを見ていると、SAMやSOMの数字と先行きを見誤ってしまいます。市場調査における将来市場規模の予測値は、あくまでの直近の傾向を線形に外挿した数字なので、将来起こるかもしれない非連続な変化などは考慮されていません。また、TAM、SAM、SOMはそれぞれ意味が異なりますので、混同しないようにしましょう。

市場調査の数値はどう作られる?

ちなみに、調査会社がどのように市場調査を行っているかも知っておくと、その数字をどう読めばいいかがわかってきます。私自身も新規の市場調査の立ち上げを行ったり、逆に調査会社の聞き取りを受けたことがありますが、調査会社では、まず市場を定義し、次にその市場での主要プレイヤーを選び出します。

その次のステップは需要側である利用顧客に調査をかける方法と、供給側であるプレイヤー企業やそのチャネル企業に調査をかける方法があります。需要側の関係者数は供給側の関係者数よりも多いため、前者に調査をかける場合は、サンプリング調査を行い統計処理を行うのが普通です。(ごく稀に需要側の動向を全数把握できる仕組みがある場合もあります) この方法は大規模な調査のために費用がかかるという理由から、調査会社単独というよりはスポンサーが付いた状態で行うことが多いです。

後者に調査をかける場合は、主要プレイヤー企業とその主要チャネル企業と面談を行い、そこからおおよそのビジネス規模を推測します。もちろん、売上規模は彼らにとって機密情報なので、調査会社が聞いてもすんなり教えてくれるわけはありません。そこは調査会社との普段からの関係性や情報交換の中から調査会社がうまくやるところで、腕の見せ所です。ビジネス規模の推測ができると、「その他のプレイヤー」や「その他のチャネル」の規模を推測し、数値をはじき出します。この手法はプレイヤーやチャネルの数が多かったり、市場成長率が高い場合にはとても大変になり、調査会社泣かせになります。

その市場の競合は誰か

多くの製品やサービスを持っている大企業で市場分析を行う場合、市場分析をする際に、ついつい調査会社がはじき出した数字だけを見てしまいがちです。しかし、先程、市場調査の数字はプレイヤー企業の数字の積み上げとして作られていることを学びました。プレイヤー企業とは、つまり自社競合企業です。

特に新規参入を考えている場合、市場の競合の顔ぶれを確認し、正しい市場を選んでいるかを確認しましょう。市場調査においてはそれを出している調査会社が「市場」の枠を決めています。市場の枠を決める際は、B2Bの場合は、通常は対象となる製品やサービスの商談の中で出てくる他の製品やサービスのプレイヤー企業を競合と位置づけます。(逆に言うと、商談であたらないプレイヤー同士は競合ではありません。) しかし、市場によっては調査会社によって定義や範囲が微妙に違う場合や、テクノロジーの進化によって市場の統合や整理が行われる場合もあります。

たとえば、10年以上前は「電話会議市場」「テレビ会議市場」「Web会議市場」「テレプレゼンス市場」はすべて異なる市場として定義されていました。これらはすべてリモートで音声や映像などを伝送してコミュニケーションを行うツールの市場でした。これらにはそれぞれ異なるプレイヤーがいて、商談で競合になる企業が異なっていました。しかし、テクノロジーの進化によって、市場間の垣根がなくなってきました

このような場合、どの市場を意識するかによって市場での戦い方もかなり変わって来るため、どの市場と競合を意識するかがとても重要になります。

市場は一社では作られない

通常の市場では、プレイヤーが4-5社くらいは存在し、トッププレイヤーでもシェアは30-40%くらいのことが多いです。市場の寡占化が進むと、トッププレイヤーのシェアが60-70%以上にもなることもありますが、そのような市場はあまり多くありません。

先程のTAMの議論では、市場シェアは100%の状態を考えましたが、実際に1プレイヤーが100%のシェアを取れることはほぼありません。また、仮に100%だとすると、それはもはや市場ではなくなります。需要側は1社の供給者からのみ商品を受け取り、商品の内容、価格等について交渉の余地がなくなるからです。実際の市場には、必ず2社以上のプレイヤーがいて競合しています

そのため、ビジネスプランを作成するにあたっては、競合分析をよく行うことが求められます。市場調査の数字は見ているけど競合企業は見ていないというのは、市場調査がきちんと出来ていないことになります。

己を知り相手を知り顧客を知るところから始めよう

最後に重要なことは、自社の特徴、つまり「何故自社なのか (Why you?)」を明らかにすることです。市場を客観的に外から見るときは自社のことは横においておくことが多いですが、ビジネスプランにおいてその市場でなぜ自社がシェアを取れるのかを考える際には、「なぜ他社でなく自社がシェアを取れるのか」をきちんと考え抜く必要があります。

自社についてはついつい見積もりが甘くなりがちですが、ここは客観的に外から自社を眺めて、得意な点、苦手な点をきちんと分析して、苦手な点の特徴を抑えて得意な点で市場を抑えられるかどうかを冷静に分析しましょう。長い間同じ会社に勤めていると、第三者からの客観的な視点で自社を見ることが難しくなりがちですが、社外の人にも協力を仰ぐとか社外から転職してきた人に話を聞くなどして、常に客観的な視点を持っておきましょう

自社の他に、顧客の特徴、競合他社の特徴を把握して抜け漏れのないビジネスプランを作成しましょう。自社、顧客、競合の分析の視点は、いわゆる「3C分析」(Company、Customer、Competitor) と呼ばれるものです。3C分析は、製品やサービスのビジネスプランを作成したり市場分析を行ったりする際の基本動作になりますので、しっかり身につけましょう。


※1 マイクロソフトがデジタルトランスフォーメーション市場を測るのに用いた考え方

参考記事:


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