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抑圧と解放

突然ですが、大きなタンクを想像してください。タンクの中には謎の液体が入っていて、下から熱するとその液体は気化して、一定量の気体が溜まるとタンクのてっぺんの煙突から、蒸気機関のようにポッポー!となります。いつも軽快なポッポー!をする為には、たまにネジを緩めて、分解して、サビや劣化を確認し、部品ごとに洗ったり磨いたり、定期的なメンテナンスをしなくてはなりません。新品同様にはならなくても、限界までピカピカにした部品を新たに組み立て直すことで、再びシッカリとした密封が可能なタンクに生まれ変わり、圧力に耐えて、元気なポッポーが可能となります。アドレナリン全開に溜まった圧力を気持ちよく解放できる瞬間は、常日頃の小まめなメンテナンスに支えられているのです。

何をタンクに例えているか、(まあ、お分かりですよね)それは人間の器です。精神的、肉体的、両方の意味での器。全開のポッポー!に持ち堪えられるタンク、つまり健康な精神と身体。それを維持して行くための、メンテナンスについて、考えてみました。

肉体的部品のメンテナンスは、老化と向き合いながら、食生活や睡眠、運動を見直して実行する事。シンプルです。精神的部品メンテナンスは、ズバリ内省、自己内を省みる事。様々な事象に対面して自然と湧いてくる感情を、変に爆発させず、ポタポタ垂れ流さず、いい具合にガス抜きなり、自己実現なりできる器のメンテナンス、周りへの配慮としても大切な自己管理です。

肉体的には、ただやるかやらないかの世界なので、やるべき事を明日からと言わず、思い立ったが吉日でシンプルなのですが、問題は精神的なメンテナンスの方法論。無意識レベルで、処理されているものを、あえて言葉にしてみようと思います。

ぽっかりとした空白の時間に脱力し、過去を振り返り、現状の足元を見つめ直し、どこがどれだけ成長したのか、盲点や見落としはないか、今自分は自分に嘘をついていないか、誤魔化しやすり替えや転嫁をしていないか、幸せを感じているか、辛さを感じているか、併せてフィジカル面でも改めて睡眠、栄養状態、運動量などを客観的に振り返り、様々な角度から、自分の今の現実にアンケートをとり、鏡に移して体型をチェックするように、己を見つめ直します。そして、分解し分析し、再構成します。この時点で盲点だった新しい自分を再発見する事も、ままあります。

そもそも何のために、そこまでメンテナンスをするのか。何故圧力に耐える必要があるのか。それは、圧力がかかった時にこそ成長が促進されるからです。下から熱せられ、蓋をされて、グラグラと液体が気化するタンクの中で、化学変化を起こしながら生まれる新しい学び、それをポッポーとする瞬間、解放の中で自らの新しい着地点を見つけたり、新たな発見をしたりするのです。そんな経験ありませんか。人生の転機など、大きな壁を前にしたり、成長点において、誰しもの体内で、そんな現象が起きているのではないかと私は思っています。

抑圧と解放。
限界ギリギリの抑圧や、自分が全く望まない、自分に何の非もない理不尽や不条理な抑圧、その抑圧から何も良い発見や成長など結果が生まれない類のそれは、する必要は全くなく、むしろ精神や肉体を病むだけで、解放の美も着地点もポッポーもへったくれもありません。

目標や課題があり、そこに向かうのを邪魔する欲望や怠け心や倦怠感、逃避願望、過剰な自己顕示欲、自分の弱点などを制御し、しっかりと現実と向き合うための抑圧は、葛藤と克服、発見や飛躍、つまり成長を促進し、その目標や課題の着地点を見つけた時、ポッポー!と溜まった圧力が解放されます。輝く財産の誕生です。そして、その成功体験は、次の跳び箱を飛ぶための踏み切り台のバネとなって、その後の人生に大きな力をもたらしたりもします。

必要な抑圧はどんどん自分に課して、小まめなメンテナンスをしながら、解放日を楽しむ事をルーティンとして、葛藤発見克服飛躍のリズムを身体で覚え、プロゲーマーが操るコントローラーのように、小気味良いステージクリアを繰り返して行きたい!いや、そんな簡単では抑圧の圧力も弱いし、そう簡単にクリアできないゲームのがやりがいがあるのと同じで、死なない程度にヘビー級なものを、失敗を繰り返しながらも、最後までめげない強さを持って挑んで行きたい!です。

新しい事にチャレンジする事は、自らに課題を課す事であり、わざわざ高い壁を自分の眼前に築く事であり、自ら抑圧を迎え入れる事になります。

最近、それを課してみました。
流し営業のDX対策、道具の改革を試みております。歌いながら似顔絵を描く生業を、使い慣れた画用紙と筆ペン25本(くらい)から、まだまだエキスパートとは言い難いiPadとペン一本に変えようとしています。一曲3〜5分の間に似顔絵を歌いながら描く、そこがとりあえずのクリア、そこからさらにクオリティを上げて行く、ひたすら練習の日々です。

アナログな紙とペンなら、芸歴約9年の歴史の中で動線も明確、ある程度余裕をもって描く事ができます。でも、iPadのお絵かきアプリでは、単純に絵を描くだけではなく、ブラシの切り替えやレイヤー分けなどの作業をしながらの作画になりますので、作業時間はどうしても3分では足りません。5分でギリギリ。あああ、曲がおわるー!と焦ってしまい、手がプチパニックでワチャワチャ。そんな状況で、歌が歌えるかどうかも未知の領域です。しかも、現場では、初めましてのお客様の似顔絵、細かくデッサンしている暇はありません。一瞬でとらえなくてはいけません。それを、歌いながら、、、我ながら無謀。

でも、もし、これを克服できたなら、大きな飛躍が待っているのは火を見るよりも明らか、エンターテイメントとしてのスキルアップ間違いなしです。だから、私は自らにスパルタな抑圧を課すのであります。コロナが明けて、流し営業が晴れて復活の日を迎える時、新しい技が着地点を見つけていたら、輝かしい解放が待っていると信じて、毎日ワチャワチャしています。

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コロナ禍において、誰もが等しく不条理で理不尽な必要のない抑圧下にあります。葛藤発見克服飛躍のリズムを刻みたくても、自分だけで完結できない種類の抑圧なので、解放には中々辿り着きません。でも、だからこそ、今しかできない、水面下での自己探求と飛躍が大切なのだと思いました。

ここ最近のnoteでは、そんなこんなの自己探求の記録として、アレコレ考えた事を綴り続けています。

緊急事態宣言も解除され、少しずつ制約も緩み、理不尽な抑圧が溶けて、活動範囲が広がって、光が見え始めている現在、出来る事を精一杯やっていきたいです。

というわけで、ここからはコマーシャル♪

まだまだ流し営業は来年以降ですが、この度約2年ぶりにライブをやらせていただける運びとなりました。

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渋谷lantern〜昼下がりの猫たち〜
11月14日日曜日
15:00 open 16:00 start
会場は、渋谷区丸山町神泉駅前のlanternさん。

コロナ前、まさに最初の緊急事態宣言の前々日に、lanternさんにてソロライブのリハーサルをしていました。延期に延期を重ねて中止になってしまって、もうすぐ2年。なんとまあ月日は百代の過客にして、早幾年ですね。その時のチケットを奇跡的にお持ちの方は、ライブチャージ無しでご来場いただけます

この9年、流し営業でもソロライブでも昭和歌謡と洋楽オールディーズなど、懐かしのあの頃を歌って参りました。今回は、新しいチャレンジとして、オリジナルを発表したいと思います!小椋佳先生に書いていただいた、オリジナルも歌いますが、今回のそれは、作詞作曲もオリジナルです!(曲は、共作ですが)まだ一曲しかありませんが、これから少しずつ増やして行きたいと思っております。お楽しみに!昭和歌謡やオールディーズも、勿論やります。

共演の赤嶺裕樹さんは、私のオリジナル曲の共作者であり、素晴らしい歌い手さんであり、おじさまを泣かせるギターを弾く、才能溢れるアーティストです。Google先生とかYouTubeとか、たくさん出てますので、是非検索してみてください。

新しいチャレンジ、セルフSMならぬセルフ抑圧プレイ、葛藤発見克服飛躍をお題目に唱えながら、コロナ禍の水面下を泳いで参りたいと思います。

応援よろしくお願い申し上げます!

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↑ホンモノの、"昼下がりの猫"です。
テト様13歳、鼻が悪くてイビキがヤバめ。
でも、最強可愛いおじーたん。

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