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すぐそこにある《事業計画》 (SS;3,000文字)

岸田君、散々な目に遭いましたね……。

いやあ、とんでもないことになってしまったなあ……。

「教頭先生、『とんでもないこと』っていうのは、ボクが児童会長に当選したことですか? ── しかも、岸田さんに圧倒的大差をつけて」

ああ……ところでユウタ君、キミ、当選を辞退するつもりはないか?

「教頭先生。小型の録音機がある現代に、そんなことはうっかり口にしない方がいいですよ」

う! あ……いやいや、念を押しただけだよ。……辞退して……トホホ……欲しくないけど、一応、確認することになってるんだ。

「辞退……しようかなあ?」

え、ホホホ、ホント?

「でも先生、圧倒的多数の支持を得て当選したボクが辞退する、と言ったら、教育者としての観点では、どうでしょうか?」

う! ……そそそ、それはいかんな!

「ですよね、ボクに投票してくれた人たちに対する裏切りですね。なので、辞退はしません」

だよね。……トホホホ。

「それで、なんでしょうか、ボクをこんな会議室に呼び出して。校長先生から新しい指令がおりてきたんですか?」

そそそ、そうなんだよ、あの野郎! ……ったく、汚れ仕事はすべてこっちだ!

「教頭先生もたいへんですね。定年まであと5年、なんとか校長に昇格したいところですもんね。……退職金の額も違ってくるし」

なんでそんなこと、知ってるんだ? ……ま、とにかく、キミの選挙公約についてなんだが……。

「何でしたっけ?」

とぼけるなよ。通知表改革の3本の矢 ── ➀ プロセス評価、➁ 360度評価、➂ 所見欄のポジティヴ表記、じゃないか。

「さすが! よく覚えていますね」

……なんとかならないかな。

「なりますよ」

え? ……また、えらくあっさりと。

「正確には、ボクのヴィジョンは、
『これまで決められていたことだから、これからも続けていく』ではなく、『誰かがおかしいんじゃないの、と思ったことを議論して、必要ならば見直しを行う』
です。確かに具体的提案として『通知表改革の3本の矢』? ── なんだかカッコいいな ── を挙げましたが、それだけじゃありません。児童会でしっかり議論して、実現可能な政策から実現していくつもりです」

そうか、良かった ── でも、ちょっと拍子抜けだな。通知表改革に信念を持っているのかと思ったよ。

「リーダーに必要なのは『信念ではなく、現実的であること』です。信念にこだわる政治家はむしろ厄介で、時に全国民を戦争の泥沼に引きずり込み、しかも、引き返す、という判断ができない」

うーん、児童会とはかなりかけ離れているが……ユウタくん、キミ、すごいな!

「ということで、通知表改革は環境が整ってから、ということにしましょう」

そりゃ、助かるよ……。

「通知表を改革するにしても、教育委員会や保護者への根回しをしなくてはなりません。そのためには《資金》が必要です」

《資金》? ま、まあ……確かにね。……でも、キミ……。

「そこで、児童会では最優先事項として、この学校の《財政改革》を行います」

え? ドーユーコト?

「保護者から集めている図書や実験道具などの学用品代、給食代、体操服代、遠足代、PTA会費 ── あ、PTAは1年以内に廃止しますが、とりあえず ── こうしたお金を段階的に無料化していきます」

えええっ! なに言ってんの? そんなことできるわけ……。

「ま、どこまでできるかはわかりませんが、一応、新しい児童会のキャッチフレーズは考えてあります。
みずかかせぐ児童会》
です」

ナニ、その『かせぐ』って! バイトでもしようってのか?

「違います。何をやるかは子供たちに自ら考えてもらいます。ほら、児童会の下部組織に委員会活動がありますよね? 対立候補の岸田さんは先生のパシリだって言ってたけど」

委員会活動って、風紀委員会とか、美化委員会とか、図書、園芸、飼育、放送、……あと何だっけ、それがどうしたの?

「それぞれの委員会に、いわば《校内起業》してもらいます。各委員長がベンチャー社長ですね。そして、委員会の間で《収益競争》をしてもらいます」

ええええっ! そんなのダメだ! 校内で、それも児童間でお金のやりとりなんて、とんでもない!

「教頭先生、興奮しないで。校内でお金のやりとりするわけではありません」

どういうことなんだ?

「ま、具体策 ── 《事業計画》は児童全員に考えてもらいます。アイディアが出ない時だけ、ボクがヒントを出しますが……」

え? まったくわからん! 想像できん! ヒヒヒヒ、ヒントをくれ! 今すぐくれ! ヒントくれないと判断できん! 校長に『子供の使いか!』と罵倒されちまう!

「ボクは子供ですから、『子供からの使い』では?」

頼む! 頼む! 教えてくれ! ヒントくれ!

「うーん。児童会や各委員会で企画立案してもらうのが一番の教育だと思うんだけどなあ……教頭先生の『保身』よりはるかに重要だと思うんだけどなあ……」

頼む! 頼む! なんでも言うこと聞くから!

「それ、ホントですか?」

武士に、── い、いや、教頭に二言は無い!

「じゃ、教頭先生には財政改革を応援していただきますよ」

わかった! とにかく、ヒントヒント!

「例えば、放送委員会は、朝の始業前、給食中、放課後などに校内放送や音楽を流していますが、放送の中にコマーシャルを入れてはどうかな、と」

コマーシャル? 広告宣伝か? 一体何の?

「何でもいいです。駅前スーパーでも商店街のハンバーガーショップでも喫茶店でもいいんですが、オモチャやゲームのネットショップの方がいいかもしれませんね。学習塾もいいかな」

どうやってそんな広告取ってくるんだ?

「営業活動ですよ。これは最高のビジネス教育になりますよ」

ほ、ほかは……。

「基本的に『何でもアリ』です ── 法的に問題なければ。飼育委員会は近隣の幼稚園や保育園と契約して、ウサギやニワトリの『触れ合い動物園』事業をしてもいいし、園芸委員会は花を育てて販売するのもよし、花壇をミニ農園として近隣の住民にレンタルするのもよし ── いずれにしても、生物の勉強と実践的ビジネス教育の一挙両得です。美化委員会は、例えば校内美化のついでに、廊下やトイレに宣伝ポスターを貼ってもいいですね ── ポスターの絵は児童間でコンペしてもいいし……。学校新聞は言うまでもなく……」

ダメだ! そんなのダメだ! 前例がないことはやっちゃいかん!

「でも、保護者の金銭的負担が減る上に職業教育になる、と訴えれば、賛成する保護者も多いんじゃないかな?」

ダメだ! ダメだダメだダメだ! 今のシステムは変えちゃダメだ! 変えるのは文科省に『変えろ』と言われた時だけだ!

「でも、教頭先生、改革を応援するって……」

知らん! 知らん知らん知らん!

「ふう……あれ、これ、何だろう?」

何だ、それ? ママママ、マイク?

「放送委員会が放送室の外でインタビューする時に使う、ワイヤレスマイクですね、たぶん……」

録音機じゃなく、ワイヤレスマイク……いやな予感がするな……まさか……。

「この会議室に入る時、ボク、校内放送のスピーカースイッチを切っておきました。だからこの部屋の中では聞こえないけど、たぶん今、職員室も各教室も、すごい騒ぎになってるんじゃないかな……」

な……! わ……! そ……!

「放送委員長には、『これが初仕事だから、頑張れよ!』と激励しておきましたので……」


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