すぐそこにある《ネーミング・ライツ》 (SS;2,500文字)
児童会長になったユウタくん、教頭もハメてしまいました。《自ら稼ぐ児童会》どうなるのでしょうか?
今日は何だね、ユウタくん、いや児童会長? ── 大勢で押しかけてきて。
「実は折り入って校長先生にお願いがありまして、全委員会の委員長と共に参りました」
ほう! 『折り入ってお願い』とは驚いた。教頭先生と二人だけの会議内容を、先生の許可も得ずに勝手に全校放送して以来、こっちが手をこまねいている内にやりたい放題のキミが、『折り入ってお願い』とは恐れ入る!
「教頭先生から事前に禁止事項として聞いていなかったものですから ── まあ、過去にこだわっていてもお互いいいことはありません。未来志向で建設的なお話をさせてください」
へん! ……ったく都合のいい時だけこれだ!
「ご存じのように、児童会顧問として教頭先生の全面的なご支援をいただき、《財政改革》は順調に進んでいます」
教頭を脅していいように使うことを、キミは『ご支援をいただく』と表現するのかな?
……まあいい、ここでもどんな罠をかけられているかわからんからな、言葉には注意しよう。《財政改革》は順調 ── そりゃあ結構、ご同慶の至りだよ。君たちのおかげで学校中の廊下とトイレの壁は、商店街のレストランにケーキ屋、スーパーに学習塾と宣伝用のポスターだらけだ。
「地域おこしへの貢献大だって、商店街の世話役でもあるPTA会長に表彰されたばかりです」
教室内にまで貼るのはなんとか阻止したが……。
「職員室内も、この校長室も拒まれました……」
当然だろう! 私の部屋に貼らしてくれと頼んで来たのは、転職サイトのポスターだ! ただでさえ教員の確保が難しいってのに……。
「だからこそ、この部屋に貼るのは効果的だと美化委員会の担当者は踏んだのかもしれませんね……いや、あくまでも一般論ですが、『こんな上司の下で働きたくない』という職場環境は転職サイトの狙い目だそうで……」
うっ…うっ…ううっ……!
「あ、興奮しない方がいいですよ。成人病専門外来のクリニックからも、校長室と職員室にポスター、頼まれてるんです」
フーハー、フーハー、フー……。
「深呼吸ですか……この部屋、空気がよどんでいますもんね」
フーハー、フーハー、フー……。
「児童会で議論の結果、もう1段ギアを上げて、聖域を設けない《異次元の財政改革》に移行することにしました」
ブルルルッ! 何だ、その『異次元』っての、流行ってるのか? もう散々やっただろう! どこに新しいネタが残ってるんだ?
「プロ野球ビジネスを参考にしよう、と保健体育委員会から提案がありまして、まず、体育館の《ネーミングライツ》、つまり《命名権》を地元のスーパーに販売することにしました。来月から1年間は『スーパー・やおい体育館』になります」
はあ、なんだって? それは困る!
「いえ、実質的には誰も困りません。先生方には今後、『体育館に集合!』という代わりに『スーパー・やおい体育館に集合!』と言い換えていただきます」
おいおいおい……。
「地元企業には、既にネーミングライツ契約が可能な校内施設のリストを配布してありまして、ほぼ全てにお客がつきつつあります」
施設? 施設なんて、体育館ぐらいしかないだろう。
「いえ、例えば校内のトイレはドラッグストアから引き合いがありました。命名権を渡せば、契約金の他にトイレットペーパーと液体石鹸を無償提供するそうです」
うーん。そりゃ、なかなかいい話だな……トイレに名前付けるだけだもんなあ……。
「先方は、全校のトイレを一括契約したい、と言ってきたのですが、他のドラッグストアにも声をかけて、個別契約にしました」
トイレによって呼び方が変わるのか? 面倒だな……どうしてなんだい?
「サービス競争させるためです。自社の名前を冠したトイレは清潔であって欲しい、と誰もが思います。……いずれ、清掃サービスの無償提供にも話を持って行こうと考えています」
す、すごいな、キミは!
「その代わり、トイレの命名権契約は微々たる額です。あとは、ウサギの飼育小屋にペットショップの名前をつけるとか……」
ま、そうだろうな。一番高いのは体育館だろ?
「いえ、『スーパー・やおい体育館』は3番目です。その上、2番目がグラウンドです」
ええっ! グラウンドも売り渡したのか!
「売り渡したのは《ネーミングライツ》です。現在交渉中ですが、大手運動用具メーカーが関心を示しています」
読めた! 体操服や運動靴も割引提供してもらうつもりだな?
「さすが、校長先生! その通りです。ほら、野球やサッカーのユニフォームのように、体操服や帽子に先方の企業ロゴを付けたがっていますので、わが校のチームが市の大会でどこまで勝ち進んだらボーナスいくら、というように細部を詰めています」
ほう! そこまでか! 恐ろしい小学生だな、キミは! ……だれか大人が入れ知恵してるんじゃないだろうな? ……キミのお父さんとか?
「いえ、ウチのお父さんは万年ヒラ社員で経営感覚はゼロです。ボク個人、というより、ここにいる委員会のメンバー全員、── いえ、全校の児童全員で知恵を絞った結果です。なあ、みんな!」
おっ! すごいな、一同『ハイ!』唱和か! ……たいしたリーダーシップだ。── で、1番契約金が高いのは?
「そこなんです、── 今日こうしてお願いに上がったのは」
は、じゃ、今までのは?
「ほぼ決定済みです。ただ、最後のひとつだけはやはり、校長先生のご了解をいただいた方がいいと思いまして……」
なんだ? ……なんなんだ?
「そのう……」
どうした? ユウタくん、キミほどの人物が言いよどむとは……嫌な予感しかしないが……もしかして……ひょっとして……。
「はい、この小学校全体です」
バ! バババババババカなことを……!
「校長先生、この街に本社のある、『闇鍋建設』が興味を示してるんですよ! 校舎の補修や維持管理にも人肌脱ぐって言ってるんです!」
ししししかし、そうなったら……!
「はい、校名は『闇雲小学校』から『闇鍋建設小学校』に変わります。たったそれだけのことです」
たった? #%&+*$%!!
「あ、校長! ……倒れた! 泡吹いてる!」
〈完〉
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