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すぐそこにある《謝罪》(SS;2,600文字)

このたび、保護者の皆様には、たいへんなご心配をおかけして、申し訳ありません。こころよりお詫び申し上げます。

「あのう、校長先生、質問してもよろしいでしょうか?」

いえ、詳細はただ今調査中ですので、調査結果が明らかになってから、再度このような機会を設けまして、ご質問をお受け……って、キミ、子供? ……保護者じゃないよね。この中学の生徒……の弟さん……かな?

「違います。僕は闇鍋やみなべ建設小学校の児童会長を拝命している、ユウタといいます。この中学に進学する小学校の学区代表者としてこの謝罪会見に参加しています」

闇鍋やみなべ建設小……? ああ、元の闇雲やみくも小学校だな ── 勝手に名前を変えちまった? いや、今日の集まりはこの中学に通っている生徒父兄だけを対象にしているんだよ。部外者は出て行ってもらわないと……。

「いや、部外者どころか、ボクは最大の利害関係代表者です。この中学の学習環境に問題があるのなら、ウチの小学校からの進学を考え直す必要もありますので」

あのねえ……キミ、自分が何言ってるか、わかってるの? 闇鍋やみなべ建設小学校か、まったく馬鹿げた名前に変えよって ── その学区は、この闇市やみいち中学の学区の中にあるんだよ。キミの小学校を出たら、否応なしにこの中学に入学する決まりなんだ ── 私立に行く子は別としてね。

「……そうでしょうか?」

なんだ、なんだ? ……嫌な感じだな。

「ボクたち、闇鍋やみなべ建設小学校の卒業生が、この中学に問題あり、と判断して、一斉に隣の楽園らくえん中学に進学したら、どうなるでしょうか?」

は、ははは……あ、あり、ありえない……だろ?

「そうでしょうか? ありえない ── 既得権益に胡坐あぐらをかいているわけですね。明確な理由があれば、世論は味方になるでしょう。教育委員会もそれを無視できるかどうか……ま、今日はそのあたりの見極めに来ているわけですが……」

い、いや、別に胡坐あぐらをかいているって……そんな……。

「とにかくそんなわけで、ボクは代表として実態調査に来たわけです。では、質問させていただきます。『申し訳ありません』とか『こころよりお詫び』って、一体、何を謝っているんですか?」

「何ってキミ、その……言っただろ、『ご心配をおかけして』って」

「でも、『ご心配』って、勝手にしているだけの場合もありますよね。《謝罪》って、何か問題が発生して、その問題発生の原因に関わることに責任があるから行うんじゃないですか? その問題と原因と、どんな責任があるのか、具体的に教えてくれませんか?」

え? 問題はその……ここにお集まりの保護者の皆さんも、いや、キミ自身もわかってるだろ? 最近SNSを騒がせている、例の件だよ ── 責任の所在はともかく。

「『例の件』って何ですか? 具体的に言語化してください」

わかってるだろ、ほら、この中学のサッカー部でイジメがあった、っていう件だよ。

「『イジメ』の内容を具体化してください。それから、そのイジメ、本当にあったんですね?」

それは今、調査中だって言ってるだろ?

「まだ調査中なのに、どうして謝っているんですか?」

いや、それはその……一部の父兄が騒ぎ出したんで……あ、これはマズイか……いやその……ご心配をおかけしたこと自体は事実なんで、その……。

「あれれ、最初に戻っちゃいましたね。一部の父兄が勝手に心配しているだけかもしれません。結論が出ていない段階で《謝罪》なんて必要ないのでは?」

子供にはわからないかもしれないが、これがオトナの世界なんだ。オトナの言語なんだ。とりあえず……あ、いや……。

「とりあえず頭を下げとけば、相手もほこを収めるっていうわけですか? そういう考え方、もう通用しなくなっているんじゃないかなあ」

そんなことはない。現にどこの世界でも……政治家だってそうだろう、とりあえず『ご心配をおかけして』って頭下げてるじゃないか?

「なるほど、政治家を見習っているんですね? 彼らは国民にでも、報道陣にでもなくって、選挙で自分に票を入れてくれた有権者に頭を下げてるんでしょうね ── 心の中で『次の選挙でも票、入れてよね』って言いながら。校長先生はどうなんでしょうか? ホントは教育委員会に頭を下げているのかな ── 心の中で『一応謝ったんだから、処分したりしないでね』って言いながら」

し、し、失礼なことを言うな!

「あ、それとも、実際には問題の本質も責任の所在もわかっているんだけど、とりあえず時間稼ぎをして、今後どう言い訳をしようか考え中だとか? ……あ、保護者の皆さんが騒ぎ始めた!」

みなさん、そんなことはありません! 繰り返しますが、まだ調査中です! 本日は、調査が長引いていることへのお詫びを申し上げ……。

「そもそも、責任を認めたとしても、《謝罪》って必要なんでしょうか? 《謝罪会見》なんて、要らないんじゃないですか?」

どういうことだ? とりあえず謝っとくって大事だろう?

「そうかなあ? 《謝罪》なんて何の意味もないと思うな。それより、真因の究明と再発防止策の立案が重要でしょ?」

はあ……シンイン……?

「ボクたち、このままだと闇市やみいち中学に進学することになります。過去におこったことを《謝罪》することより、今後、どのように対策されるかに関心があります」

そりゃ、キミのような小学生はそうかもしれないがね、今の在校生の親御さんは……。

「同じだと思います。原因を究明し、対策をしなければ、また起こります。何度でも起こります。過去に起こったことの原因もわからないのに謝ってもらっても、何の意味もありません。あ、ほら、保護者の皆さんも、『そうだ、そうだ』って言っています!」

わかりました! みなさん、わかりました! わかったってば! では、謝罪は一切しません! 謝りません! そもそも、今回の件で、学校にも私たち教師にも責任なんてない! 何の非もないんだ! 部活のイジメなんて、知るかよ! ぜーんぶ、問題児を育てた、あんたら親の責任だ! イジメた側も、イジメられた側もだ! これでいいんだろ! もう、一切謝らないぞ! 謝るもんか! ああ、せいせいした。……あ、みなさん、スリッパを投げないでください! 折り畳み椅子を振り上げないで! ……私はただ……ああ! ああああ!

(やれやれ……これで、この中学、管理職は総入れ替えになりそうだな。……それが一番の再発防止策かも……。怪我しないうちに帰ろうっと)

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小学校の改名経緯は:

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