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勇気ある不親切

今回はいつもと少し趣向を変えて、iPhoneのとあるアプリに潜む、小さな謎について考えてみたいと思う。

下の画像は、iPhoneに標準搭載されている「時計」アプリのスクリーンショットを二つ並べたものである。

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左側はタイマー機能で、設定した時間が経過した時に表示される画面である。
右側はアラーム機能で、設定した時刻になると表示される画面である。

どちらの機能も、この画面が表示されると同時に音が鳴り、時間が来たことを知らせてくれるようになっている。

とても似た二つの画面だが、よく見ると決定的な違いがあることに気がつく。

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それは停止ボタンの位置である。

タイマー機能では画面中央の大きなボタンが「停止」なのに対して、アラーム機能では画面下の小さなボタンが「停止」になっている。

同じような機能の、同じような画面で、停止ボタンの位置が違うのである。

いったい、なぜだろうか。
少し考えて、その答えが推測できたとき、私はとても感激し、ぜひこれを皆さんにも伝えたいと思いこの記事を書くことにした。


ここから、なぜ二つの画面で停止ボタンの位置が違うのか、私なりの推測を書いていく。
この画面のデザインをした人に意図を聞いたわけではないので、正解かどうかは分からないことはあらかじめご了承願いたい。

ではまずは、それぞれの画面の「停止」ボタンではない、もう一つの方のボタンについて考えてみる。

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タイマーの画面の下部にある、小さなボタンは「繰り返し」である。
このボタンを押すと、もう一度同じ時間設定でタイマーをセットしてくれるわけである。


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アラームの画面では真ん中の大きなボタンが「スヌーズ」になっている。
スヌーズボタンは一旦は音を止めるものの、数分後に再びアラームを鳴らす機能である。

これらの情報から、なぜこのような配置になったのかを想像しながら、続きを読んでほしい。

答えが分かったという人もぜひ、私の推測と一致しているかを確かめる意味でも、読んでいただけると嬉しい。


二つの画面の違いの意味は、それぞれを使う実際のシチュエーションを想像すると、分かってくる。

想像してみてほしい。

例えばカップ麺のお湯を注いでからの時間を測るときや、テスト勉強で試験の時間を再現する時などに、私たちはタイマーを使う。
カップ麺であればお腹を空かせている時、勉強中であれば限界まで集中している時、時間がくるとタイマーが鳴る。

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繰り返し時間を測る特殊なケースでなければ、特に何も考えず、停止ボタンを押して音を止める。
タイマーを止めた後はカップ麺を食べたり、一休み入れてからテストの答え合わせをしたりするわけだ。

これで終了である。


では、アラームの場合ではどうか。

アラームを使う一番多いケースは、目覚まし時計としてであろう。
気持ちよく寝ているあなたのすぐ近くで、昨晩の自分によって仕込まれた、眠りを妨げる音が突然鳴り出す。

意識がハッキリしていない状態でも、本能的に大なり小なりの不快感を感じ、あなたは音の方向へ手を伸ばす。

とにかく早く、このやかましい音を止めたい、と思いながらiPhoneを手に取る。


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さて、あなたはどちらのボタンを「本能的に」押すだろうか。


アラームの画面を見る人の多くは、その瞬間は寝ぼけており、一刻も早く音を止めたいと思っている。
そんな状態の人がこの画面を見たとき、真っ先に目立つ方のボタン(スヌーズ)を押してしまうのでは無いだろうか。

そんな風に本能で音を止めてしまい、もう一度眠りの世界に入ってしまったあなたを救出するのが、スヌーズ機能なのである。

スヌーズボタンが一際目立っていてもなお、ユーザーがちゃんと停止ボタンを判別して押せるような状態になって初めて、アラームはやっとその役割を果たせたことになるのである。

目立つボタンを「停止」ではなく「スヌーズ」にする判断は、簡単なものではなかったと推測する。捉えようによっては、ユーザーにストレスをかける不親切な設計だからである。

しかし一番避けたいのは、iPhoneのアラームを使うことで寝過ごしてしまい、製品としての信用を下げてしまうことである。

単にユーザーを快適にするための「おもてなし」の精神でデザインをしたわけではなく、ユーザーにとって本当に必要なアラーム機能とは何かを考えながらデザインされた勇気ある不親切であり、このような細かい気配りが集積した結果として、iPhoneの快適な使い心地や信頼感が実現されているのだと、私は考えている。


遠藤紘也
ゲーム会社でUIやインタラクションのデザインをしながら、個人でメディアの特性や身体感覚、人間の知覚メカニズムなどに基づいた制作をしています。好きなセンサーは圧力センサーです。
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