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【私の職務経歴書~ウィルグループ時代~】(2011年10月~2015年8月)


遊休地の活用やコンテナルームの管理・運営等を行う株式会社ランドピアを退職することにした私は、次に働く会社を探すため人材紹介のエージェントに登録することにしました。


1社目ではIPOやIRをやっていたといっても担当レベル、2社目はリーマン・ショックや東日本大震災があったとはいえIPOができなかった会社のIPO担当者・・。

まだ34歳だった私に、IPO業務以外の業務にも目を向けるように進めるエージェントが多い中、1社だけIPO業務をもっと貫くことを薦めてくれたエージェントがありました。
それが「株式会社BNGパートナーズ」でした。


転職はご縁

BNGパートナーズ社は、スタートアップ・ベンチャー企業へ転職を考える方にはとても知名度があるエージェントだと思います。
ちなみに同社のBNGは、何に略かご存じですか?

B:バカが
N:日本を
G:元気にする

シンパシーを強く感じたのは言うまでもありません(笑)。
BNGパートナーズ社が紹介してくれる企業は、どこも勢いがありました。

その中でも特に強く推奨してくれたのが株式会社ウィルホールディングス、のちの「株式会社ウィルグループ」でした。

株式会社ウィルグループは、東京都中野区本町に本社を置く販売員、オペレーター及び軽作業員の人材派遣、業務請負、人材紹介等を展開するグループの純粋持株会社です。

直近の2023年3月期で、グループ全体の売上高は1,439億円、従業員数 6,212人という規模の東証プライムの上場企業ですが、私が入社したときはまだ上場もしておらず、グループ全体の売上高は190億円、従業員数 419名・・。
ウィルグループ社自体は親会社であることから、従業員数も24名という、今とはまったく違う会社でした。


入社もご縁

ウィルグループ社は、当時 JR代々木駅から徒歩数分の、ブックオフが入っている雑居ビルに入っていました。

BNGパートナーズ社のエージェントの方からは、「とにかく元気な会社なので負けないようにがんばってください!!」という、面接ではなくスポーツの試合に挑むような応援をされてオフィスに向かったのを覚えています。

面接は進み、最終面接は当時社長だった池田良介さん(現在は取締役会長)でした。

池田さんは当時 43歳、私が34歳だったので約10歳違いです。
面接では人材業界の話や中核子会社だった株式会社セントメディア(現 株式会社 ウィルオブ・ワーク)や株式会社エフエージェイ(現 株式会社ウィルオブ・ワー ク)の話、これまでIPOに向けて動いたものの上手くいかなかった話などをお聞きしました。

がっしりとした体格から醸し出す雰囲気に反して、終始笑顔を絶やさず元気に話してくれる姿がとても好印象で、私は「この人はきっといい人なんだろうな、一緒に働くと面白そうだ」と思ったのを覚えています。

そんな中で、私がしたいくつかの質問に対しても、池田さんは真摯に答えて頂きましたが、秀逸だったのが以下のやりとりです。

私「IPOをしたい理由は何ですか?」
池田さん「"男の子やから"や(笑)」

予想外の回答に、私は少し失笑気味でしたが、その後 池田さんが語るその理由は十分に納得できるものでした。(詳細に興味がある方は、是非個別にお問い合わせください(笑)!)

私にとってはこのやりとりで池田さんが好きになり、新たな"ボス"として是非一緒に働いてみたいと思いました。

そして面接は終了の時刻となり、ビルを出た私はその場でBNGパートナーズ社のエージェントに電話をし、面接内容のフィードバックと入社希望の意思を伝えました。

その後すぐに内定のご連絡を頂き、私はウィルグループ社に入社することになりました。


入社初日の洗礼

2011年10月1日、ウィルグループ社の初出社日です。

この日は3月決算のウィルグループ社にとって、10月1日は下期の初日でした。
朝出社をすると、入社の挨拶もそこそこに、そのまま業務を行い、夕方から下期のキックオフがありました。

キックオフ後は、近くの居酒屋のお座敷席で飲み会です。
私は入社初日ということもあり、みなさんが席に来てくれて、挨拶をしてくれながら和やかに話をしていたその時、事件は起こりました・・。

「今日入社のくせに挨拶にも来んで!」
響き渡るその声は、当時の常勤監査役です。
その方は大手人材会社で常務取締役を務め、会社の長老のような方でした。

私は自分が主役の歓迎会だと思っていたのですが、常勤監査役にとっては会社のキックオフです。
私はお詫びも兼ねてお酒を注ぎ、謝罪をしたのですが常勤監査役の怒りは収まりません・・。

「お前も飲め。わしの酒が飲めんのか!」
今だったら即刻アウトな一言ですが、昭和な方ですし、その豪放磊落なキャラクターもあり許されていました。

実は私は体質で一切お酒が飲めません。
アレルギーではないのですが、飲むと極端に眠くなってしまい、お正月のお神酒ですら危ないぐらいです。

ただ、怒り狂う常勤監査役をなだめるためにも飲むしかないと思い、一言 言ってからコップに少しだけ注いで頂きました。

「私はお酒を飲むと眠くなるので寝ます。」
その後、数分は常勤監査役のお話を伺っていたのは覚えていますが、気が付いたら寝ていました(笑)。

入社初日に監査役の前で寝る男・・。
相当ヤバいやつです(笑)。

ただ、そこは昭和な常勤監査役、私が起きたら一言。
「もうお前は飲まんでえぇ。すまん・・」

以降、その常勤監査役には個別にご飯に連れていって頂きましたし、私が監査役調書等で全角・半角や「てにをは」レベルの細かい赤入れてをしても「細かいやっちゃの~」と笑って直してくれるような間柄になりました。

中途社員に厳しいので有名だったようですが、私が特例でよくして頂いていた裏側には入社初日のこんなやりとりがあったからでした(笑)。


入社後の洗礼

(主な業務)
IPOに向けた主幹事からのプレヒアリングを担当。あわせて不足している人的リソースの採用を実施。
・主幹事プレヒアリング担当
・財務経理部長、内部監査室長を採用
・国内子会社 経理業務
・海外子会社 月次決算の導入

ウィルグループ社への入社時、私は財務経理部に所属となりました。
久しぶりの勘定奉行への入力や小口現金を数える日々です。

正直にいうと、私はこのような業務が苦手です・・。
ウィルグループ社には経理のベテランの女性たちがおり、ノロノロと入力する私に冷たい目が注がれていたのは言うまでもありません・・。

私もIPO準備で入社したのに、経理の実務を担当する日々にイライラとしていましたが、ある日 給湯室で息抜きをしていた時に廊下から話し声が聞こえました。

「今度 財務経理に来た人、入力も遅いし、使えなくない?」
「なんで財務経理なんだろうね?」

本業ではない経理の入力や小口現金を数えるのなどを私にやらせるほうが悪いのですが、そんなことを言っている場合ではありません。

かといって投げだすわけにもいかないので、私は社内に散っていたIPO関連の業務を集め、その業務に特化することで苦手な経理業務を脱することができました。

数年後にその経理の方たちから飲み会の場で「入社当時、使えない人だと思ってたんですよ~」と言われた時に、「給湯室で聞いてました!」と返したのも良い思い出です(笑)


IPOチームの組成

(主な業務)
経営企画室 配属。室長に就任。IPOのプロジェクトチームを編成し、その取りまとめ役を担う。
・上場準備資料作成(主に定性的情報)
・資本政策の立案、株式移動の取りまとめ
・投資計画の立案(資金使途との調整含む)
・証券会社 審査対応
・取引所 審査対応
・リリース作成
・外部株主(ベンチャーキャピタル)対応

当時 ウィルグループ社には、IPOの経験者は私しかいませんでした。
しかも1社で担当者を経験したのみ、です。

私はその時の状況を思い出し、IPOをするためにはどういうことを対応しなければいけないか、自分でできる業務は何で、できない業務は何かを棚卸しました。

そして必要なのは「経理のプロフェッショナル」と「内部監査をしっかりとできる人物」だという結論に達しました。
私は池田社長に相談し、これらの職種の人を採用することの一任して頂きました。

まず「経理のプロフェッショナル」ですが、最初は大学院の同期の方に声をかけました。
残念ながら1年ほどで退職してしまいましたが、その方が経理の基礎を固め、監査法人と対話できる基礎を作ってくれました。

この方が切り開いてくれた基礎があったので、後任となる東証一部まで財務経理をけん引してくれる財務経理部長を採用できる土壌が整ったと思います。

次に「内部監査をしっかりとできる人物」です。

ウィルグループ社は、グループ会社が5社あり、その拠点も全国にありました。

この全体の業務を監査するには、内部監査の目的や実施の仕方はもちろん、事業への理解も求められます。

そこで私は新卒で勤めた株式会社テレウェイヴの先輩で、経営企画室で経営部門の実務を取り仕切っていた高山智史さんに相談をしました。

高山さんは、テレウェイヴ社が上場(店頭登録)した後に、証券印刷から転職してきた方で、実務能力の高さや冷静な判断力、自分との相性なども考えると絶対に欲しい人材でした。

当時は他の上場会社で要職についていたので少し時間はかかりましたが、最終的には高山さんにもウィルグループ社に入社して頂き、現在も執行役員 管理本部長として活躍されています。

財務経理部長と高山さん、そして私が揃ったことでウィルグループ社は加速的にIPO準備を進めることができましたが、そのキーマンは総務関連の業務を担当された社歴の長い中途社員の方だと思います。

財務経理部長と高山さんも非常に優秀ですが、3人で数百人の規模を動かすことはできません。

その総務担当の方が各グループ会社との調整や根回し、説得をしてくれることで私たち3人は伸び伸びと仕事をすることができました。

この時に池田さんがおっしゃった印象的な言葉があります。
それが「会社には若者、バカ者、よそ者、そして内なる者が必要」ということです。

"若者"は固定観念にとらわれない人、"バカ者"は枠組みに収まらない人、"よそ者"はいままでのやり方を知らない人を指し、イノベーションを起こす人たちを指します。

ウィルグループ社は、新卒採用に注力しており、マインドセットがしっかりした、まっすぐな"若者"が多数います。

そして私たち既存のやり方にとらわれず行動する"バカ者"”よそ者"である中途社員を受け入れる度量の広さがありました。

グループの大多数を占める"若者"(プロパー社員)と、明確な目的のために採用された"バカ者"”よそ者"(中途社員)、この両者を繋ぐ"内なる者"がいるからこそ、私たちが考える新しい施策をグループ全体が反発なく受け入れられIPOは大きなトラブルもなく進んでいったと思います。


私たち以外の"よそ者"

この時期、IPOを担当する私たち以外にも、ウィルグループ社には"よそ者"が入社してきました。

その代表格が2012年10月に株式会社インテリジェンス(現 パーソルキャリア株式会社)からグループ会社の株式会社セントメディア(現 株式会社ウィルオブ・ワーク )に転職してきた志水雄一郎さんです。

ウィルグループ社は、上場を見据え、代々木駅近くの雑居ビルから、2013年5月に移転することになりました。

まだ上場前とはいえ、3月決算のウィルグループ社にとって、4月と5月は本決算や株主総会の準備、また上場申請資料の作成で忙しさはピークを迎えていました。

当時は資料の多くがまだ紙の時代です。

作業を止めるわけにはいきませんが当時は在宅も難しい中、新宿3丁目にあるセントメディア社のオフィスに間借りすることになり、私の席は新規事業の立ち上げ準備をしている志水さんのテーブルになりました。

新規事業の立ち上げということで、志水さんは自ら企画を作り、実際に自分でアタックすることで高速でPDCAをまわすなど、桁違いの行動量を見て、ウィルグループ社本体だけでなく、グループ全体の躍動感を感じていました。

当時、志水さんとはお互い仕事が切羽詰まっていたのもありゆっくりお話しをする機会はありませんでしたが、志水さんは翌2014年4月にはスタートアップ企業に対する人材支援サービスの提供を目的としてネットジンザイバンク事業部を立ち上げ、2016年9月には同事業を会社分割、2020年3月には事業開始から6年、会社設立から約4年で東京証券取引所マザーズ市場(当時)に上場するなど、現在でも目覚ましい活躍をされています。

このようにウィルグループ社に様々なバックグラウンドを持つ人が集まり、化学反応を起こしながら急激に拡大していった時代でした。


"経営理念"の大切さ

私がウィルグループ社で学んだ大切なことの一つが"経営理念"、「ミッション・ビジョン・バリューの大切さ」です。

ミッション:企業が社会に対してなすべきこと
ビジョン:企業・組織が目指すあるべき姿
バリュー:企業・組織の構成員が具体的にやるべきこと

ウィルグループ社が定めるミッションは、「個と組織をポジティブに変革するチェンジエージェント・グループ」です。

これは、働くことを通じて、従業員が成長し続け、個と組織を生き生きとポジティブに変革する存在であることがウィルグループ社の存在意義だと定義したものです。
https://willgroup.co.jp/profile/policy/

様々なバックグラウンドを持つ人が集まるからこそ、よりどころとなる「ミッション」が大切なのだと思います。

実際にウィルグループの各グループ会社では、それぞれの企業の領域等に応じたミッション・ビジョン・バリューが定められていますが、源流にあるのは同じ思想です。

私は中途社員だったので、プロパー社員の方ほどこのミッション・ビジョン・バリューへの理解や思い入れはありません。

ただ、多くの社員の方がミッション・ビジョン・バリューを大切にし、団結して動けることが素晴らしいと思います。


そして上場へ・・

ウィルグループ社社は、2013年12月19日に東京証券取引所市場第二部(当時)に上場しました。
1997年1月の設立から21年目でしたが、私が入社しIPOに着手してからは僅か2年の出来事でした。

上場承認の連絡があった日は、とても印象的だったので今でもよく覚えています。

「上場承認の連絡がもらえる日」については事前に教えてもらえるのでわかっていますが、何時に連絡があるかまでは決まっていません。

その日は朝から、長年苦楽を共にしているグループの主な取締役たちが大会議室で待機し、上場承認の電話を今か今かと待っていました。

仕事をしながらみんなで待っていますが、ソワソワしていますし、仕事に身が入りません。

一同 待つことに飽き始めたそのとき、ようやく待望の連絡がありました!

電話を切り、大会議室で待つみなさんに上場承認が出たことを伝えると、みんなが歓声を上げ、お互いに握手をしたりと、心の底から喜んでくれていました。

「IPOは通過点に過ぎない」と皆さんはそう言いますし、私もそう思っています。
それでもウィルグループ社という会社の、記念すべき日に立ち会えたのはとても嬉しかったです。

「IPO準備」という難易度の高いプロジェクトを通じて、私はウィルグループ社の皆さんと多くの時間と苦労を共有したことで「仲間」になれた気がしますし、その苦労は、成果によって一気に報われた気がします。

この苦労を「もう二度とやりたくない・・」という人もたくさんいますが、私はこの「ヒリヒリ感」が堪らなく好きです。

上場承認後は、翌日から怒涛の1ヶ月です。
金融機関まわり(通称「ロードショー」)をこなしつつ、関東財務局に書類提出をし、上場日に向けてセレモニーの準備・・。

そしていよいよ上場日当日。
ウィルグループ社は、なんと55社ぶりに初値が公開価格を下回る「公募割れ」からスタートしました。
これについては賛否両論、いろいろご意見を頂きましたがIR活動時にはネタにもなっていたので今となってはそれも良い思い出です(笑)。

2013年12月に念願の上場を果たし、グループ各社の取締役たちは疲労でいっぱいです。
お祝いムードもあり、多少はゆっくりできると思っていたであろう皆さんに、2014年1月の定時取締役会で私から発表されたのは2014年12月をターゲットとした東証一部指定に向けたロードマップでした。

上場後、すぐに主幹事証券と計画を練り、スケジュールをひいたのは、「IPOは通過点に過ぎない」と思っていたからですし、「東証一部になって更に会社を発展させたいから」です。
"男の子"である池田さんも私も、止まることをしりません(笑)
新たなる挑戦は、こうして始まりました・・。


そして一部上場企業へ・・。

「ヒリヒリ感」のあるIPO準備もスリルがありましたが、上場企業としてIRを行いながら東証一部指定に向けて準備を行う・・。

一般的には上場してから管理部門を増員し、体制を整えてから準備を行う会社が多いと聞きますが、私はIPO準備をしたメンバーが社内に残っているうちに、そして気合が緩む前に駆け抜けた方が良いのではないかと思いました。

「鉄は熱いうちに打て」といいますが、こういうときは「考えたら負け」です(笑)。

(主な業務内容)
IRを主たる業務とし、主に金融機関等を中心とした渉外業務を担う。
・適時開示作成
・法定開示資料作成(主に定性的情報)
・東京証券取引所 上場部対応
・金融機関(機関投資家全般)対応
・個人投資家対応

そして新規上場から1年後、ウィルグループ社は東証一部上場企業となり、私が入社時に池田さんと約束をした「ウィルグループを東証一部企業にする」は無事に果たすことができました。

それから約1年、IRの後任を採用して育成しつつ、更なる「ヒリヒリ感」を求めてウィルグループ社を退職し、次なる会社に旅立つことになります・・。


ウィルグループ社の素晴らしいところ

私がウィルグループ社の素晴らしいと思うところは、「良い人たちが多いこと」です。

私が特に覚えているのは、ポテトチップスで有名な湖池屋(こいけや)社に営業で訪問をしたときです。

当時、同社の執行役員は私がお世話になっている方で、工場の人員の相談を受けました。

工場向け人材派遣・紹介・請負サービスは、グループ会社の株式会社エフエージェイ(現 株式会社ウィルオブ・ワー ク)が行っていました。

そこで同社の営業本部長だった角 裕一さんに相談したところ、急な日程だったにも関わらず角さん自身が同行すると申し出てくれ、当日はなんと同社の社長だった土肥 貞之さんも来てくれました。

ご挨拶の段階から社長と営業本部長が来たことには湖池屋さんも驚いていましたが、私の顔も立ったので非常にありがたかったです。

その後、無事に受注も頂きましたが、決め手が「初回からのトップ営業」だったことは間違いありません。

そして2023年、角さんはウィルグループ社の社長に選任されています。
入社年次や年齢では上の方がまだまだ多い中、そのような気持ちのいい方を数段飛びで選任する企業風土が実にウィルグループらしいなと思います。


私がウィルグループ社に在籍したのは僅か4年程度ですが、IPO前後という変革期に立ち会えたことは、私の業務レベルの向上にはもちろん、心身共に鍛えられたと思います。

"面白いエピソード"だけでなく、"笑えない話"もまだまだたくさんありますが、これについては別の記事としてまた書きたいと思います。

以上、お読みいただきありがとうございました!

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