マガジンのカバー画像

小説

12
運営しているクリエイター

#時代小説

【短編小説】大日本帝国憲法公布、とあるその日その後

【短編小説】大日本帝国憲法公布、とあるその日その後

「明治22年2月11日の憲法公布日。私が尋常小学校の五年生のときでした。忘れもしませんよ。あの日は前夜から大雪で、朝目を覚ますと一面の銀世界だったのを覚えています。父は下界を洗う清めの雪だなんて喜んでいました。いや、忘れないというのは雪のことじゃありません。目の前で見た悲惨な死亡事故のことです。国民総出で千古不磨の大典を祝す中、尊い命が犠牲になる痛ましい事故が起きました。場所は丸の内通りから和田倉

もっとみる
【短編小説】日本政府脱管届を出した男

【短編小説】日本政府脱管届を出した男

古びた文机に頬杖をつき、しばらく考え込んでいた宮川慎平は、ふと顔を母のほうへ向けて「で、母さんはどう思いますか?」と尋ねた。
慎平からみて右横に座る母は、少女のような無垢な瞳をまっすぐ息子に向けたまま、「母さんがどう思うかってことですか? それを聞いてどうするんです?」と、逆に問い返した。

「別にどうするもないのですが……私としては、この度の行動に強い決意と覚悟をもって臨むつもりなんです」
「だ

もっとみる
短編小説「決闘書生」

短編小説「決闘書生」

義助(ぎすけ)は口を開け、目を大きく見ひらいて、眼前に座る友人を凝視した。
開け放たれた窓から、通りで遊ぶ子どものはしゃぐ声が聞こえる。それに交じり、風鈴の涼やかな音色が鳴る。
今し方、下宿部屋にやってきた高等学校の同級である源造は、信じがたい事実を義助に告げた。
「冗談じゃない。そんなことがあってたまるか!」
義助は怒りにまかせて否定するが、表情は動揺を隠せないでいる。
「冗談でも何でもない。明

もっとみる