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「OLD ROOKIEs」 第11話 -親父の背中-

石川県の実家から、父の危篤の連絡が入って数分後。

森の目線は、いつもと同じように目の前の仕事を向いていた。いや、向かざるをえなかった。

フューチャーワークスの忙しさがピークに達していたこの時、各社への納品が迫るなか、それらを放って実家の石川県へ帰るというのは現実的に不可能だった。

「週末まで…週末まであと4日。親父なら大丈夫だ。なんとか頑張ってくれ…」

そう祈りながら、森は赤坂のオフィスから動かなかった。
仕事が手につかないなどと言っている余裕さえなかった。

そして翌日、森の電話が鳴った。兄からだった。

「残念ながら…」

2005年3月8日。
78歳にして、森の父はこの世を去った。
森は、父の最期を看取ることができなかった。

「あの時、すぐに帰っていれば…」

後悔の念が、森を襲う。

だが、森の頭に浮かんできたのは、「早く戻って、仕事しろ!」と怒鳴る父親の姿だった。

父は、森が子どもの頃から実家で糸の加工・販売の自営業をしていて、父の働く姿は森にとって身近なものだった。父の姿を見ていたからこそ、いつか自分も商売をするのだろうという思いが育ったと言っても過言ではない。

仕事が大好きで働き詰めだった父。

家族のためにいつも一生懸命だった父。

職人でありながら商売人気質でもあった父。


おそらく、父が自分と同じ立場だったら、同じように仕事を選んでいただろう。

森は、毎日毎日、家の裏の工場で糸と向き合う父の姿を思い出していた。
父の背中から無意識のうちに受け継いでいることの多さに愕然とする。

「父に恥じないように仕事をしていきたい」

そう自分自身に言い聞かせ、滲む視界のなか、森はしばらく仕事の手を止めることができなかった。 

つづく。

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第1話 -卒業- https://note.mu/showcase/n/nd305564958cc
第2話 -挑戦- https://note.mu/showcase/n/n2b1a8afc07fc
第3話 -犬のウン- https://note.mu/showcase/n/nfb96f0b7d7ee/edit
第4話 -予感- https://note.mu/showcase/n/nb2813ef9f60d
第5話 -スタートライン- https://note.mu/showcase/n/nebefa72c6269
第6話 -スタイル- https://note.mu/showcase/n/n4b6d5391be52
第7話 -ヒットの方程式- https://note.mu/showcase/n/ndae846cd3747
第8話 -受託制作の限界- https://note.mu/showcase/n/n2f1f6ada2a6c
第9話 -ひとり旅のはじまり- https://note.mu/showcase/n/nc9a4700f699f
第10話 -二人の距離- https://note.mu/showcase/n/n59476c24920b


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