「OLD ROOKIEs」 第3話 -犬のウン-
「絶対にこれからDTPの時代がくる」
永田はある種、確信のようなものを感じていた。
DTPとは、デスクトップ・パブリッシングの略。
卓上出版とも言われ、これまで写植・版下・製版など手間とコストが掛かりすぎていた出版制作を、1台のパソコン上で一気通貫して行える画期的な方法だった。
「これからはデジタルで本をつくる人が増えていく。その人たちへ向けた情報は新しい価値になるはずだ」
永田はDTPによって生まれる需要を見越し、ワークスコーポレーションでDTP関連の情報を掲載するデジタル専門誌「DTPWORLD」を創刊した。
そして、「DTPWORLD」の広告を売るために、主森からフューチャーワークスの社長を任されたのが森だ。
永田の読み通り、創刊後、「DTPWORLD」の売上と部数は伸び続け、森も順調に広告を売っていた。
実は、森と永田は、同じリクルート出身というだけでなく、1988年入社の同期だった。だが、直接話したことがないのも驚くことではない。二人が入社した年、リクルートは約1000人の新卒を採用していた。
しかも、互いの性格は面白いほどに正反対。
受託の広告制作という仕事柄もあって、常に顧客の声に一生懸命に耳を傾けるクライアントファーストな森。
対して、「クライアントに迎合した記事なんて書かない!」「良い記事を作れば読者は増え、広告は集まる」とプロダクトファーストな永田。
親会社と子会社という関係から二人は同じオフィスで働いていたが、互いのデスクは部屋の端と端で遠く離れており、森と永田が仕事以外で話をする姿は誰も見たことがなかった。共通点がまるでないのだから、互いを引き合わせる機会がなかったのも無理はない。
そんなある日、とある事件が起こった。
「んん?」
デスクの椅子に座った森は、足元にぬるっとした感触を感じた。見ると、床には小さなウンチが転がっているではないか。
「ああ、それはボラのフンやな」
近くにいた主森がいつものことのように淡々と話す。
ボラとは、永田の愛犬の小さな柴犬で、たびたびオフィスで見かけることがあった。
小さな犯人はもうその場にはおらず、森も「そうか、そうか」とさっと掃除をして仕事に戻った。
しばらくして、他の社員から話を聞いたのか、出先から戻った永田が森の席へやってきた。
「さっきは、うちのボラがすまん」
「あぁ。大丈夫、大丈夫」
それ以上会話が広がることも、別の話題が持ち出されることもなかったが、これが二人にとって初めての仕事以外のやりとりだった。
まさか、この“ウン”が今後の二人の運命を予感していたとは、この時は誰も思いもしなかった。
つづく。
第4話 -予感- https://note.mu/showcase/n/nb2813ef9f60d
株式会社ショーケースの「これまで」と「これから」を描くノンフィクション小説『OLD ROOKIEs』は、毎週1話ずつ公開中!
第1話 -卒業- https://note.mu/showcase/n/nd305564958cc
第2話 -挑戦- https://note.mu/showcase/n/n2b1a8afc07fc
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?