第5話 プライドが高い女の扱い方 【変愛小説 M氏の隣人】
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「ごめんごめん、遅れました。」
「おお、ナベさんお疲れ!」
「ナベさん、おそーい笑」
ジャケパンスタイルの小柄な男が現れると、キクチとカナは親しげに迎え入れた。
右手にシャンパングラスを持って現れたナベさんと呼ばれる男は、待たせて悪い悪い、と言ったあとに荷物入れにカバンを入れ、あれ、とテーブルの前で立ち止まった。
「じゃ、カナちゃんはキクチさんの席に移動して、キクチさんはそっちに座ってくれる?あと、本日のゲストさんは・・・、スペシャル席の真ん中に座ろっか!」
ナベさんは、カナとキクチ、そして僕をゲストさんと呼び席の移動を指示した。
「えー、まだ初対面だし。とりあえずこのままでよくないですか?」
すかさずユリが不満げに口を挟むも、いやいやいやないないない、とナベさんは聞く耳を持たず。ほら、とカナとキクチに動くよう合図した。
カナはユリに、まぁまぁ、と声をかけながらナベさんの言う通りの場所へ移動をはじめた。
「じゃ、ゲストのサワムラ君あっちいってくれる?笑 俺もずれるから」
「お、おお。」
僕は自分のビールを持ってカナが座っていた席につき、僕がいた席にナベさんが座った。ユリは少し不満げで、マユはただじっと状況を見つめていた。
ナベさんはユリの態度を無視して「乾杯」と言わず「こんばんは」と言って乾杯をした。
ユリ カナ マユ ユリ サワムラ マユ
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サワムラ キクチ ナベさん カナ キクチ
「えっと、僕はカナちゃんとキクチさんの知り合いです。ナベって呼んでください。キクチさん、みんなのこと教えてもらっていい?」
ナベさんは僕、ユリ、マユに目配せしながら自己紹介をし、キクチから僕たちの簡単なプロフィールを聞いた。
「なるほど、じゃ、呼び方決めよっか。マユちゃん、サワムラさん、ミス日本でいい?」
「ちょっと、ミス日本ってww」
「あー、ごめんレベルミスった笑 ミス世界か笑」
「もう笑 ユリですから、覚えて笑」
「ああ、ワールド・ワイド・ユリね。了解 笑」
「もーー笑」
不満げだったユリの機嫌をたった数秒のやりとりでとり直した。
ナベさんはかなり女の扱いに手慣れているのかもしれない。
その後は、ナベさんの独壇場だった。
ナベさんは軽妙な語り口でトークを回しながら、程よい量の料理と飲み物が常にテーブルにあるように適宜、注文している。
常に全体に目を配り、女の子には「同じのでいい?」を合言葉に、まだ少し残ってる飲み物を飲ませて、実質お替りさせているのだ。
6人全員で話す場面と、1:1で話す場面を使い分けながら場を制覇するナベさんは、一方的に自分がしゃべるのではなく女の子にもしゃべらせる。
女の子がしゃべると驚いたり笑ったり、大き目のリアクションを取っているのも、話す側を気分よくさせるためだろう。
ひな壇で話す芸人に気持ちよく話をさせるMCのようなものだ。
僕にはわかる。これは接待の基本スタイルだ。
計算しつくされたふるまいで、決して誰かひとりを「ぽつん」とさせることなく。ナベさんの完璧なコントロールで飲み会としての全体最適を実現させている。
さらに、ほんの少しずつ、嫌味にならない程度にプライドの高いユリを贔屓している。
君がもっとも美しい
君がもっともスタイルが良い
君がもっともセンスが良い
と、直接的ではなく暗にそう思わせるニュアンスの言葉を散りばめ、ユリはそのたびに自分が優遇されていることを嬉しそうにしている。
ユリのようなプライドが高い女ほど、承認欲求が満たされると容易にコントロールされるのだろうか。
飲み会が後半に差し掛かった頃、ナベさんの計算通りなのか、ナベさんはユリ、キクチはカナ、僕はマユ、のような「担当分け」が進められ、二人で話す場面が多くなった。
「あのナベさんって人、面白いし頭いいね。すごい盛り上げ上手だし仕事できそう。」
「そうですね笑 ユリが楽しそうなのも珍しいです。」
最初は大人しい印象だったマユも、お酒が入ったせいか幾分饒舌になったように思う。
「マユちゃんは、キクチやナベさんと会ったことあるの?」
「いえ、私はみなさん初めてで・・・あ・・ひぃく!」
「ん?しゃっくり?」
「あ、ごめんなさい・・たまに私緊張すると・・・あ・・んん!!」
まだ緊張が解けていないのか、マユはたまに恥ずかしそうに口に手をあててうつむいた。その仕草はなかなかにかわいい。
ユリのほうが美人で、万人受けするカナに人気は集中するだろうけど。
マユは地味系だけどよく見れば顔立ちはかわいらしいし、派手な女が苦手な僕はマユ担当で逆にラッキーだと思った。
「じゃ、そろそろ次行かない?近くに和食が旨い店があるんだよ。」
それぞれが良い雰囲気になりかけたタイミングでナベさんがみんなに声をかけると、やったー和食大好きー、とユリが真っ先に賛同した。
ユリが賛成すれば、カナもマユも賛同する、そういう関係性のトリオらしい彼女たちは、ナベさんの提案を受け容れ早々に移動の準備をはじめた。
おでんや和総菜が旨いとナベさんが言う少し上品な雰囲気の店に入ると、丁寧に仕上げた天然木一枚板の大きなテーブルへと案内された。
適当に座ろうよ、とナベさんが一番手前の席に座ると、はーい、とユリはナベさんの隣に座った。もう席替えの指示など不要だった。
キクチ カナ
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ナベさん ユリ サワムラ マユ
ナベさんが飲み物と程よい量の料理を注文すると、もう6人全体で話すような場面はほとんどなく、みなが二人で話すようになっていた。
カナはキクチと談笑しながら、何言ってんの、とキクチの肩を叩いたりする場面が見られる。
ユリはナベさんとヒソヒソ話をしたり、もうからかってるでしょ、とナベさんの太ももを叩いた後、そのまま太ももに手を置いている。
ただ、マユは僕にそういう素振りはみせない。
会話はそれなりに成立しているが、どこか心ここにあらずのような態度を見せることもあった。マユにとって僕はハズレなのかもしれない。
「マユちゃん、ごめんね。なんか僕がマユちゃん担当みたいになっちゃって笑 楽しめてる?」
「そんなこと言わないでください笑 私、とても楽しいですよ。あ、連絡先って聞いてもいいですか?」
食い付きがないと思っていたが、意外にもマユから連絡先交換の打診がきた。もちろん、僕はそれを受け容れた。
ただ、僕と連絡先交換をしている時、マユの目線はナベさんに向けられていたことは見逃さなかった。
つづく。
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