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【読書日記】君は孤独を感じたことがあるか(『ヨーロッパ思想入門』)〜私の大学受験記〜


0:n年前の12月、某私大の文系キャンパスにて

 
 その日、私は文学部哲学科の公募推薦入試を受けていた。
 午前は小論文試験。
 午後は面接試験。

 面接試験で、強面の面接官(教授)が私に尋ねた。

👨🏻‍💼「君は孤独を感じたことがあるか」

😅「え、いや……、ないですね……」

👨🏻‍💼「孤独を感じたことが無い人は哲学できないよ」



たしかに。


1:私の進路を救った一冊

 
 本当の本当に信じられないことに、
 私はその面接試験に合格した。

 当時の私は、絶対に確実に百パーセント落ちたと思った。

「孤独を感じたことが無い人は哲学できないよ」

 本当にその通りだと思った。
 孤独でない人に、この世界すべてに満足している人に、哲学は必要ない。文学も必要ない。もしかすれば、芸術や演劇なども必要ないかもしれない。

 そう。だからこの質問の答えは、実質yes or yesで、哲学科入学前の踏み絵の役割で……。

 だけど当時、高校生だった私は、質問を投げかけられた瞬間、「孤独であること」を恥ずかしく思ってしまった。

(だって、孤独を感じてるとか、友達いないみたいじゃん……)

 だけど私は試験に合格した。

 もしや面接はダメダメだったけど、小論文が抜群に良かったのか?
 いや、全然そんなことない。三時間の制限時間があっても書き終わらなかった。
 
 じゃあ、なぜ?

 そんな私の進路を救ってくれたのは、一冊の本だった。
 岩田靖夫『ヨーロッパ思想入門』(岩波ジュニア新書)だ。

2:読書日記『ヨーロッパ思想入門』


 『ヨーロッパ思想入門』は私の人生を変えた本だ。何度も何度も読み返してきた。

 では、どんな内容の本だろう。

『ヨーロッパ思想入門』と銘打ったこの本で、筆写が意図したことは、ヨーロッパ思想の本質を語ることである。
 ヨーロッパ思想は二つの礎石の上に立っている。ギリシアの思想とヘブライの信仰である。

『ヨーロッパ思想入門』はじめに

 はじめににもある通り、この本の半分以上は「ギリシア哲学・神話」と「ユダヤ教・キリスト教」についての解説になっている。

※岩波ジュニア新書の名著でもあるので、総合型入試(旧、AO入試)などの推薦入試を目指す文学部志望の高校生は、ぜひ一度読んでほしい。単純に読む訓練にもなるし、西洋文学や西洋芸術に興味がある人にもきっと興味深い内容だ。

 さて、では『ヨーロッパ思想入門』がどうして私の進路を救ったのか。

 まず、この本は、私が自分の意志で買った本ではない。
 高校三年生の時に出会った、倫理のおじいちゃん先生に貰った本だ。
 
いつも笑って、楽しそうに授業をするのが好きだった。

「あの、哲学科に行きたいなって、思ってるんです」
「えー、本当に? 本当に行くの? 哲学科……」

 次の授業日、ぽんっと、まるであめちゃんでもあげるみたいにくれたのが『ヨーロッパ思想入門』だった。

「哲学科に行きたいなら、この本が一番」

 先生に言われた通り、私は読んだ。部活ばかりしていて読書から離れていたから正直、「ジュニア新書」といっても読むのは大変だった。だけど読んだ。もちろん面白かったし、なにより私は先生を信じていた。それほど先生から本を貰えたことが嬉しかった。単純だった。

 『ヨーロッパ思想入門』を読み込んで、私がまず手をつけたのは、「自己推薦文」だった。「自分はどんなことができて」、「どんなことを学びたいか」について書くのが基本だ。
 もう手元には残っていない。だけど内容はほんの少し覚えている。

私は母子家庭で苦労させた母親や、友達が、疲れていたり、悩んでいたりしたとき、どんな言葉をかけたらいいのか、分からないことが多かった。だから哲学科で多くのことを学び、多くの言葉を知りたい。

 小論文練習と面接練習は、三ヶ月ほどの間、本当にけちょんけちょんに指導された。
 ただ、自己推薦文だけは、先生はほとんど手をつけなかった。

「これはこれで、いいんじゃない」

 おいおいもっとちゃんとアドバイスくださいよと、人生かかってるんですよと、内心不安に思いながら、でもやっぱり先生を信じている私は、自己推薦文をさっさと郵送した。

 そしてn年後、大人になって、『ヨーロッパ思想入門』を読み直した私も、同じことを思った。

「これはこれで、良かったんだろうなぁ……」

 どうしてか。

 哲学者の代表と言えば、ソクラテスだ。
 彼の有名なエピソードに、「デルフォイの神託」というものがある。

デルフォイの神託所より「ソクラテス以上の賢者はいない」という託宣を受けた(……)神アポロンが教えようとしたことは(……)「ソクラテスのように自分の無知を自覚することが人間の賢さである」ということだったのである。

『ヨーロッパ思想入門』p.59-60

 私の自己推薦文もまさに、「言葉を知らない」、すなわち「自分が無知である」ということを恥ずかしげなく言っている。
 
この素直さが、今では案外、良かったのかなと思っている。

 面接や自己PRで、自分の弱さを認めることは、実はかなり勇気がいることな気がする。

 ニーチェの実存主義に興味があって、ハイデッガーの『存在と時間』に感銘を受けて、ヴィトゲンシュタインの『論理哲学論考』が……と、面接ですらすら言うのも、確かにカッコいい。
 文学で言えば、明治の文豪の名前や、シェイクスピアやチェーホフなどの名前を出すのだろうか。

 だけど、そういった名前を出すにしても、やっぱり、「自分はまだ何も知らない」ということに、いつでも立ち戻れる勇気が、受験生には、いやきっと、大人にも必要なのだと思う。

 結論。

「君は孤独を感じたことがあるか?」

「え、いや……、ないですね……」

(こいつ、本当に何も分かってないな……)

(だけどこいつ、自己推薦文読んでも、どうやら何も分かってないみたいだし、ある意味、筋が通ってるか……?)

 と言った感じで、私は豆粒哲学者の素質を、ギリギリのところで認められ、無事、合格することが出来たのかもしれない。
 多分。
 
 だけど確かなことは、倫理の先生が本当に偉大だったということ。
 そして長年の謎「どうして孤独でない私が哲学科に入れたのか」を解くヒントは、『ヨーロッパ思想入門』にあったということ。

 これからも、いつまでも、『ヨーロッパ思想入門』には、未熟な私を助けてもらいたいと思うし、できるだけ多くの人に読んでもらえたら嬉しい一冊だ。
 
 

おまけ「n年後の君。君は孤独を感じたことがあるか」


 はい。あります。
 正直に言いますと、私は高校三年生になって、クラスで思うように自分の居場所を見つけられなくて、色んなグループに片足突っ込んでは、やっぱり違うなと自分で離れて、もう一緒にご飯食べるとか、移動教室行くとか、そういうの、全部面倒だから、早く大人になりたいと、心の底から思っていました。だけど面接会場では、正直に言うことができませんでした。

 だけど、今ではこう思うんです。

 きっと、あの教室で、私だけが孤独だったわけではないと。
 みんなそれぞれ、違う形の孤独を抱えていたんじゃないかと。
 だから私たちはきっと「孤独仲間」だったんです。
 そう思うと、なんだか孤独なのも恥ずかしくないなと、今では思います。
 そしてその十人十色の孤独を、上手に形容する言葉が、私のなかではまだまだ足りていません。
 だから今後もたくさん本を読んで、なるべく怖がらずに、たくさんの人と話したいと思います。
 

 


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