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「うわさのくすり」奇妙で不思議な5分ショートショート短編 vol.1 (7/7)

赤鬼病の真相を知った研究者は、大いそぎでジャングルからもどった。

まずは彼を雇っていた製薬会社に、ウィルスが世界に広まったら大変であること、そしてその病気がこの社会にひろまってしまう前に、新薬を開発しなければならないことを熱心に説明した。

しかし、今後ひろまるかどうかもわからない謎の病気の研究に、企業がぽいと大金を投じてくれるはずもなかった。

それでも研究者はあきらめず、あらゆる会社にでむき、説得を試みた。しかし、結果は同じ。みな、ろくに話も聞かず、彼をあしらった。

ただ、どこから話がもれたのか、謎の感染病がみつかったといううわさだけは、ひとりでにひろまった。

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絶望的な状況で、彼は決心した。こうなったら、自分一人で資金をあつめ、開発するしかない。そうして感染病のうわさを利用し、錠剤の販売をはじめたのだ。もうけたお金はすべて、新薬の研究につぎ込んだ。

「もう少しで、新薬が完成するところでした。しかし、あと少しのところで私はつかまり、研究はストップしてしまった」

男はそこまで語ると、くやしそうに目に涙をうかべた。

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刑事は、容疑者とはいえ、この真剣な男を少しかわいそうだと思った。 熱い使命感がからまわりしている様子は、自分の若い頃にも似ているように思えた。

「確かにその薬は、将来、多くの人びとを救うことになったかもしれない。しかし、まだそのウィルスが広まっているわけでもない。この先だって、ひろまるかどうかもわからないじゃないか。それでは、とりあってもらえないのも仕方がない。赤鬼は、ここにはいない。そう焦るな」

刑事は、男の肩に手をのせ、やさしくさとした。

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「お前の気持ちはわかる。しかし、お前のやったことはまちがいなく犯罪だ。まずは、ちゃんとその罪をつぐなってから、また改めて、その赤鬼病とやらの研究に没頭すればいい」

厳しくもあたたかい声色で、刑事は言った。しかしその言葉は、うなだれた男の耳にはまるで入っていなかった。

「もう間に合わない」

男は、うつろな目でつぶやいた。 すると間もなく、それまで白く透き通っていた男の肌は、まるで赤鬼のように、みるみると赤く染まり……。



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The END
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