「正しいって、何だろう?」
自分にとっての正しさは、誰かにとっての正しさではない。
いつでも、多数派が正しいとされて、少数派は間違っているという価値観になってしまっている。多数派にいれば、自分は正常なのだと安心することができる。少数派に入ってしまうと、自分を隠してしまう。少しでも、表に出せば、周りから変な目で見られてしまうから。
そんな欲求を隠しながら、生きている人がこの世に、いるのかもしれない。
私たちにとっては何とも思わないものに、何かを感じる人がいる。そういう人たちにとっては、この世界は生きづらいだろう。そもそも、こんな考え方になっている時点で、無意識に少数派の人を傷つけている。
この本は一言で言ってしまうなら、マイノリティーの人たちから見たこの世界はどう見えているのかという話である。
正しさというものが、本当に正しいのだろうか。と考えさせられる本であった。「みんな違ってみんないい」「多様性を受け入れる」こんな言葉たちを軽はずみに使えなくなってしまった。
そもそも、少数派の人たちがなぜ、いつも隠しながらこそこそ生きていかないといけないのだろうか。多様性を受け入れると言っても、どこかで偏見の目で見ている私たち。
受け入れるという関係を築くこと自体おかしいのだろう。あるがままに感じてしまう欲求は、良いも悪いもない。
私たちが多様性と想像している世界は、本当は多様性ではないのかもしれない。自分の想像することができる範囲の多様性は多様性ではない。もし、自分には想定することができないことがあっても、あなたは受け入れられるだろうか。
性的対象が”人”ではなく、”水”だとしても受け入れられるだろうか?
多様性という言葉は、マジョリティーが都合よく作った言葉であり、マイノリティーを傷つけているなんて誰も思ってはいない。
多様性にも含まれていない、マイノリティーたちは誰にも理解してもらえないとこの世界で生きていくことをあきらめているのかもしれない。
この本を読んでしまったら、読む前の自分には戻ることができないだろう。本当に戻ることはできない。今まで何も感じなかったことに対して、何かを感じてしまうことになるはず。
400ページ弱もある1冊ではあるが、ぜひ読んでもらいたい。
そんなことを考えさせられるような作品。
本日も最後まで読んでくださりありがとうございました!
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